クルマの「音」は演出できる? EV時代に“サウンドビジネス”が広がってきた

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2025年02月07日 06:41  ITmedia ビジネスオンライン

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運転の気分を盛り上げる、クルマの「音」

 ドライバーは運転する際に、情報の9割は視覚によって得ているといわれている。しかし、実際には緊急自動車の接近や自車からの異音などに気付くために聴覚も利用しているし、加速や減速時には体でGを感じている。ステアリングやペダルに伝わってくる振動を手足で感じ取ってもいる。さらにいえば、走行中の振動やカーブを曲がるときなど、腰や背中、三半規管でも旋回モーメントを感じ取る。


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 そんな風にドライバーや乗員は、走行中にさまざまな刺激をクルマから受けているが、その中でも特に刺激的なのは、エンジンが発する振動や音ではないだろうか。サーキットや高速道路であれば加減速も刺激的だが、その加速時のエンジン音や排気音はドライバーを高揚させるのに十分な刺激だ。


 EVの静かさ、滑らかな走りは、スマートでドライバーにストレスを感じさせない要素だが、エンジンの息吹や排気音はドライバーを高ぶらせる要素の一つだろう。


 昔はマフラーを交換して排気音を楽しむのは、クルマ好きの中でもかなりマニアックな行為であった。特に英国車など輸入車を乗り回して楽しむオーナーは、英国製やイタリア製のマフラーの中から、自分好みのサウンドを奏でるブランドを選び、愛車に装着していたものだ。


 1970年代から80年代にかけては、日本のマフラーメーカーは少なく、車検制度も厳しかったこともあって、こうしたモディファイ(改造)は一部のマニアだけが楽しむものだった。


 しかし1989年、当時の騒音規制をクリアした合法的なマフラーを製造するメーカーが集まってJASMA(日本自動車スポーツマフラー協会)という団体を作り、車検に通る合法的なマフラーがアフターパーツ市場に出そろうようになった。これによりエアロパーツやアルミホイールと組み合わせてスポーツマフラーを装着して、マフラーサウンドやテールエンドデザインを安心して楽しむ文化が醸成されていくのだ。


●運転の気分を盛り上げる、クルマのサウンド技術


 だが、騒音規制は厳しくなっていく一方で、欧州では純正マフラーと同じ音量しか認められないようになると、ドイツのチューニングメーカーやマフラーメーカーはその対応策を考え出すようになる。


 音量は抑えつつ、純正マフラーよりも力強い低音を強調するなど、排気音の質にこだわるようになり、排気抵抗を抑えることでエンジンの能力をより引き出すだけでなく、マフラーの仕様にもさまざまな工夫、努力が注がれていくことになる。


 このころからクルマのサウンドビジネスが広がり始める。クルマのチューニング文化が根付いていたドイツでは、マフラーサウンドを楽しめなくなると、その代替手段としてマフラー出口付近にスピーカーを装着し、加速時には排気音を増幅する仕組みを作り上げた。


 それくらい当時はマフラーから放たれるサウンドが、ドライビングの気分を高めるスパイスとして重要視されていたのだ。


 また音響機器メーカーのBOSEは、カーオーディオシステムとしての音響システムとは別に、車内の走行音の演出にも開発分野を広げていく。車内の騒音に対して逆位相(2つの振動、または波動の位相が反対であること)の音を作り出して打ち消すノイズキャンセリング技術で静粛性を高めたり、それを応用してエンジン音や排気音をスピーカーから放つ音で補完したりしている。


 マツダは、MAZDA3の先代モデルであるアクセラからディーゼルエンジンにBOSEのサウンドチューニングを導入していた。現行のMAZDA3ではピストンピン内部にディーゼルエンジンのノイズを低減させるナチュラルサウンドスムーサーという部品を追加するなど、ディーゼル車であっても気持ちのいい加速感を演出する音作りに余念がない。


●「車内が静かなほど良い」とは限らない?


