西部謙司が考察 サッカースターのセオリー
第34回 キリアン・エムバペ
日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。
今回は、キリアン・エムバペを取り上げます。今季レアル・マドリードに移籍。最初は力を発揮できない感じでしたが、ここに来て本来の姿に。どのようにチームにフィットしたのでしょうか。
【ついに本来の姿に】
レアル・マドリードのエンジンがかかってきた。昨年12月7日のラ・リーガ第16節ジローナ戦からチャンピオンズリーグ(CL)、国王杯を含む公式戦12試合で10勝1分1敗。ラ・リーガではアトレティコ・マドリードに1ポイント差の首位に躍り出た。
快進撃はキリアン・エムバペの復調と重なっている。第20節のラス・パルマス戦(4−1)で2ゴール、第21節バジャドリード戦(3−0)はハットトリック。得点王争いでもトップのロベルト・レバンドフスキ(バルセロナ)に2得点差の15ゴールまで詰めた。
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序盤は本来の力を発揮できていないと批判されていたエムバペだったが、一時期の不調から完全に脱し、名実ともにレアル・マドリードのエースストライカーと称賛されるようになっている。
もともと、時間の問題でしかなかったと思う。
レアル・マドリードはどんな選手にとっても難しいクラブだ。あのジネディーヌ・ジダンでもフィットするまでにそれなりの時間がかかった。エデン・アザールは全く活躍できなかったし、ハメス・ロドリゲスも実力を発揮しきれなかった。イスコやアンヘル・ディ・マリアは活躍したが、絶対的なレギュラーには定着していない。カカでもミラン時代の無双ぶりは再現できなかった。
スタープレーヤー満載、ポジション争いのレベルは恐ろしく高く、国民的な関心を集めるメガクラブでプレッシャーは強烈。ある意味、対戦相手よりレアル・マドリードというクラブの重みと戦わなくてはならない。
ただ、エムバペはスターのなかでも別格であり、多少調子が出なくても見限られるような立場ではない。クラブのプロジェクトの中心として迎えられた存在だからだ。しかし、そうは言ってもエムバペのためのレアル・マドリードではないので、不調が長引けば扱いが変わってくる可能性もあったが、もはやその懸念は払しょくされた。
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不調だった時期にも得点はとっていたが、現在のプレーぶりは以前とは明らかに変わってきた。少し時間はかかったが、本来のエムバペになっている。
【9番の足枷】
クレールフォンテーヌ(フランスの国立養成所)のころから有名だった。モナコでプロデビューし、パリ・サンジェルマンを経てレアル・マドリードに移籍したのが今季。数年前から移籍の噂があり、ようやく実現した。
昨季のCL王者のレアル・マドリードは、エムバペ獲得でチームの再構築を迫られている。すでにヴィニシウス・ジュニオール、ロドリゴ、ジュード・ベリンガムがいるところにエムバペが加わり、一方で司令塔だったトニ・クロースが引退。単純な差し引きで言えば、プレーメーカーの穴をストライカーで埋めるという、実にこのクラブらしい課題に直面したわけだ。
エムバペには背番号9が与えられている。かつてはアルフレッド・ディ・ステファノが着けたこのクラブのエースナンバーだが、これがそもそもの勘違いと言えるかもしれない。
エムバペはパリ・サンジェルマン、フランス代表で典型的な9番(センタフォワード/CF)としてはプレーしていなかった。CFに起用されることはあったが、得意なのは左ウイングなのだ。あるいはクリスティアーノ・ロナウドと同じで、左サイドにいるストライカーなのだ。
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もちろんレアル・マドリードはエムバペのプレースタイルを知り尽くしていたと思うが、左サイドにはすでにヴィニシウスがいる。ロドリゴはもっぱら右サイドでプレーしていたが、実はこちらも左のほうが得意。ベリンガムもどちらかと言えば左寄りで、もともと左サイドが得意なアタッカーが3人いるところにエムバペが加わったわけだ。
エムバペの最大の武器は、圧倒的なスプリント能力である。走るエムバペを止めるのはまず不可能だ。ところが、CFに置かれたことでその驚異的な能力を半ば封印される格好になってしまった。CFとしての能力を身に着けてきたヴィニシウスとポジションの入れ替えもやっていたが、結局どちらも少し不自由になってしまった。
エムバペとヴィニシウスのプレーエリアの重複はベリンガムのプレーエリアを不確定にさせ、さらに守備への切り替えにも問題が生じていた。この手の問題の調整にかけては定評のあるカルロ・アンチェロッティ監督をもってしても、解決できていなかった。
【居場所を「探す」のでなく「作る」】
レアル・マドリードの難しさは、エムバペのようなスター中のスターであっても、チームのなかに居場所を見つけようとしてしまうことではないかと思う。
かつてバロンドールを受賞(1958年)したレイモン・コパが加入した際、ディ・ステファノとプレースタイルが被っていた。コパは右ウイングに回されたが、その後に来たブラジル代表の名手ジジは失意のうちにブラジルへ帰国している。こちらもディ・ステファノとまる被りだった。フェレンツ・プスカシュはプレーの比重をゴールゲッターに移すことでディ・ステファノとの共存を成功させた。エムバペとヴィニシウスの関係がこれに近いが、それよりもエムバペが本来のプレーを思い出したのが大きい。
エムバペは「9番」をやめた。前線に張るのではなく、自由に動いてボールを受けるようになる。センターバックを背負ってポスト役をやるタイプではなく、前を向いた時こそが無双なのだ。走りながらペナルティーエリアに突入してこそ、その速さと異常なまでの身体操作能力、シュートセンスが発揮される。そのためには9番然として前線に張ったら意味がない。
ある意味、エムバペが勝手気ままに前を向くべく動き始めると、逆に周囲が連動してまとまりがつくようになったから皮肉なものだ。エムバペが中盤に下りてパスを受け、捌き、前向きにスプリントするだけで相手守備陣は混乱をきたす。
アンバランスになった守備の隙にヴィニシウスやロドリゴが侵入し、ベリンガムが彼らの中継点として機能しはじめた。エムバペとヴィニシウスがサイドに流れても、ベリンガムがゴール前へ出ていける。下手に前線にフタをされているのとは違い、一気に流動性が増してスピード感が出てきた。
新参者のスターが、すでにいるスターたちに気を使うのではなく、自分のプレースタイルを貫くことで逆に連係がスムーズにいった。エムバペに期待されていたのはエムバペであることに違いなく、それが事態を好転させている。
C・ロナウド、クロース、ルカ・モドリッチにしても、自分の居場所を探しながら結局のところ居場所を作ってしまったわけで、チームの主役になるべき選手は、自分がチームに慣れるよりチームが主役に慣れたほうが早いということなのだろう。
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