
ラ・リーガ第24節のオサスナ対レアル・マドリード戦で、レアル・マドリードのイングランド代表ジュード・ベリンガムが、一発退場になった件が物議を醸している。
「Fuck」
プレーが流れた後に、ベリンガムが英語で悔しさ、もしくは不満をこう吐き捨て、レッドカードが提示されることになった。
「『Fuck you』ではなく、『Fuck off』だった」
それがレアル・マドリード側の弁解、釈明で、「誤解」という主張だ。前者は侮蔑的な言葉で重大だが、後者は「ふざけんな」という衝動的感情を表すもので、若干ニュアンスが異なるという。確かに情状酌量の余地はあるが......。
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では、ベリンガムは"誤って"退場処分になったのか。
スペインのピッチでは、スラングは頻繁に使われている。
「Mierda」(直訳は「糞)」、「Puta」(同じく「売春婦」)、「Cabron」(もとは「雄ヤギ」だが、「妻を寝取られた男」「くそったれ」という意味)という言葉をさまざまなコンビネーションで使用。失敗したプレーや思いどおりにいかないときの怒りや悲嘆を表わす。他にも性器を意味する単語もよく使用され、それが相手に向かって言ったものでなければ、グレーと言える。
おそらく、ベリンガムが言いたかったのは、「ふざけんな」という感情で、スペイン語ではそれを意味する「No me jodas」に近いのだろう。「Jodas」のもとは「性交する(Joder)」という意味の動詞。ピッチでよく使われる言葉で、これで退場はあまりに重い処分と言える。
しかし問題の核心は、すでにスペインで2年目のベリンガムが、今も英語で感情表現をし、軽率にリスクのある表現を使い、"誤解を招いた"という点だ。
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ラ・リーガでは、スペイン語でコミュニケーションをとることが当たり前になっている。
「入団して3カ月も経ったのに、スペイン語を話せないのか?」
スペイン人記者が、ある日本人選手について疑問を呈していたことがある。日本人は「3カ月で話せるはずない」と思うかもしれない。しかし、スペイン人にとって、「プロ選手がスペイン語を話せないことは怠慢」なのだ。
【適応できなかったスター選手たち】
これには、中南米の大半がスペイン語圏で、多くの選手が入団直後から話せるという事情があるだろう。ポルトガル語、イタリア語、フランス語、ルーマニア語なども同じラテン語で、すぐに簡単な会話は理解できる範囲にある。さらにスペイン語は発音がシンプルなだけに、語学センスに優れたオランダや旧ユーゴスラビア圏の選手は、3カ月である程度、マスターできるのだ。
しかし、英語圏のイギリス人選手はスペイン語を習得できない。それは「覚える気がない」という怠惰さと、「英語が世界共通語」という傲岸さが表裏一体になっているからだろう。加えて、英語圏の人が話すスペイン語は発音の癖が強く、嘲笑の的になることも少なくない(母音中心のため、むしろ日本語のほうがスペイン語の発音には合っている)。
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過去、レアル・マドリードではマイケル・オーウェン、ジョナサン・ウッドゲート、デビッド・ベッカム、スティーブ・マクマナマン、ガレス・ベイルがプレーしている。いずれも実績、実力は十分だったが、スペインに適応できなかった。
オーウェン、ウッドゲートは問題外。ベッカムは奮闘こそ目立ったが、ひとり浮いていた。マクマナマンは一番好印象を与えていたが、ピッチでの活躍は限定的で、イングランド時代を超えていない。
ベイルのケースを「失敗」とするのは議論の余地はあるだろう。1年目はカップ戦も含めて20得点以上を記録して上々だった。しかし、次第にチーム内で孤立。約150億円の移籍金、50億円近い年俸のスーパースターであることを踏まえれば、期待外れだったと言っていい。"晩年"はゴールでの祝福で仲間を振り払って不興を買い、「ゴルフ三昧」も揶揄されて、尻すぼみで去っていった。
それ以外も、ラ・リーガのイギリス人選手は、一時的に活躍をしても、定着できていない。
バルセロナは1980年代、ゲーリー・リネカーを獲得した。やはり1年目は得点を量産したが、3年目はウイングにコンバート。尻切れトンボで退団した。バルサ時代の前後はイングランドで得点王だっただけに、"内弁慶"の典型だった。
「いつまで経っても言葉を話せず、適応力に欠ける」
それがイギリス人選手の定説となり、リネカー以後、バルサのトップチームにはひとりもいない。
一方でイギリス人は、ドイツ、ブンデスリーガとの相性は悪くないと言える。ベリンガムもドルトムントで頭角を現し、今シーズンもハリー・ケインがバイエルンで活躍している。
ドイツ人は、仕事ができさえすれば、言葉が話せないことなどで外国人選手を軽んじたりしない。コミュニケーション不足のストレスに精神を削られずに済むのだろう。その点、日本人選手がブンデスを"楽園"にしているのも必然だ。
レアル・ソシエダの久保建英が、ラ・リーガで際立ったプレーを見せられているのは語学力だけが理由ではない。しかし、適応面では強力なアドバンテージとなっているだろう。スペイン人はスペイン語がわからないだけで、人を侮るようなところがあるが、久保は「スペイン人以上にスペイン人」と言われるほどの気の強さの持ち主だ。
ベリンガムは、技術やフィジカルだけでなく、戦術理解力やメンタリティも優れている。言わばコンプリートな選手と言える。1年目の昨シーズンも、前半戦は絶対的なMVPだった。
ただ、後半戦は懸念されるほどパワーダウンしていた。もしベリンガムがレアル・マドリードで伝説的な選手になるとしたら――。それは「Fuck」ではなく、スペイン語で怒りや不満を示せるようになってからかもしれない。