“ゴミ屋敷”となっていた部屋。画像提供:関西クリーンサービス 特殊清掃員、遺品整理士、そして真言宗僧侶の亀澤範行と申します。2007年に「関西クリーンサービス」を創業し、これまで10万件以上の特殊清掃、遺品整理、ゴミ屋敷清掃の現場に携わってきました。特殊清掃の現場で起こっている問題に真正面から向き合い、社会に警鐘を鳴らすべく、YouTubeチャンネル「関西クリーンサービス」 (チャンネル登録者数15万人)で発信を続けています。
現場の状況や依頼の背景には、現代に生きる人々のさまざまな苦悩や、深刻な社会問題が絡み合っています。
今回ご紹介するのは、70代の男性が亡くなった現場です。孤独死のきっかけとなったのは、定年退職後の熟年離婚でした。
依頼主である故人の息子さんは、亡くなる2週間前に父と会っていたため、「まさか自分の父が……」と大きなショックを受けていました。いったい、故人に何があったのでしょうか。
◆電気なし、ゴミの山、ゴキブリ地獄…“異常な部屋”で孤独死した父
「別居中の父が亡くなったので、部屋を片付けてほしい」
ご依頼を受けて向かった先は、京都府のマンションです。1Kの部屋の中はゴミだらけで、どこで食事をしていたのか、寝ていたのか、まったく分からない状態でした。
冷蔵庫や洗濯機といった家電は一切ありません。亡くなるまでの2年間、故人は電気を契約せず、マンション1階の共用部分に冷蔵庫を置いて使っていたそうです。
このことを聞いたとき、私は“普通ではない異常さ”を感じました。
トイレやお風呂の中にもゴミが詰め込まれ、部屋中をゴキブリが這いまわっていました。
故人のご遺体は、室内の玄関扉前に横たわっていました。もしかすると、体調に異変を感じ、外へ出て助けを求めようとしたのかもしれません。発見時にはご遺体の腐敗が進んでおり、死亡推定時刻や死因は不明だったそうです。
長期間放置されたご遺体は、時間の経過とともに腐敗が進み、強烈な「死臭」を放ちます。夏場かつ電気のない部屋だったため、溶けるのも早かったのでしょう。私たちが現場に入ったときも、死臭が充満していました。
床は体液や毛髪がこびりつき、人の脂も染み込んでいて、つるつると滑りやすくなっていました。
髪の毛はご遺体として扱われないため、警察が回収しないこともあります。また、頭皮は人体の中でもとくに皮膚が薄く、はがれやすい部分です。今回のように、毛髪の残る頭皮ごと床にはりついているケースは、特殊清掃の現場では珍しくありません。場合によっては、溶けた臓器や肉片がそのまま残されていることもあります。
部屋に残されたゴミの中で目を引いたのは、大量のお酒です。ストロング缶や業務用の2L焼酎など、安価でアルコール度数の高い酒類が散乱し、インスタントラーメンやコンビニ弁当などの空き容器も山積みになっていました。
自炊せず、手軽に食事を済ませていたのでしょう。社会から孤立した男性が孤独死した現場では、よく見られる寂しい光景です。
◆「生理的に受け付けない」長年の不満が溜まり熟年離婚
生前の故人について息子さんは、「父は仕事人間で、家族とあまり向き合ってきませんでした」と語ります。
「父は元公務員で、定年退職するまでは一緒に暮らしていました。でも退職後に、母から離婚を切り出したんです。仕事優先だった父に対し、長い夫婦生活のなかで不満が溜まっていたみたいです。『ずっと離婚したかった』と言っていました」
経済的なことを考え、「息子たちが一人立ちするまでは」と我慢していた妻。専業主婦だった彼女は、離婚に備えて手に職をつけ、別れの機会をうかがっていました。離婚のトリガーを引いたのは、故人による退職金の使い込みです。
「退職金の額を教えてもらえないどころか、父が勝手に使いこんでしまったようで。その不誠実な態度に、母も我慢の限界がきたらしいんですね。『お金の問題じゃない。家族に対する姿勢や、愛情のなさが原因だ』と」
家庭を顧みなかった故人にとって、突然の離婚は寝耳に水でした。別れを突き付けられてはじめて妻への愛情や依存を自覚したものの、時すでに遅し。長年、母親の思いや愚痴を聞いてきた息子たちは、当然のように母親の味方となり、離婚に賛同しました。
しかし、「離婚したくない。なんとかやり直したい」と強く訴える故人の気持ちを汲み、息子さんからの提案でいったんは別居という形に落ち着いたそうです。
