パナソニックの4Kテレビ「VIERA」には、震度6程度の地震でも倒れないという独自の「転倒防止スタンド」が搭載されている。
壁掛け専用モデルなどの一部を除く42v〜77v型4Kテレビに搭載される「転倒防止スタンド」が倒れない仕組みは、特許取得の「吸盤」にあるという。そしてこの吸盤は、一般的なものとは異なり、平常時は吸着せず、地震や揺れが発生した際にのみ吸着力を発揮するという。
この転倒防止スタンドの吸着の仕組みと、開発の背景などを担当者に聞いた。
●一般的な吸盤の仕組みと課題
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まず始めに一般的な吸盤が吸着する仕組みをおさらいしよう。吸盤が床や壁などに押し付けられて固定された状態では、吸盤の内側は空気がほとんどなく真空に近い状態になっている。そのため吸盤内側からの圧力、つまり吸盤を押し返す力は極めてゼロに近い。その結果、大気圧が吸盤を押しつけている状態になる。これが「吸盤がくっついて外せない」状態だ。
こうして吸着した吸盤を外すには、吸盤の端っこにあるツマミなどを引っ張って、吸盤の内側に空気を入れる。すると吸盤の内側と外側の空気圧(押し合う力)の差がなくなるため、吸着していない状態に戻り、スムーズに取り外せる。
しかしこの一般的な吸盤は、時間が経つと髪の毛1本以下のわずかな隙間からでも空気が侵入し、徐々に吸盤内側からの圧力が増え、内側から吸盤を押し返す力が増してしまう。
「よく浴室や洗面所などにくっつけた吸盤が、ある時にポロッと落ちてしまうのは、吸盤に空気が侵入するも要因の一つです。長い時間をかけて吸引力が低下してしまうんです」
そう語るのは、パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション ビジュアル・サウンドビジネスユニット 機構設計部 主幹 本多和也氏。
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「テレビの台座の底部に、一般的な吸盤を固定用に取り付けたとします。その後、地震が先ほど話した吸盤がポロッと落ちるタイミング、もしくは吸着力が下がった状態の時に発生した場合、テレビは転倒してしまいますよね。そのためVIERAの転倒防止スタンドには、一般的なものとは異なる仕組みの吸盤を採用しています」
●常時は吸着していない吸盤で非常時に備える
VIERAの転倒防止スタンドに採用され、一般的な吸盤とは仕組みが異なる吸盤とは、どのようなものなのか。本多氏は次のように続ける。
「VIERAの吸盤は、吸盤の内側を真空にしていませんし、平常時は吸着しているわけでもありません。地震や振動でテレビがグラッグラッと揺れたタイミングで、吸盤と設置面の間の(空気の)体積が広がる構造になっています。吸盤の内側の体積が増すと、吸盤内部の圧力は下がります。吸盤の外側の大気圧は変わりませんから、吸盤の内外の圧力差が生まれて吸着する仕組みなんです」
つまり、1)グラッときてテレビが揺れると、吸盤には上へ引っ張られるような外力がかかる、2)吸盤内はある程度の気密性が保たれていて(=外から空気が入りにくい)、外力がかかった瞬間に吸盤内の気圧が下がり床に吸着する、3)さらに吸盤内の空気の体積がむりやり拡大される形になって吸着力が増す。これによって倒れにくくなる、ということだ。
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説明を聞くと、仕組みはとてもシンプル。一般的な吸盤が「常に吸着し続ける」方式なのに対し、VIERAの転倒防止スタンドは「必要なときだけ吸着する」方式になっている。これにより、時間の経過によって吸着力が低下するという、一般的な吸盤が持つ特性や問題も関係なくなる。
感震センサーなどを使っているわけでもないため、テレビに電気が通電しているかどうかは関係ない。テレビをポンッとテレビ台に置くだけで、地震発生と同時に吸着力を発揮してくれるのだ。地震というと停電はつきものなので、電気を使わない仕組みはうれしい。
筆者も2年前の65v型4K有機ELモデル「TH-65MZ2500」で、転倒防止スタンドの効果を確認した。実際に65インチの大画面を持ち上げようとしたが、テレビ台に吸い付いていてビクともしなかった。画面を揺らしてみても、当然、テレビが倒れる気配はなかった。
