「App Store」はどうなる? ヨーロッパではポルノアプリや政府の情報開示請求が問題に

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2025年02月21日 11:51  ITmedia PC USER

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日本の公正取引委員会が中心となって「第1回デジタル競争グローバルフォーラム:規制と国際連携」が開催された。

 1月31日、公正取引委員会は「第1回デジタル競争グローバルフォーラム:規制と国際連携」を開催した。国民生活や経済活動の基盤となる中で、スマートフォンの利用に特に必要なソフトウェア(モバイルOS/アプリストア/ブラウザ/検索エンジン、これらを総称して「特定ソフトウェア」と呼ぶ)に関する法律、いわゆる「スマホソフトウェア競争促進法」について議論するフォーラムだ。


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 セキュリティの確保などを図りつつ、競争を通じて多様な主体によるイノベーションが活性化を目指したという同法律は、2025年12月19日までに全面施行されるという。


 同フォーラムでは、EUや米国の規制当局関係者によるパネルディスカッション、アプリ/サービス提供者やプラットフォーマー(AppleとMicrosoft)が参加した政府機関とどのように連携したらいいかなどが話し合われた。


 そして、デジタル規制を将来を見据えたものにするためにどうしたらいいかを話し合うパネルディスカッションが行われた。残念ながら筆者は現地に赴くことはできずリモートで議論を聞くことになったが、Appleの競争法/規制担当のシニア・ディレクター、ショーン・ディロン氏が「当事者と政府が正面からぶつかり合っても意味がない。お互いに笑みを交わしながら議論をすることが重要」と言うと、主催者もこの言葉を返し、6時間近くに及んだフォーラムは終始、落ち着いたトーンでの“大人な議論”が続けられた。


 競争促進のためにはプラットフォーマーに規制をかけアプリの代替流通網が必要、プライバシーなどについてはアプリ開発者やプラットフォーマーが責任を持って管理すれば良いとする開発者や、一般社団法人モバイルコンテンツフォーラム(MCF)などの業界団体、そしてそれを後押ししてきた各国の規制当局の姿勢と、製品をより安全かつ安心して使えるようにすることが何よりも大事という、Appleなどのプラットフォーマーの基本姿勢が平行線なままなのはこれまで通りだ。


 しかし、EUに続いて日本でも規制法案が可決され、後は施行を待つだけになったということもあり、衝突している部分を探すよりかは、良い着地点を探る段階に議論が発展した印象だ。


 ところで、この議論から1週間足らずで、日本より1年ほど動きが先行しているEU圏でいくつか興味深い動きがあった。


 まず2月5日、日本より先行して代替アプリストアの運用が始まっているEU圏で、初のiPhone用ハードコアポルノアプリ「Hot Tub」がリリースされた。しかも、開発元が「初のApple公認のポルノアプリ」といった趣旨の発信をソーシャルメディアで行ったため、Appleが公式に認めたものではないことを明文化した上で「このような性的に露骨なコンテンツを含むアプリケーションが、EU域内のユーザー、とりわけ未成年者の安全性に及ぼす影響について重大な懸念を抱いている」と表明した。


 その直後、2月8日には英国内務省が、企業に捜査当局への情報提供を義務付ける法律「調査権限法(Investigatory Powers Act:IPA2016)」に基づいてAppleが持つ暗号化データの開示を要求したとBBCが報じた。


 報道によればAppleはこの要求を突き返したとされ、内務省は「業務内容についてコメントしない。例えば、そのような要求が存在するかしないかを確認することもしない」としている。


●EU圏でスタートした代替アプリマーケット


 まずは、EU圏でのアプリ代替ストアの動きから見てみよう。


 EU圏では現在、2種類のアプリ代替ストアが稼働している。先にサービスを開始したのは「AltStore PAL」で、2024年4月に早々とサービスを始めている。初のポルノアプリとなるHot Tubを提供したのも、こちらのストアだ。


 もう1つは、「App Store」に対して問題を提起し、裁判を行った人気ゲーム「Fortnite」で有名なEpicの「Epic Games Store」だ。


 Epic Games Storeは、サービス名からも分かるようにゲームの提供に重点を置いている。App Storeでの提供が中止された人気ゲームのFortniteはもちろんだが、他にも「Rocket League Sideswipe」など同社の人気ゲームを提供し、今後は他社のゲームも提供したいとしている。