「私が父の状況を見守り、最終的にまた一緒に暮らせたらと考えていました。父はすごく後悔していて、母に愛情を伝えようとしていましたよ。でも母は、『生理的に受け付けない』と、一切の連絡を拒否していて。そして別居からしばらく経って、母のもとに父宛ての督促状が届くようになったんです。結局、不誠実な部分は直っていなかった。そして亡くなる2年前、改めて離婚の話になりました」
当時、母が病気を患っていたため、息子さんが離婚の意志を伝えることに。しかし、故人が「ちゃんとするから2年待ってほしい」と訴えたことで、家族はその期限を受け入れたそうです。
ところが話し合いから1年後、管理会社から息子さんにある連絡がきました。
◆離婚のショックで変わり果てた父
「亡くなる前年、家賃滞納の連絡がありました。気になって父の様子を見に行くと、部屋がゴミ屋敷になっていて……。父も、最後に会ったときより小汚くなっていました」
心配になった息子さんが故人の再就職先に連絡すると、「職場では誰ともコミュニケーションを取らず、親しい人もいない」と聞かされたそうです。
一緒に暮らしていた頃は、ひょうきんで社交的だった父。その頃のイメージとのギャップに、息子さんは大きなショックを受けたと話します。
そして、その出来事から1年後、近隣住民から異臭の苦情が寄せられたことで、孤独死が発覚しました。
「管理会社から、『玄関のドア越しから腐敗臭が漂い、ハエなどの虫が集まっている。亡くなっているかもしれない。警察立会いのもとで部屋を開けてもいいか』と連絡がきて……。その2週間前に会ったばかりだったのに。父の死後、周囲の方に話を聞くと、ゴミが増え始めた時期と、不衛生な格好で出勤するようになった時期が一致していました。本当に、何があったのか……」
◆父の孤独死に「怒りしかない」。清掃後に変わった息子の想い
息子さんは、「なぜ、こんな形で終わってしまったのか」と悔しさをにじませていました。
「父の気持ちを、僕たちは最後まで分からなかった。本当の気持ちを聞き出せなかったのは悔しいし、僕の力不足もあったのかもしれません。心のどこかで『お互い大人だし、別居していても大丈夫だろう』と楽観していたんです。でも今思えば、父には悩みを相談できる相手が誰もいなかったのかもしれません」
今回とくに印象的だったのは、息子さんの反応です。清掃前、「最後まで周囲に迷惑をかけ、何も言わずに逝ってしまった父に対し、怒りしかない」と語っていた彼。しかし清掃が終わる頃には、表情が大きく変わっていました。
「ゴミがある間は、この部屋に来るのが本当に辛かった。でも、きれいになった部屋を見て、心がスッと軽くなった気がします。やっと、父が亡くなったという現実を受け入れられそうです。これからゆっくり、父のことを考えていきたいと思います」
部屋が片付き、気持ちが晴れたことで、故人の人生や最期の日々に思いを巡らせる余裕が生まれたようでした。
◆仕事人間の男ほど危ない。“孤独死予備軍”の現実
仕事に行き、帰宅しても寝るだけ。そんな生活を送る既婚男性は、読者のなかにも多いのではないでしょうか。私自身、妻子を持つ身として、「自分もこうならないよう気をつけなければ」と考えさせられた現場でした。家族や大切な人がそばにいてくれるのは、決して“当たり前のこと”ではないのです。
孤独死には男女で明らかな違いがあると感じています。女性は男性と比べてコミュニケーション能力が高く、人とのつながりを保ちやすいため、孤立しにくい傾向があります。そのため、離婚や死別を経験しても、心の回復が比較的早い印象です。
一方で男性は、離婚や死別をきっかけに気力を失い、数年以内に亡くなるケースが多く見られます。また、配偶者の有無にかかわらず、退職後の60代男性で一人暮らしの場合、社会とのつながりを失い、家でお酒を飲むだけの生活に陥ることが少なくありません。その結果、孤独死に至るケースは、女性と比べて圧倒的に多いと感じています。
孤独死を防ぐためには、家族や周囲とのつながりを持ち続けることが大切です。
<構成・文/倉本菜生>
【亀澤範行】
1980年生まれ、大阪出身。A-LIFE株式会社代表取締役。祖母の遺品整理を経験したことで、遺族の心労に寄り添う仕事をしたいと考え、2007年より個人商店として「関西クリーンサービス」を創業。2010年にはA-LIFE株式会社を設立し、本格的に遺品整理・特殊清掃の事業を開始する。YouTubeチャンネル「関西クリーンサービス」にて孤独死・ゴミ屋敷・遺品整理の現場を紹介し、社会に警鐘を鳴らし続けている。X:@KAMESAWA_Kclean