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この報告は、アメリカのニューメキシコ大学の研究チームが、数多くの検体に対してさまざまな化学分析を行い、体内に分布するマイクロプラスチック濃度を解析したデータに基づいています。その結果は、「脳内のマイクロプラスチック濃度は、肝臓や腎臓の7〜30倍に達していた」ということです。
論文の中には、認知症との関係をほのめかした記述もあり、非常に気になるところですが、まずは「そもそもマイクロプラスチックとは何なのか」という基本について、分かりやすく解説したいと思います。
マイクロプラスチックとは何か? 元は日常にあふれるプラスチック製品
マイクロプラスチックは、環境中に分布する非常に小さなプラスチック粒子または断片のことです。これまでも環境破壊や生物への悪影響などが懸念されてきました。マイクロプラスチックは、コンビニやスーパーで提供されるレジ袋や弁当箱、食品パッケージ、ペットボトルなどが元になって生じます。これらのプラスチックゴミは、本来、適切に分別廃棄・処理されれば、海洋に混じることはないはずのものです。
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また、近年は汚れ落としに使える微粒子として、人工的にマイクロプラスチックが作られて、歯磨き粉や洗顔料、化粧品などに添加されています。
掃除によく使われているメラミンスポンジも、使うほどだんだん小さくなっていきますが、これは空気中に消えているわけではなく、大量のマイクロプラスチックになって流れていっているのです。これらが下水を通じて、環境中に「垂れ流し」されている事実も、見逃すことはできません。
マイクロプラスチックは自然発生するものではなく、私たち人間の活動によって生じている問題なのです。
海水中のマイクロプラスチックが、人体に蓄積していく理由
海水中のマイクロプラスチックは、それらを蓄積した魚介類を食べることで、人体に入ってしまうと考えるかもしれませんが、それだけではありません。例えば、私たちは毎日の食事の中で、必ず食塩をとっています。
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その他の食材や調理法などに気をつけていても、毎日マイクロプラスチックを摂取していくことになります。誰にとっても、他人事ではありません。
今回の報告では、マイクロプラスチックが脳に多く蓄積していると分かった点が強調されていましたが、そもそも蓄積部位の問題ではなく、ほとんどの人体から本来ないはずのマイクロプラスチックが確認されているという事実の方こそ、非常に憂慮すべきことでしょう。
現時点で健康被害が明らかになっていなくても、このままマイクロプラスチックが増え続ければ、私たちは子どもたちの世代に大きな「負の遺産」を残してしまうことになります。マイクロプラスチックと認知症の関係など、人体にどのような影響が考えられるかは、改めてくわしく考察したいと思います。
「レジ袋の有料化」などは、プラスチック削減のための取り組みの一環ですが、有料化されても廃棄量の減少には結びついていないのが現状です。今の私たちの暮らしの中に広く浸透しているプラスチック製品の扱いを改めていかないと、いつかしっぺ返しがくるのは明らかです。一刻も早く歯止めをかけるべきだと思います。
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『Nature Medicine』(2025年2月3日号)
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))