 AppleのApp Storeは、売り上げに対して15%(大企業からは30%)の手数料を徴収しているが、Epic Games Storeではそれよりも少し安い12%の手数料を徴収する。


 話題が豊富なのは、AltStore PALだ。実はこのサービス、iPhoneの正式な代替アプリストアとしての運用は2024年4月からだが、そのはるか前の2019年からの5年間、Apple非公認の代替アプリストアとして運用してきた実績がある。


 iOSに「脱獄」(Jailbreak)と呼ばれる改造を施して、Appleが公認しないようなアプリの利用を可能にしていたのに加え、最近ではAppleが開発中アプリのテスト目的で提供している機能を利用して、アプリの配布を行ってきた。


 EU圏の「The Digital Markets Act」(デジタル市場法)施行により、晴れて正式に代替アプリストア「AltStore PAL」としてのサービスを開始した(これに合わせて従来のAltStoreは「AltStore Classic」と改名された)。


 ストアを作ったのは、Riley Testut氏という個人開発者だ。オープンソースコミュニティーで活躍しており、ストアの開発コードもオープンソースで公開している。


 ユーザーからの寄付やPatreonという送金システムを通じて資金を調達しており、アプリの配布自体には手数料を課していない。


 これはパソコン時代におけるフリーウェア/オンラインソフトウェアを思い出させる(フリーウェア/オンラインソフトウェアは、個人開発者などがオンラインで直接提供するソフトウェアで、多くの素晴らしいソフトウェアを生み出した一方で多くのマルウェアもあった)。


 では、AltStore PALでは、App Storeで入手できないどんなアプリが手に入るのだろうか。Epic Games Storeより早くオープンしたため、当初はFortniteも提供して人気コンテンツとなっていたが、最も代表的なのは任天堂エミュレーターアプリの「Delta」、iPhone上でコピー&ペーストした内容を記録し続ける「Clip」ユーティリティー(過去にコピーした内容を再度ペーストし直したりすることができる)、いずれもTestut Techという会社名で登録されているが、Riley Testut氏が個人で開発したものだ。それらに次ぐ第4の目玉アプリとなるのが、今回リリースされたHot Tubだろう。


 Deltaは任天堂のゲームボーイアドバンス用のゲームを、iPhone上でプレイ可能にするエミュレーターに分類されるアプリだ。もし、このアプリの開発に、任天堂が著作権を持つコードが使われているとなると違法だが、そうでなければ合法という判決が米国やEU圏での過去の裁判で出ている。


 ただし、当然ながら任天堂のゲームボーイアドバンス用として販売されていたゲームのROMを勝手に流通させることは違法だ。任天堂もこうした行為には目を光らせている。


 AppleはApp Storeで、こうしたエミュレーターの配布を禁止していた。他の機器の動きをエミュレーションできるということは、つまり、Appleのチェックを受けていないプログラムを実行可能ということであり、これがマルウェアの温床になることを懸念したのも一因だ。


 ゲームエミュレーターは人気が高く、旧AltStoreの利用を促す一番の要因の一つでもあった。


 そのような中で、Appleも対策を取る。エミュレーターそのものがマルウェアに侵されても、それが他のiPhoneアプリに及ばないようにする技術なども整ってきたことから、2024年4月にはApp Storeのガイドラインを緩和した。


 合法的なものであることや、ユーザープライバシー保護ができていることなど厳しい条件をクリアすれば、公式のApp Storeでもエミュレーターを配布できるようにした。実はDeltaも、AltStore PALのオープンとほぼ同時期にAppleのApp Storeからも入手が可能になっている。


 ただし、ポルノアプリとなると話は別だ。


●Appleとアダルトアプリの長い争い


 Hot Tubでは、性的人身売買を含む違法な金銭取引に関与したことを認めているPorn Hubなどのコンテンツも見られるという。


 Appleは、Hot Tubのリリースに合わせて以下のような声明を出した。


 Appleは、この種のハードコアポルノアプリがEUの利用者、特に子どもたちに及ぼす危険性のリスクについて強く懸念しています。このようなアプリは、Appleが10年以上かけて世界最高を目指して築いてきたエコシステムに対する消費者の信用と信頼を損なうものです。


