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ホンダ・レーシング
渡辺康治社長インタビュー(後編)
◆渡辺康治社長・前編>>トヨタがF1に関わってくることについては...
今から1年後の2026年、ホンダがF1に復帰する。
2021年限りで撤退を表明してから今年までは、HRC(ホンダ・レーシング)としてレッドブルパワートレインズ(RBPT)にパワーユニットを供給する「サプライヤー」という立場での関与だった。しかし、2026年からはアストンマーティンとタッグを組んで、ホンダとしてワークス供給を行なう。
2026年はパワーユニットのレギュレーションが大きく変わる。ICE(内燃機関エンジン)が約500馬力、そしてハイブリッドの電動アシストが約470馬力と、電動領域が50パーセントを占めることになる。
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ホンダが優位性を築く要因となった高速燃焼技術も実質的に封じられ、次は新たな手法でそれを実現する必要があるだろう。160馬力から470馬力に大幅拡大するハイブリッドのモーターやバッテリーにも、新たな性能向上やコンパクト化が求められる。
一部のメディアでは、HRC渡辺康治社長が開発について「苦しんでいる」と語ったと報じられていた。2026年に向けた開発状況と自信はいかほどなのか、渡辺社長自身に語ってもらった。
※ ※ ※ ※ ※
── 2026年のパワーユニット規定において、高い競争力を発揮するキーポイントとなるのはICEでしょうか?
「やはりICEがカギになると思います。それを大きく上げていくには、これまでとはまったく違った新しい発想が必要になってくると考えています。
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今のエネルギー効率とかいったものの延長線上で開発して目標を設定してしまうと、おそらく勝てないと思います。そこを一段、二段と上げていくために、どんなタマ(技術)をそれぞれのパワーユニットマニュファクチャラーが用意しているのか。それを成功させられるかどうかが、大きなカギになってくると思います」
【「challenging」を使うべきだった】
── 現行パワーユニットにおいてホンダが優位性を持っている電動系については?
「いかにコンパクトに軽くするか、そしていかに(使用による)劣化を抑えるか、という課題もあります。バッテリーに関しても現行規定ではライバルに対して優位性を持っていると考えていますが、2026年に向けては精度を高める点も含めて、かなり新しいチャレンジをしながら開発しています」
── 先日、渡辺社長の「2026年に向けた開発に苦しんでいる」という発言が一部メディアで報じられました。
「あれはデイトナ24時間レースの時、10人くらいのアメリカ人記者との囲み取材で、さまざまな話のなかのひとつとしてF1のことを聞かれて話したことなんです。話した真意は、2026年のF1はレギュレーションが完全にガラッと変わるので大きな挑戦だ──ということを伝えたかったんです。
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まず、開発の目標値をどこに設定するのかが非常に難しくて、自分たちは自分たちのロジック(理論)のなかで『ここまで行けば世界一なはず』というラインを引き、そこに向かって必死にやっていくわけですが、ライバルの状況がわからないだけにそのラインが正しいのかどうかもわからない。それが正しかったとしても、そこにたどり着くのは非常にチャレンジングな目標です。
それを話している時に『struggle』という言葉を1回使っただけなんですけど、それを『苦戦している』と取り上げられてしまった(苦笑)。そんなに簡単なことではないけれど『そこに向けて必死に努力している』ということと、『我々はその目標を達成できると思っている』ということを言いたかったのは、その記者も私の表情を見ていれば真意は伝わっていたはずですけど、『challenging』という言葉を使うべきでしたね(苦笑)」
── 各仕様が細かく規定されてしまっている2026年レギュレーションでは、優位性を生み出すために、これまでとまったく違う発想が必要になるとも聞いています。
「そうですね。モーターひとつ、バッテリーひとつ取ってみてもそうですし、ICEはあれだけ(燃焼系やセンサー、燃料の規定変更で)パワーダウンする要素が増えていくなか、もう一度馬力を上げていかなければならないので、かなり難しいですね。
それを実現するには相当な発想の転換が必要ですし、『そこに着目するのか』というところにまで目を向けていかなければいけません。さらには、ここまで必要なのか、と思うくらい細部に至るまで積み上げる開発をしている。
2021年の新骨格で編み出した高速燃焼のように、違う世界にガラッと行くような技術チャレンジが必要です。ホンダも相当なトップエンジニアをF1に投入していますが、それを追求する彼らの発想や努力は本当にすごいなと思います」
【ニューウェイの加入でさらに変わる】
── ベンチテスト等も含めて、開発の進捗はいかがでしょうか?
「ICE側はレースに実戦投入する仕様でこそないものの、(V6ターボエンジンとして)できあがったものがあって、それをベースにベンチ上でいろいろと確認を進めている状況です。まだこれからいくつもタマを投入して、あと数回の設計変更を入れながら性能を上げていくことになります。
12月くらいには最終仕様を確定して、実戦投入するパワーユニットに仕上げていかなければなりません。だからそういう意味では、残されている時間は10カ月あるかないか。それに合わせて、アラムコとの燃料開発、バルボリンとのオイル開発も同時に行なっていますし、アストンマーティンとのトランスミッションも双方のファクトリーでテストを進めています」
── アストンマーティン側は元メルセデスAMGハイパフォーマンスパワートレインズ責任者のアンディ・コーウェルCEO、HRC側は渡辺社長が座長となってステアリングコミッティ(運営委員会)ですべての開発を統括しているとのことですが、開発におけるアストンマーティンとの技術連携はスムーズに進んでいるのでしょうか?
「アンディさんは自分がやりたいことが明快な方なので、すべてにおいてスパッと決めていきます。非常に信頼できる相手ですね。もともとパワーユニットマニュファクチャラーの方ですから、我々の悩みや、こういうことを協力してほしいといった要望にも理解が深い。カウンターパートとして非常にいい存在です。
エイドリアン・ニューウェイ(2025年3月にアストンマーティンのF1マネージングテクニカルパートナーに就任予定)さんにはまだお目にかかっていませんが、そこに彼が入ることで、さらに変わってくるのかなと思います。
今までカスタマーをやっていたチームがワークスとしてやるには、かなりの発想の転換が必要です。それは角田哲史(ラージプロジェクトリーダー)やウチの技術者も感じていて、当初は『どんなパワーユニットなんですか?』というカスタマー的な発想だったのが、今ではたとえば『こういうクルマにしたいから、こういう搭載位置にできないか?』という考え方に変わってきました。それには角田も『かなりいい方向になってきている』と話していましたし、いい議論ができるようになってきていると感じています」
【7合目のままのF1参戦は有り得ない】
── 2026年に向けて、頂上まで山で例えると、今は何合目くらいまで来ているイメージですか?
「今は6〜7合目くらいですかね。その7合目のままの参戦はあり得ませんし、目指す頂上まで登るために『どうしたらいいのかわからない』となっていたらまずいですが、今の我々は『これをやろう』『ここを突き詰めよう』というのが見えています。また、それを決めたからには登れると信じています。
HRC Sakura(栃木県さくら市にあるホンダのレース技術開発を行なう製造・研究施設)のスタッフもピリピリしながら努力していますし、初戦からその結果が出せるように、残り10カ月を全力で戦うしかないと思っています。しっかりと頂上まで登りますので、応援をよろしくお願いします」
<了>