都市型畜産の未来を見据えて - 「持続的な都市型畜産に向けた最適な豚舎環境づくり」実証実験

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2025年02月19日 13:10  マイナビニュース

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大都市およびその近郊で営まれている「都市型畜産」。市場との距離の近さによる輸送コストの削減や、地産地消による地域経済の活性化など、多くのメリットがある一方、臭気や騒音など周辺環境への影響が大きく、特に住宅地が近いことで苦情などが寄せられることも多いという。今回は、都市型畜産での豚舎における環境対策の取り組みについて、話を聞いてみた。


○周辺環境に配慮し、豚にも最適な豚舎を



全国的に、養豚業自体の数が減っているが、農家一件あたりの出荷量は大きく上がっている。これは、大規模農家による小規模農家の買収などが原因であり、NTT東日本 神奈川事業部 ビジネスイノベーション部 まちづくり推進グループの土屋和正氏は、「二極化ではないですが、大規模農家の出荷頭数が増えているのに対して、小規模農家は縮小傾向であり、廃業も多い」と現状を説明する。


北海道や鹿児島などで大規模農場を営む地方型に対し、都市型畜産は比較的規模の小さい農家が多い。その中でも、神奈川県は、開国の際に肉食文化が入ってきたことで、畜産業が発展したと言われており、特に養豚業に関しては“近代養豚発祥の地”と呼ばれることもあるように、昔から盛んな土地柄となっている。しかし、住宅が増えてきたことで、周辺環境への配慮が必要となってきており、特に問題となる臭いに関して「大規模農場は、大きな設備を導入することができますが、小規模の都市型は、省力的な機械を入れるにとどまる傾向にある」と土屋氏は指摘する。



近隣住民からのクレームが問題になりやすいため、周辺環境に豚の飼養環境をあわせる必要がある都市型。そんな制約の中で都市型畜産のさらなる発展を目指したのが「持続的な都市型畜産に向けた最適な豚舎環境づくり」。周辺環境はもちろん、豚にも最適な豚舎を作るための実証実験が実施された。


制約が多い反面、都市型畜産は市場に近いことが大きなメリット。ブランドが作りやすく、豚を出荷する際の輸送距離も短いので、移動による豚のストレスが少なく、ガソリン代などの燃料費も削減できる。そして、「地産地消」による地域経済の活性化にも大きく貢献できることを考えれば、都市型畜産の存在意義が非常に大きい。



今回の実証実験は、神奈川県横浜市のいずみ野に豚舎を構える「横山養豚」とNTT東日本が、豚肉販売の冷凍自販機について話している中で、豚舎環境が話題になったことがきっかけだという。



開業から60年以上となる「横山養豚」の周辺環境について、「もともと養豚が盛んな土地で、今は少なくなりましたが、昔は近所でも豚を飼っている家が多かった」という横山養豚 取締役の横山正至氏。そのおかげもあって、臭いなどに関する近隣からのクレームは少ないようだが、オゾン装置などを導入することで外部にアンモニアなどの臭気成分が漏れにくいような環境を構築するなど、周辺環境への配慮も行われている。


一方で、「豚を一年通して健康に飼うのは非常に難しい」という横山氏。「夏は夏で難しいし、冬は冬で難しい。その辺りのデータをちゃんと取って、より上手く飼えるようにならないか」という想いから、都市型畜産において、いかに豚に寄せた環境を構築できるかが大きな課題となっていた。



横山氏の相談を受けた土屋氏は、まちづくりを推進するという観点から、プロジェクトをスタート。今回、さまざまな専門分野のエキスパートに声を掛け、NTT東日本は全体をコーディネートするという立場で、実証実験に関わることになる。



「今回は実証実験という前提なので、費用対効果の面から、断られたことも多く、開始当初はけっこう大変でした」と苦笑いの土屋氏だが、最終的には、フルノシステムズ、嘉創、ベーリンガーインゲルハイム アニマルヘルス ジャパンなどが参加し、2024年6月に実証実験が幕を開けることになった。