それでいて、スタンドの後方に配置されているスイッチを「オフ」にすると、直後からテレビ台を動かせるようになる。このスイッチは、別途“空気の通り道”を作るもので、オフにすると揺れても床にくっつかない。仕組みを考えれば当たり前なのだが、スイッチのオン/オフによって、こんなに素早く動かせるようになったりくっついたりすることに驚いた。ちなみにスタンドの前方からも、クリップや棒状のものを使って吸着機能をオン/オフできる。
●震度6の実証実験をクリアした転倒防止スタンド
VIERAの転倒防止スタンドは、震度6の実証実験をクリアしたとしている。その根拠を、商品企画を担当する同社 同ビジネスユニット 商品企画部 主務 野村美穂氏に聞いた。
「もともと家電業界には、統一の耐震基準はありません。それでも転倒防止を訴求するためには、何かしらのエビデンスを示す必要があります。そこで採用したのが、気象庁が公開している、これまでに実際に起こった地震の強震データを使うことでした」
気象庁は、あらゆる地震の強震データを公開している。その中から、阪神淡路大震災や東日本大震災など、今でも多くの人の中で記憶に残っている地震を選び、それらの地震の波形データを試験装置に取り込んでテストしたという。地震にも、短時間に大きく揺れるだけものや、当初にドンッ! と揺れて、そのあとゆっくりとした揺れが長く続くものなどいろいろなタイプがあるが、実際の地震の揺れ方を再現してテストしている。
試験は、転倒防止スタンドを採用する全シリーズと全画面サイズ(全型)で実施。それぞれ複数の強震データを元に揺らして、転倒しないことを確認している。気象庁が試験で採用した強震データを「震度6」と発表しているため、同社は「震度6の実証実験をクリアした」としているわけだ。東日本大震災以降も大きな地震が発生していることを踏まえ、今後は、試験に採用する統一の強震データの見直しも検討しているという。
●意識しなくても、置くだけで防災対策
ところで、パナソニックが初めて転倒防止スタンド搭載のVIERA「FX750」を発売したのは、2018年のこと。野村氏は、転倒防止スタンドの企画開発するまでの経緯を次のように語る。
「東日本大震災の時、私は横浜のビルの中にいたのですが、長く激しい揺れを体験しました。デスクの下に潜り込み、それこそプリンターやファックスなどが机や台から滑り落ちていくのを見ていたんです。ものすごく恐ろしかったです」
そうした体験をした方も多かったからか、「次にテレビに求めるものは何か?」というアンケートの結果も、それまでは「画質」や「音質」という項目が不動の上位だったが、「地震に強いテレビ」という項目が何年も上位に上がっていたという。その頃は大画面化も求められていた時だった。画面を大きくすれば、ますます地震の際の転倒リスクは上がる。
さらに多くの人が、地震対策を求めている一方で、転倒防止措置を施しているかといえば、4割くらいの人が「やりたいけれどやっていない」状態だったという。
「転倒防止措置をやりたい意識はあっても、やれていない人たち」をサポートしたいという気持ちが、転倒防止スタンドを企画するきっかけになりました」(野村氏)
「テレビの転倒防止をやりたくてもやっていない」という人が一定割合いるという状況は、おそらく今も変わらないだろう。地震が来るたびにテレビがぐらぐらと揺れて、対策をしなくてはと強く思う。だが対策を施す前に、地震の恐怖を忘れてしまう。
たいていのテレビには、転倒防止のために、テレビをテレビ台などに固定するためのベルトなどが付属しているが、テレビ台や壁に穴を開ける必要があるなど、いざ取り付けようとなると、なかなか手間がかかる。そこで開発されたのが、吸盤を備えた転倒防止スタンドなのだ。
VIERAの転倒防止スタンドは、ユーザーが特別な操作をしなくても、普段通りに設置するだけで地震対策ができる。防災は「意識してやるもの」と思われがちだが、設置するだけで、意識せずとも対策が採れているのが理想的だ。
そしてVIERAに転倒防止スタンドが初搭載された2018年以降は、取り外し時に使うスイッチの位置を含めて、機能性やデザイン性がさらに向上。また搭載モデルも増え、現在では最大77インチの有機ELモデルにも採用されている。
もちろんテレビの本質は、良い画質と音質で動画コンテンツを楽しめること。その基本を抑えつつ、知らない間に防災対策も採れるVIERAは、地震の多い日本に最適なテレビといえるだろう。
なお、先日報道されたテレビ事業の売却検討について同社広報に問い合わせたところ「テレビ事業を含む課題事業に関しましては、抜本的な収益構造の変革に向けてあらゆる可能性を視野に検討しておりますが、売却・撤退も含めて現時点で決定している事実はありません」とコメントしている。
(河原塚英信)
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