 一方、EVが徐々に乗用車市場に現れ始めると、その走行音の静かさによって、歩行者に自車の存在を気付かせにくいとして問題視されるようになった。走行時に周囲に存在を示すように音を放つシステムも開発されるようになる。


 そしてエンジン車の方も、静粛性と従来のクルマの楽しみの両立が図られるようになっていく。


 エンジン車でも排気音でドライバーを楽しませることが難しくなると、意図的に吸気音を車内に響かせることで加速感を楽しめるようにしたスポーツカーも増えていった。近年では、これすらも電子化、すなわち前述のオーディオによるサウンドチューニングが普及しており、それを利用するケースが珍しくないのだ。


 エンジン車ではマフラーを交換せず、マフラーカッターと呼ばれるテールパイプだけを装着して、リアビューの個性化を図ることを目的としたカスタムも支持されるようになってきた。


 一方で、排気音が与える特別感もまた、クルマを個性化して楽しむフリークには必須のアイテムとして、自動車業界に認知され続けている。


 高性能な高級車は、騒音規制の対象となるエンジン回転数までは音量を抑えるようにサイレンサーを通し、それ以上の回転数ではバイパスを通すことで、高出力とスポーティーな排気音を両立させる技術を開発した。


 騒音規制の測定基準が「最高出力を発生するエンジン回転数の半分」という規則を逆手に取って、それ以上の回転数やスポーツモードでは大音量とする仕組みを作り上げたのだ。


●クルマを運転する楽しみにサウンドは欠かせない


 こうしたクルマにおける走行音の重要性は年々高まっている。


 イタリアの高級車ブランド、マセラティは、フェラーリやアルファロメオとのすみ分けを図るため、スタイリングやインテリア、スポーティーな乗り味だけでなく、排気音にもとことんこだわり、官能的なサウンドを楽しませることで一定のファンを獲得している。


 かつて騒音規制が厳しくなかった頃は、エンジンにこだわるメーカーやスポーツマフラーメーカーがそれほど制約を受けずに、求める音質や音色を実現できていたものだ。


 近年の厳しい騒音規制のもとでは、音色や音質にこだわるのは至難の業だ。だが、マフラーメーカーでも、排気管を管楽器に見立てて、パイプの長さや太さ、エンジンの排気量や回転数をもとに、計算とこれまでの経験から美しい音色を導き出すようなブランドも存在する。


 また排気音といえば、従来は加速時など、エンジン回転上昇時の排ガスの圧力上昇による音の高まりを重視していた。だが近年は、排気音自体はそれほど大きくできないせいか、アクセルを大きく戻した時に発生するアフターファイヤー(バリバリ、パンパンという破裂音、最近はバブリングなどとも呼ばれる)を強調することで、クルマ好きへの刺激を高める風潮もある。


 ともあれ、エンタメを楽しむようなカーAVとは異なる、クルマ本来の走行感がもたらす移動の楽しみは、クルマから放たれる音も重要な要素なのだ。アクセルを強く踏み込めば、それに応じて強烈な加速Gが体にかかるだけでなく、それを実感させるエンジン音や排気音の高まりが、ドライバーの満足感を高めてくれる。


●パワフルなエンジン音や排気音を再現するEVも


 そのためアウディやポルシェの高性能EVは、走行モードに応じてスピーカーから走行音をイメージしたサウンドを放つ仕掛けになっている。


 ヒョンデのアイオニック5Nは、さらに念入りだ。走行音にもいくつか種類が用意されているが、Nモード(トラックモード)を選ぶとエンジン音と排気音に似せたサウンドがスピーカーから再現される。


 そればかりか、パドルシフトを操ってシフトダウンさせると、ブリッピングしてエンジン回転が高まったような音を発すると同時に、マフラーからバリバリとアフターファイアーが発する音が出るほど過激な仕立てとなっている。


 これは、日産GT-Rよりもパワフルで過激な高性能EVというイメージをさらに盛り上げるための演出で、確かにドライバーの気分を大いに高ぶらせる。


 クルマの騒音規制は厳しくなる一方だ。エンジンやマフラーから放たれる音だけでなく、タイヤが路面をたたき、空気を切り裂く風切り音すらその対象に含まれる。これは道路の周囲で暮らす人々にとっては切実な問題であり、現代社会においては仕方ない部分でもある。


 だがそれによって、クルマで移動することを楽しむ、ドライビングそのものを楽しむといった行為が制限されてしまう、と危惧することはないのではないだろうか。


 クルマ趣味も多様化する中で、クルマ本来のパワフルで野生味を感じさせる走行音を求めるために旧車へと傾倒するオーナーも少なくない。そんなオーナーたちをも満足させようと、自動車メーカーや音響システムメーカー、パーツサプライヤーは最新のモデルでも、さまざまなギミックで快適性と走行感覚の満足感を両立させようと躍起になっている。


 「クルマを運転することは楽しい」とドライバーが感じなければ、世の中は軽トラックとカーシェア、タクシー、リムジンに支配されてしまう。そうならないために、自動車メーカーは個人ユーザーの満足度を高めようと必死なのである。


(高根英幸)



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