フルノシステムズは、豚舎から光回線までの通信環境として「Wi-Fi Halow」の機材を提供。「一般的なWi-Fiは、スピードはあっても距離が短いというのが実態」と話す、同社 マーケティング本部 IoT事業推進室 担当課長の小泉智氏。しかし、「Wi-Fi Halow」であれば長距離通信が可能で、農業全般における、土地が広いがゆえにWi-Fiではうまく通信ができないという課題解決にも最適。特に今回の実証実験では「Wi-Fi Halow」の強みが活かせるため、話を受けた当初から非常に前向きに捉えていたと振り返る。


嘉創は、IoTセンサーなどのハードウェア全般から、クラウドシステムの構築、収集したデータの分析を担当。同社のプラットフォームは農業や植物工場を対象に開発されたもので、畜産業に関しては「粉塵対応や腐食対策など、実際に運用してみないとわからないことが多かった」という同社 代表取締役社長の王玉冬氏。今回の実証実験において、「せっかくの機会をいただいたので、ハードウェア、ソフトウェアともに、養豚場向けとして完成させたい」との想いを明かした。


「AIOTICA」と呼ばれるシステムは、非常に汎用性が高く、さまざまなセンサーやカメラなどのインタフェースに対応可能。今回の実験では「Wi-Fi HaLow」が使用されているが、一般的なWi-FiやBLE、4G回線など、現場にあった通信環境にも対応できるほか、クラウド上のデータを分析し、数値に応じてリアルタイムでアラートを出すこともできる。「AI技術を使った認識や、映像を使った行動分析、画像分析なども含めて提供できるワンパッケージになったシステム」であり、「例えば豚舎の場合はアンモニア濃度の数値でアラートを出すなど、さまざまな業務にあわせた機能を設定できます」と王氏は説明する。

そして、嘉創の王氏とこれまで協力関係にあった、電子工学を専門とする電気通信大学の佐藤証教授も実証実験に参加。「農業などでセンサーを使う場合、非常に高額で、導入コストがネックになりがち」という佐藤教授だが、「特に日本は規模の小さいところが多いので、イニシャルコストを下げつつ、使いやすさや信頼性を重視する必要がある」とし、今回の実証実験では、センサー類の信頼性向上もあわせて検証しているという。


ドイツに本社を置くベーリンガーインゲルハイム アニマルヘルス ジャパンは、動物専門の医薬品メーカーで、今回の実証実験では、豚舎内を空気がどのように流れ、どこに滞留しているかを3Dで図面化する“気流の見える化”や温度分布などを計測。「まずは夏場の豚舎における空気の流れや湿度の淀みなどをチェックし、冬場も同じ様に計測することで、まずは季節による変化を確認した」と同社 ライブストック事業部 スワイン部 キーアカウントマネジメントグループ 中日本アカウントマネジメントグループ マネージャーの濱路資治氏。気流解析だけでなく、センサー類やダクトの効果的な装着場所についての提案も行っている。


実証実験は当初、2024年12月末までの予定だったが、もう少しデータを集めるために延長できないか各社調整中だそう。ここまでの実証実験を通して見つかった課題について、NTT東日本の土屋氏は「センサーやデバイス類が、粉塵や腐食によって機能しなかったり、使えなかったりしたことがあったので、豚舎環境でも耐えられるものを選定する必要がある」というハードウェア面に加えて、「ダッシュボード的なインタフェースがパソコン用だったので、一目でわかるという意味でも、スマートフォン対応にする必要がある」といったソフトウェア面での問題点を指摘する。



また、気流の流れを変えるためにダクトを設置したり、センサーの集計値から豚舎の清掃間隔や時間を変えるなど、従業員にもお願いすることが多いといった課題にも直面しているという。



横山養豚の横山氏は「空気の流れをシミュレーションしてもらい、実際に空気を動かすことによって、豚が飼いやすくなった」と一定の評価をしつつも、「アンモニアや二酸化炭素濃度の時間による変化を見て、それを平坦化するアドバイスをいただいて実行しているのですが、それが豚にとって良いことかどうかの判断が難しい」との問題点を指摘。



しかし、豚舎内の気流を見るということ自体は非常に新鮮な体験であり、実際にダクトをつけて空気を動かすことで、「以前とは空気の感じがだいぶ違っている」ことを体感。豚舎において換気は非常に重要だが、広い豚舎で換気をすると、温度が下がりやすく、体調を崩すと豚が咳をするようになる。「それがだいぶ減った感じがする」と手応えも感じているという。


○今後の展開は?



