「なぜ本屋さん?」障がいのある書店員が働く「本屋さん ててたりと」パン屋さんでもお菓子屋さんでもダメだった理由

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2025年02月02日 11:10  web女性自身

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【前編】「前の会社のときよりは泣かないで頑張っています」障がいのある書店員さんが描いたほんと一緒に欲しくなるポップから続く



JR京浜東北線、川口駅からバスで揺られて15分ほどのところにある、しゃれた外観のこぢんまりとした書店。近づくととても繁盛しているように見えるが、実はそのほとんどは書店員。コンパクトな店内に20人もの障がいのある書店員がひしめいているのだ。説明はあまりないけれど、なぜか本を手に取りたくなるような、色とりどりのポップが咲き誇る店内には、もやもやとした日常を忘れさせてくれる、温かな時間が流れている。



■統合失調症を患った弟の“居場所”を作らなかった後悔が開所のきっかけ



「『ててたりと』は、知的障がい、身体障がい、精神障がいのある方々を利用者として受け入れて、書店という働く場を提供しています。障がいというと、先天的障がいをイメージすることが多いかもしれませんが、後天的な精神疾患や、脳梗塞などの病気で障がいが残った方も、ここにはたくさん来ています。よく、障がいのある人がクッキーやパンなど作る事業所がありますが、ここではその仕事が本を売ること。返本の作業、店舗の清掃、在庫管理、発注、雑誌の配達など、書店員として自分のペースで得意の分野を担当しています。書店の収益はすべて“工賃”として利用者である書店員に支払われます。支援者である私たちは見守っているだけです」



と語るのは事業会社の代表の竹内一起さん(52)。「ててたりと」を立ち上げたのは、竹内さんが30代半ばで、弟を亡くしたことがきっかけだった。



「あまり自己主張をしない優しい性格の弟は、20代前半で統合失調症を発症し、15年ほど病気が続いていました。亡くなる前に、錯乱状態が強くなり入院しましたが、落ち着きを取り戻した本人は自宅に戻ることを希望しました。ところが私は、自宅に高齢の母しかいないことから、弟を長野県内のグループホームに入れる決断を。それからすぐの冬、弟は施設から散歩に出かけましたが急に大雪が降りだして行方不明になってしまい、翌日、橋の下で凍死しているのが見つかりました」



自宅に戻りたいと希望した弟の“居場所”を作らなかったことへの後悔、さらには弟が入所した施設の人とのやりとりから福祉に関心をもつように。竹内さんは仕事を辞めて、精神疾患のある人の社会復帰を支援する精神保健福祉士の資格を取得。住まいがあった川口市内で障がい者の就労支援などに携わり、’18年に「ててたりと」を開所した。



それにしても、なぜ本屋さん?



「この業界に入る前に印刷会社に勤めていて、本の流通の知識がありました。パンやクッキーなどの食品は賞味期限があり、売れ残りをどうするかという問題がつきまといます。またプロの品質に追いつくのは大変。しかし本は腐ることがないですし。さらに、本は誰が扱っても品質が変わりません。『女性自身』は全国どこで買っても、ネット通販で買っても価格や内容は同じ。同じ内容で同じ価格なら、ここで買ってもらえれば、障がい者の経済的支援につなげることができる」



開所当初の客足はまばらだったが、新型コロナウイルスの感染が拡大し、近隣の書店が軒並み休業したときに変化があったという。



「福祉事業所が閉所すると、障がいのある人たちの“居場所”がなくなってしまいます。行政から『感染対策を徹底したうえで可能な限りサービスを継続すること』という通達もありました。感染対策を万全にして、書店員の人数を減らしながら営業を続けていたら、市内で唯一開いている書店として知られたのか、近所の子供たちをはじめ、地域の本好きの人がたくさん来てくれました。ここが福祉施設だと知らないお客さんにとっても、町の本屋さんは“居場所”として大切な存在だとわかりました」



今では、放課後に漫画雑誌を買いにくる近所の子供たちが、店内にたくさん置かれた椅子で、立ち読みならぬ、座り読みしていることも多い。



そんな「ててたりと」が大切にしているのが、手間暇をかけて仕事をすること。営業を担当している佐伯茂樹さん(仮名・48)がこう語る。



「1日に20人も働いている人がいる『ててたりと』で効率よく仕事をしてしまうと、一人ひとりの作業が減ってしまいます。たとえば、美容院や喫茶店に毎週雑誌を何冊かずつ定期配達していますが、発売日に合わせてそれぞれ持ってきてほしいというお店があれば、1週間分まとめて持ってきてというお店も。どちらにも対応するのは効率的ではないかもしれませんが、作業量が増えることは就労訓練の機会を増やしたい私たちにとってはありがたいこと。雑誌1冊を車で30分かけて配達に行けるのも、ほかの書店にはない強みです」



タイパ、コスパが持てはやされる世の中だが、それをやることで書店員が関わる仕事は減ってしまう。書店でありながら就労支援という立ち位置だからこそ、あえて非効率的にやるのだ。



佐伯さんは、大学卒業後、一般企業で営業マンとして働いていたが、30代前半で心の病を患った。



「自己犠牲は当たり前、“心が折れる”なんて許されないと思い込んで働いていました。治療をして社会復帰をする際に、アルバイトすることも考えましたが、仕事をしていたころの自分を引っ張り出してきて、またごまかしながら生きていくことが想像できました。それでも営業マンとして培った、目の前のお客さんを大切にする思いは持ち続けています。ここでは、これまでの人生を否定されることなく支えてくれる。時間をかけて、これまでの生き方の棚卸しをしている感じです」



個性あふれる書店員たちを見守るのが、店主のような存在の渡部祥子さん(39)。支援者として、書店員たちの生活をサポートしている。



「店内のポップは、みんな自由に描いています。これも表現活動の一つでしょうね。中嶋さんのポップは、どんどん上手になっています。最初は彼のパソコンの入力や店内の飾りつけの作業を見ているうちに、絵を描いてみたらいいのではと思ってポップ制作を勧めてみました。また田代さんにはふだんから『お父さん、がんばっているな』と思っていて、家族をとても大切にしていることがお話を聞いていてわかっていました。物おじしない方なのでラジオに出てみましょうと。ご自身の体験に沿った愛情あふれる作品を選ばれ、とても好評です」



書店員の個性や才能を渡部さんは優しいまなざしで見守っているようだ。渡部さんがこう続ける。



「書店の仕事は、本を売るだけではありません。コミュニケーションが好きな書店員には、それを生かして接客や営業をしてもらいます。お客さんに何か聞かれて書店員が取り囲んでしまうことも。お話し好きなお客さんはいいかもしれませんが、びっくりされるお客さんもいらっしゃいます。また接客が苦手でも、バックヤードでは、ブックカバーを作ったり、書籍を入れる封筒をのり付けしたりする作業もあります。みんな個性があって、できることとできないことがありますが、大切にしていることは、ここで働く書店員のみなさんが、誰もが安心していられる場所を提供することです」



障がいがあるかどうかは関係ない。この書店の居心地のよさの理由がわかった気がする。



(取材・文:山内 太)

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