 当該マーケットプレイスの開発者による虚偽の声明に対して、私たちは断固としてこのアプリを承認しておらず、私たちのApp Storeで提供することも決してありません。実のところ、Appleは欧州委員会によって、ユーザーの安全性の確保に関してAppleと同じコミットメントを果たしていない、AltStoreやEpicのようなマーケットプレイス運営者によるアプリ配信を許可するよう義務付けられているのです。


 アダルト向けアプリはどこまで容認して、どこからは許さないようにするかはApp Storeのガイドライン作りでも常に議論の的になっていた。


 2009年〜2010年頃、筆者は国内の多くのアプリ開発者と付き合いがあったが、「先週まではOKだったアプリが、今週になってNGになった」といった話や、「交渉したらその翌週から再公開できた」といった話を頻繁に聞かされたが、2010年にアダルト系アプリが一斉に大量削除されるという出来事があった(「iPhoneアダルトアプリの大量削除、ダブルスタンダードを開発者が批判」「Apple、アダルトアプリをApp Storeから大量削除か)。


 後述するが、AppleはiPhoneを子供からシニアまで幅広い層が利用するデバイスであり、より多くの人が安心して使えることを目指しているという立場を示しており、アダルト系アプリなどを必要とする人のためには、(Androidなどの)他のスマートフォンプラットフォームもあると言った趣旨の発言を続けてきた。


 それだけAppleによる規制が厳しく、これまでビジネスチャンスを失っていたという意味では、アダルトコンテンツのメーカーは他社製アプリマーケットに最も期待している業種かもしれない。


 「スマホソフトウェア競争促進法」を受けて開設した他社によるアプリマーケットが、どのような基準でアプリを選別し流通するかまでは、Appleなどのプラットフォーマーは管理できない。児童や青少年が使うことも多いiPhoneのアプリ市場をどのようなものにしたいかは、これから政府と共に作られていくガイドラインに依存する部分も多い。


 裏を返せば2026年以降、日本のiPhoneでどのようなアプリが広がるかは政府があらゆる事態を想定してしっかりとガイドライン作りができているかによる部分が大きい。これまではAppleが1社でその責任を担っていた。これからは日本の政府機関もその責任の一端を担うことになる。


●Appleがこだわる「透明性に関するレポート」


 さて、政府機関がスマートフォンの利用に関しての規制を行うとなると、ちょっと気になってくるのが、先に触れた英国内務省のような当局による情報監視の動きだ。


 今回の英国内務省の動きに対しては、プライバシー保護団体「プライバシー・インターナショナル」などが個人のプライベートなデータに対する「前例のない攻撃」だと英政府を非難している。


 Apple自身も、かねて「顧客のプライバシーこそ自分たちの全ての製品とサービスの根幹をなすもの」とし、自社製品には絶対に「バックドア(裏口)」は用意しないと宣言しており、以前にも英政府のこういった要求に応じるくらいなら、暗号化サービスを英国市場から撤退させるとも述べている。


 デジタル競争グローバルフォーラムでも、政府機関への情報提供についての議論が行われたが、参加した政府側の委員はプライバシーに配慮した上での慎重な議論が必要という意見でまとまったように見えた。


 そもそも、今回の法制化やフォーラムを主催しているのも公正取引委員会だ。議論を通して、やはり、これらの動きにおける最大の関心事は一部企業が要求しているビジネスチャンスの拡大にあり、少なくとも現段階では政府による国民の個人情報の取得ではない、という印象を受けた。


 さて、ここで面白い資料がある。Appleのプライバシーページにある「透明性に関するレポート」だ。


 Appleと政府による情報開示請求というと、2015年と2016年にAppleが米国のFBIから11人を殺害した犯人のiPhone 5cの情報を開示する請求が来たが、Appleは「悪い前例を作る」と拒否した話が有名だ。


 実は最近のAppleは少し態度を柔軟させ、厳正な審査の上で、どうしてもその情報が必要と判断すれば必要最小限の情報提供するような体制を整えたようだ。


 情報開示請求がよほど多いのか、年中無休の24時間体制で応じる専門の部隊を用意し、どのようなリクエストであれば応じるかなど、事細かく条件を規定している。


 Appleが例外として特に重視しているのが、iPhoneなどの端末の持ち主の人命に関わる状況で、厳正な審査の末に本当にそのような状況で情報が必要だと認められれば、持ち主を救助するために必要最小限の情報を進んで提供するという。