実験開始当初は、ダクトを効果的に導入して、その改善結果が出たところで実験は終わりの予定だったが、NTT東日本の土屋氏は「今後、各社がビジネス化できるかどうかを検討し、ビジネスとして収益を得ることができるようになったとき」こそが本当のゴールであると見定める。



「美味しい豚肉を作ることが目標」という横山養豚の横山氏は、「豚を健康に飼うことが美味しい豚肉に繋がるという点では、今回の実証実験で少し近づけたかもしれない」と、あらためて実証実験を評価。「温度や湿度、アンモニア濃度などが常時観測できることは、飼いやすさに繋がるポイントになるのではないか」との見解を示す。



また、実証実験に参加したフルノシステムズの小泉氏は今後、「Wi-Fi Halowは現在、一次産業をメインに利用されていますが、今後は工場や観光地などでも活用していきたい」との展望を示す。また、「今は920MHz帯を使っていますが、850MHz帯への移行も検討されています。そうなると、速度面での制約もなくなるので、これまで以上に使い勝手が良くなり、さらに広い分野で活用されるようになる」と、将来性の高さについて言及する。



データ分析を行う嘉創の王氏は、数値を指数化したいと意向を示し「例えば、豚にとってストレスを感じやすい環境かどうかを“ストレス指数”のような形で表せれば、より管理しやすくなるのでは」と主張。また、「カメラを使って24時間観測することで、これまでわからなかった豚の生活習慣を解明できれば、さらに飼育に役立てることができますし、3Dセンサーなどを使って体重を測定できれば出荷のタイミングなどを判断するのにも役立つ」と、さらなるデータ計測およびその利用を提案する。


電気通信大学の佐藤教授は「高額のセンサーを使えば、計測精度も高くなりますが、実際のところ、体温にしても、正確にコンマ何度といったところまで計測する必要はなく、少しぐらいセンサーに誤差があっても、上がっているか下がっているかの傾向がわかればおおよその判断はできる」との見解を示す。ただし、そのためにはできるだけ多くのデータを集める必要があるため、安くてもよいので、できるだけ多くのセンサーを設置する必要性があると話す。



また、ベーリンガーインゲルハイム アニマルヘルス ジャパンの濱路氏は、これまでの経験から「空気の流れを変えるために、扇風機を置いたり、ダクトを設置したりすることを提案させていただいていますが、実際にちゃんと協力していただけているところは成績も改善している」と自信を覗かせ、「今後も結果を見据えながら、しっかりとしたサポートをしていきたい」との意気込みを明かした。



そして、「最近の薬剤は、性能面では競合会社とそれほど大きな差はない」という現状から、「差別化のためにも、こういった飼養管理の面での提案を行うことで、信頼をいただく必要がある」という濱路氏は、「今回の実証実験を通して、様々な分野の人とコミュニケーションを取れたことも今後の武器にしていきたい」と力を込めた。



また、NTT東日本の土屋氏は「市町村などの行政に入るクレームに関しての対策としても、基礎データをしっかりと作る必要性」をあらためて言及。さらに、NTT東日本 神奈川事業部 ビジネスイノベーション部 まちづくり推進グループ シニアコンサルタントの川畑直樹氏は、「各自治体には、悪臭防止法や家畜排せつ物法といった法律があり、それに則って、しっかり処理しているか、臭気を出していないかがチェックされる」と補足。「横山さんがオゾン装置を入れて臭気対策をしているように、各畜産農家さんも様々な配慮を行っていますが、今後もうまく周りの住民の方とともに暮らしていく、一緒にやっていくためにはどうすればよいかを考えないといけないし、それこそが神奈川県の畜産、養豚業にとって引き続きの課題になると思います」と締めくくった。(糸井一臣)

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