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「なぜ?」「なぜ?」「なぜ?」「なぜ?」「なぜ?」
「なぜ?」を5回問うことで、根本的な問題を見つけ出し、問題解決をする。その手法は今や日本のみならず、世界中の生産現場で行われているすばらしいカイゼン活動だ。だが、もし、その問いがあなた個人に向けられたら、どうだろう?
つい、言い訳をしたくなるのではないだろうか。
でも、言い訳を口にすれば「言い訳するな!」と上司はさらにパワハラまがいに責め立てるようになる。
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こんな職場には「ナゼナゼ虫」が侵入している可能性が高い。
●「なぜ?」で人を責めてはいけない
実は「なぜ?」という問いで責められると、つい言い訳をしたくなるのは、人として当たり前のこと。人類の進化を研究した名著『ヒトは食べられて進化した』(化学同人)では、ヒトはもともとトラやヒョウなどよりもずっと弱い被捕食動物で、生き残るために「自己防衛本能」が発達し、進化を遂げてきたことが紹介されている。
つまり、「なぜ?」と責めれば、自己防衛本能が発動し、言い訳をして自分を守ろうとするわけだ。
ならば、「なぜ?」という質問が言い訳を誘導しているのに、「言い訳をするな!」と言うのは理不尽だろう。
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ナゼナゼ虫は生産現場などで不具合が発生した際に、うわべの症状ではなく根本的な問題を見つけることを助けてくれる優れた益虫として、人と長年共存してきた。生産現場では、「なぜ?」という質問が向けられるのは、主にモノである。モノには自己防衛本能がないから、当然ながら問題は発生しない。
だが、ナゼナゼ虫が人を責めるようになると、理不尽を押し付ける恐ろしい害虫に変異してしまうのだ。
問題を他責にせず、自責の念を持つことが大事とはよく言われる。そういった考え方が浸透している職場にナゼナゼ虫が侵入すると、さらに深刻な問題を引き起こす。「なぜ?」という質問を自分に向けることにより、自分を責め、メンタルヘルス問題の引き金にもなりかねない。
「人のせいにしても問題は解決しない」とはよく言われるが、自分のせいにしても問題は解決しない。失敗しようと思って失敗する人はいないからだ。
●[退治方法]一緒に「思い込み」を探る
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では、他人のせいにもせず、自分のせいにもせず、何のせいにすればよいのだろうか? 「思い込み」のせいにするのはどうだろう。
思い込みのせいにすれば、他人も自分も傷つかない。しかも、人の持つ自己防衛本能を刺激することなく、客観的に問題の原因を考えることができる。
思い込みのせいにするのは、科学の世界では常識的なことである。研究や開発では、実験を日常的に行っているが、最初から思ったような結果が出ることなどまずない。
思い通りの結果が出ないことを一般に失敗と言うが、科学の世界では、それで人を責めるようなことはせず、どうしてその結果が出たのか、思い込みを客観的に考察する。
そして、思ったような結果が出ない原因となった思い込みを見つけたら、それを取り除いた次の実験でどんな結果が出るのかワクワクするはずだ。つまり、科学の世界では、思い通りの結果が出ないことを失敗とは考えず、学びの機会としている。
ここで、ナゼナゼ虫の特効薬が明らかになる。「なぜ?」「なぜ?」と人を追い込むのではなく、一緒に思い込みを探ればいいのだ。
「失敗しようと思って失敗したわけじゃないだろう? 思い込みを一緒に考えてみないか?」
この問いならパワハラには決してならない。むしろ、思い込みを見つけ、人はそこから学ぶことになり、成長さえ加速することになる。
●[事例]「なぜ?」5回の「パワハラ上司」の汚名返上
自動車メーカー向けの機器を開発・製造している大手メーカーで、最年少の生産部長だったM氏はある日、上流の開発部門まで担当する本部長に抜擢された。
M氏はそれまで、「なぜ?」を5回繰り返すことで生産現場の問題を次々と解決し、会社に大きな利益をもたらす逸材として全社の期待を集めてきた。M氏のおかげで生産現場では毎日のようにカイゼンが進んでいたが、開発部門は手付かずでビジネスのボトルネックになっていた。