 同様に、テロや大規模犯罪の捜査に関するリクエストでも規定された手続きを経て適正と判断されれば協力はする。


 ただし、英国内務省がリクエストしたように、全ての情報を筒抜けにするようなリクエストはかたくなに拒否している。また、Appleが自らに課しているプライバシー保護原則の4つの柱の1つはデータミニマイゼーション、つまりできるだけユーザーのデータは持たないことなので、そもそも該当するデータを持っていないことが多いという。


 さらには政府からそのような要請を受けた場合は、応じた/応じないにかかわらずその件数をカウントして公開する。


 先の透明性に関するレポートは、まさにそのデータだ。現在公開されている最新の2023年上半期のデータを見ると、英政府から1021のデバイス、76の金融識別情報、1190件のアカウントに関するリクエスト、578件の緊急リクエストを受け、Appleも8〜9割のリクエストに応えているが、金融識別情報に関するリクエストは不当なものが多かったのか5%のリクエストにしか応じていない。


 ほとんどの国ではどのリクエストも1桁か2桁だが、米国は突出してリクエストが多く、アカウント情報に関するリクエストは9800件以上あり、しかも、Appleは全てのリクエストに7〜8割は応じている。


 日本はデバイスが288件(内Appleが応じたのは48%)、金融識別情報は284件(同16%)、アカウントは358件(同48%)、緊急が178件(同88%)なようだ。


 このように政府側がユーザーを監視するだけでなく、政府がどのように監視しているかを開示するのはプライバシー保護における、かなり先進的かつ模範的な事例ではないだろうか。


 こうしたあたりからも、Appleがプライバシー保護という同社最大の命題に真剣に取り組んでいることが感じられる。


 ぜひとも今後、同様のリクエストを受けることが多いであろうソーシャルメディアのサービスにも、同様の情報開示を行ってほしいところだ。


●親しき中にも……Appleが崩さない5つの姿勢


 最後に、第1回デジタル競争グローバルフォーラム:規制と国際連携でAppleの競争法/規制担当のシニア・ディレクターであるショーン・ディロン氏が行ったAppleのデジタル市場規制に関する考えを、簡単に振り返りたい。


 ディロン氏が提示したスライドは、実質1枚だけで極めてシンプルなものだ。こうした規制を受けても変わらない、Appleが重視する姿勢5つが書かれていた。


・ユーザーを中心に据えた製品


・プライバシーとセキュリティを第一に


・価値観を大切にしたコンプライアンス


・明瞭な規制であることが重要


・消費者を重視した執行


 1つ目は、Appleの製品は児童からシニアまで性別も関係なく幅広い人々が利用する。そうした人々があまねく安心して使える製品であること、家族や友人が愛着を持って楽しく使える製品であるように心掛けることだ。


 2つ目はユーザーがAppleに寄せる信頼は、「ユーザーのデータを保護する」というAppleの強いコミットメントから生まれているので、これからもそれを大事にするというもの。


 3つ目のコンプライアンスというと、何かどこかからよそから与えられたルールのようなイメージで接するものも多いが、Appleの場合は「プライバシー保護」などの同社が大事にしている基本原則と一致する、内側から出てくるものだという考えだ。


 4つ目は規制が漠然としたものではなく、ちゃんと透明性があって、そういった規制をすることでどのような状況を作ろうとしているか予見できるような規制であることが重要という考えである。


 そして5つ目は、規制当局が毎日実際に製品を利用しているユーザーたちとちゃんと正面から向き合い、彼らの最善の利益を優先すべく規制を執行するのが理想とするものだ。


 極めて明瞭で、フェアな主張に思える。


 幸か不幸か、日本がスマホソフトウェア競争促進法を施行するよりも1年半早く、EUがほぼ同等の法律を実施して、実験台の役割を果たしてくれている。


 21世紀に入って四半世紀が過ぎた今でも、PCは大量のマルウェアや違法ソフトが出回る無法地帯の側面があり、リスクを避けられない状況が続いている。これを良しと思っている人はほとんどいないはずだが、残念ながら人類はこの状況を覆す知恵をまだ持ち合わせていない。


 しかしApp Storeは、これとは全く異なる人々が安心してiPhoneを使える市場を生み出した。これを未来の日本のiPhoneユーザーに残すか否かは、私たちの手に委ねられている。ぜひ、今後もヨーロッパなどの状況を注視してこの問題について引き続き考えていきたい。



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