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三笘薫のコメントは痛快だった。
「レベルの高いリーグでプレーすることが重要なのです」
サウジアラビア・プロリーグ(SPL)のアル・ナスルから届いたオファーに対し、日本代表の左ウイングは躊躇することなくブライトン残留を選んだ。
三笘は今年5月で28歳。年齢的にピークを迎えるこの時期に、誰が好き好んでプレミアリーグよりも数段レベルの低いSPLに移籍するというのだろうか。
プレー強度が低く、戦略・戦術も曖昧なため、ラクにプレーできるかもしれない。だが、日々の凡庸は心身の弛緩を招き、いざというときに力が出なくなる。
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したがって、現行の契約が切れる2027年6月末日以降にブライトンと三苫の双方が納得する移籍が成立する、と推測するメディアも徐々に増えてきた。プレミアリーグで優勝を争えるクラブ、ラ・リーガやブンデスリーガの強豪など、三笘のステップアップ先として、SPLよりもはるかに優れた環境が待っているはずだ。
もちろん、アル・ナスルが提示したとされる9000万ユーロ(約144億円)の巨額は、プレミアリーグの財力をもってしてもケタ外れというか......バカバカしくて、へそが茶を沸かす。
だが、三笘本人が「レベルの高いリーグでプレーすることが重要」と発言した以上、ブライトン上層部も金銭面を最優先しないだろう。三笘がSPLのピッチに立つ可能性は、今のところ 「0%以下」だ。
久保建英もSPLにはまったく興味を示していない。アル・ヒラルから届いたという総額1憶5600万ユーロ(約250億円)ものオファーを迷いなく拒否した、とも伝えられている。
三笘同様にステップアップ先として、ラ・リーガ、プレミアリーグの強豪を視野に捉える久保のキャリア構想に、SPLは含まれていない。移籍市場でも久保は注目の的であり、所属するレアル・ソシエダの試合では多くのクラブのスカウトが目撃されている。移籍交渉が進んでいるとの情報はないものの、好ましいオファーが舞い込んでいる可能性は否定できない。
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【オスカルは全盛期に中国へ電撃移籍】
久保の現状でSPLを選択するのは、愚の骨頂だ。憶測の域を出ていないとはいえ、レアル・マドリード、バルセロナ、アーセナル、リバプールなどが興味津々という。チャンピオンズリーグでも優勝を狙える強豪との交渉を優先するのが、アスリートの常識といって差し支えない。
ただ、三笘や久保がSPLを拒否する一方で、レベルの低いリーグを甘受した名手もいる。2016年、チェルシーから中国の上海上港に移籍したオスカルだ。ブラジル代表の屋台骨を支えると高く評価されたMFは、26歳の時に世界チャンピオンの夢を捨てた。
「最悪の選択」「カネに目がくらんだ」「裏切り者」など、当時多くの批判が投げつけられた。かく言う筆者も「もったいないなぁ。中国はないよなぁ」と首を傾げていた。
「家族どころか、一族の生活もかかっている」
オスカルの発言にゾッとした。"一族"とはエージェントやスポンサー、さらに彼らの家族まで含んでいた。自らの夢をあきらめ、彼の仕事にたずさわるすべての人の生活を背負う覚悟を決めていたのである。なお、オスカルは中国で8年を過ごし、およそ300億円を稼いだという。
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SPLが提示する天文学的な数字に、心が揺らぐ者も現れるに違いない。ファイナンシャル・フェアプレー(※)に苦しみ、なおかつ大企業のバックアップも期待できないようなクラブが、カネになる選手を差しだすことも考えられる。
今冬、21歳のコロンビア代表MFジョン・デュランがアストン・ヴィラからアル・ナスルに移籍した。それはプレミアリーグの名門が抱えていた経済的不安を軽減するためだった。
※ファイナンシャル・フェアプレー=UEFAが2011年にクラブ財政健全化のために定めた規則で、支出が収入を上回ってはいけないとする。支出は移籍金や選手報酬など、収入はスポンサー収入やテレビ放映権、大会賞金、スタジアム入場料などを指す。
【サウジ脱出を図るスター選手も続々】
しかし近年もこれまで、ブルーノ・フェルナンデス(マンチェスター・ユナイテッド)、ソン・フンミン(トッテナム)、パウロ・ディバラ(ローマ)と、SPLから届いた巨額のオファーを否定した選手は少なくない。
ましてや、西側とサウジアラビアでは文化圏が異なる。気候も違う。家族が即フィットするのは難しい。「それなら単身赴任で」は乱暴な考え方であり、フットボールに限らず、多くの選手が家族との団らんによって英気を養う。家族は選手(主人)を傍らに安心する。
生活の土台が不安定になる公算大のサウジアラビアで、成功を収めるのは至難の業だ。
ユルゲン・クロップ体制下のリバプールで長くキャプテンを務めたジョーダン・ヘンダーソンはアル・イテファクにまったく馴染めず、わずか半年でアヤックスに移籍した。セビージャとバルセロナで一世を風靡したイヴァン・ラキティッチはアル・シャバブにフィットできず、母国クロアチアのハイデュク・スプリトに新天地を求めた。
さらに、セコ・フォファナ(前RCランス)はアル・ナスルからレンヌへ、ルイス・フェリペ(前ベティス)はアル・イテハドからマルセイユへ、ジョタ(前セルティック)はアル・イテハドからレンヌを経て今冬セルティックに復帰した。SPLからヨーロッパに戻った実力者も少なくない。そしてネイマール(前パリ・サンジェルマン)も、アル・ヒラルから古巣サントスに帰っていった。
また、カリム・ベンゼマ(レアル・マドリード→アル・イテハド)、エンゴロ・カンテ(チェルシー→アル・イテハド)、アイメリク・ラポルテ(マンチェスター・シティ→アル・ナスル)といった超一流も、何度となくSPL脱出を図っている。外国人枠の関係でロベルト・フィルミーノ(前リバプール)を登録外としたアル・アハリの判断も大きなイメージダウンだ。
アル・ナスルのクリスチャーノ・ロナウド(前マンチェスター・ユナイテッド)が「パリ・サンジェルマンがほぼ独占するフランスより、サウジアラビアのほうがレベルは高い」と抗っても、セルフプロデュースに長けたスーパースターならではのリップサービスでしかない。
【堂安律が放った痛烈なひと言】
知名度の高いスーパースターではなく、将来性の豊かな若者を──。
この1、2年、SPLは移籍方針を大きく変更した。バルセロナBのウナイ・エルナンデス(20歳)をアル・イテハドが、セルタのガブリ・ベイガ(22歳)をアル・アハリが引き抜いた。
今後も同じようなケースが起きるだろう。ファイナンシャル・フェアプレーに抵触しそうなクラブが、国内のライバルよりもSPLを選ぶかもしれない。
だが、志の高いステップアップを目論むヤングガンズは、よりハイレベルのリーグを選択する。オスカルのような例は、極めて稀だ。
ヨーロッパサッカー界において、SPLが「真の脅威」となるリスクはそれほど大きくない。北中米ワールドカップ予選でサウジアラビアを破ったあと、日本代表MF堂安律は次のように語っている。
「ヨーロッパのトップリーグでプレーしている俺たちが、SPLの選手に1対1で負けるわけにはいきません」
その心意気やよし。