100年に1度の変革期と言われる自動車業界の競争は激しい。よりよいクルマを開発しようと、仕様は最後の最後までコロコロ変わり、開発には柔軟な対応が求められる。
しかも、電動化が急速に進む中、開発の仕事は増えるばかり。
だが、リソースを増やそうにも、世の中の技術者不足は深刻で、優秀な人材はライバルに引き抜かれ、その補充すらままならない状況である。
限られたリソースで開発期間のさらなる短縮を求められるため、開発部門の残業は全社でダントツの長さ。「不夜城」というありがたくない異名をつけられるようになった。
1つのプロジェクトが遅れると、その対応のために他のプロジェクトから人材が投入される。すると、人を抜かれたプロジェクトも遅れるようになり、開発予算は大幅に超過。「開発爆発」とも呼ばれる状態になり、全社の経営を圧迫していた。
この問題を解決するために、M氏に白羽の矢が立ったのだ。
しかし、M氏は大きな壁にぶつかることになった。
「なぜ?」5回の問いで真因を探ろうとするが、出てくるのは言い訳ばかり。M氏は「なぜ?」という問いで人を追い詰めるパワハラ上司という汚名まで着せられ、部下の間ではメンタルヘルス問題が多発。従業員満足度調査で開発部門は全社最下位になってしまった。
さらに悪いことに、社内では「自責の念を持て!」という言葉が長年多用され、文化として定着していた。自責の念に駆られたM氏は自らも精神的に厳しい状況となってしまい、筆者に相談が寄せられた。
・ボトルネックを解消する「一個流し」
早速M氏に、「思い込み」のせいにするという「ナゼナゼ虫の特効薬」を処方した。
もともとM氏は優秀な技術者。科学実験と同じように、思い込みを疑うことには慣れていた。開発メンバーを集めて組織にある根本的な思い込みを見つける議論を始めることになった。
議論を開始してわずか30分。みんなが発見した思い込みは、「早く始めれば早く終わる」ということであった。
確かに仕事が1つであれば単純な話だが、複数の仕事があふれている現状で、あれもこれも早めに取り掛かろうとしていたことで、複数の仕事を同時進行でこなさなければならないマルチタスクを強いられていた。
その結果、一つひとつの仕事の質が極端に低下し、ミスが多発し手直しに時間を奪われていたのだ。
M氏はすぐに解決策を思いついた。
それは「一個流し」という生産現場では常識的な仕事の流し方である。一つひとつの仕事に集中して、しっかりと仕上げて次の工程に渡すことで、仕事の流れをよくするカイゼン手法である。これが、開発にも有効であると閃いた。
早速、開発における「一個流し」活動が始まった。
活動を始めて3日目には同じリソースで倍の仕事をこなせるようになり、残業は激減。ゆとりができて、職場内の助け合いも進んだ。問題が起きた時も、会議まで待たずにみんなで助け合い、毎日解決するようになった。これを「問題解決一個流し」と名付けた。
これらの取り組みの結果、ライバルより3カ月以上も早く開発を完了。取引先の自動車メーカーを驚かせ、感謝状まで授与された。それだけではない。
実は自動車メーカーも同じような開発爆発に苦しんでいた。自動車メーカーはこの会社に学ぼうと次世代機器のメインサプライヤーに指名。M氏は大型受注の立役者となった。
●[まとめ]あなたの「常識」は正しいのか?
「なぜ?」という問いは、よい問いなのだろうか?
確かに、産業界で広く活用され、目覚ましい成果を上げてきたが、そこには前提条件がある。モノに向けられる時にはよい問いでも、自己防衛本能を持つ人に対して「なぜ?」を問い続けると、言い訳ばかりを誘発し、最悪の場合はメンタルヘルス問題まで引き起こしかねない。
問題は人のせいにしても解決しない。重要なのは、思い込みを排除することだ。そうすれば、誰も傷つけない。そのことをぜひ、覚えておいてほしい。
【名称】ナゼナゼ虫
【主な生息地】パワハラ上司の周辺、メンタル問題が多い職場
【特徴】もともとは生産現場において「なぜ?」を5回唱えることで根本問題を発見する益虫であったが、工場の外に出て変異し、「なぜ?」「なぜ?」を繰り返し、人を追い詰め、メンタルヘルス問題を引き起こす最恐の毒虫として知られるようになった。発見したら即退治することが大事である。
(岸良裕司、ゴールドラットジャパンCEO)
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