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新たなJ1シーズンの開幕を前に、ファジアーノ岡山の佐藤龍之介はこんな話をしていた。
「(昨年12月の)昇格が決まった日の(岡山の)街はお祭り騒ぎだったと聞いているし、本当に街全体で戦っている印象がある。どこのクラブもサポーターがいて成り立っているけど、岡山はより"岡山という街が一緒に戦っている"イメージがある」
今季FC東京からの育成型期限付き移籍で岡山に新加入した佐藤は、FC東京アカデミー(育成組織)の出身。「東京で育っているし、東京しか知らなかった」という18歳は、クラブ史上初のJ1昇格に沸く岡山の空気に肌で触れ、「練習もバチバチやっているし、本当にサッカーの楽しさだったり、本質だったりを思い出させてもらっている」とうれしそうに語っていた。
岡山は今季、クラブとして初めて立つ大舞台、すなわちJ1に挑んでいる。
ホームゲームのチケットは、発売直後に即完売。新たにサッカー専用スタジアム建設への動きも生まれるなど、J1初昇格に盛り上がる街の熱気は相当なものだと聞く。
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とはいえ、「自分たちが今の力でずっと勝ち続けていけるほどJ1が甘くないのは、もう重々理解している」とは、岡山を率いて4年目のシーズンを迎えた木山隆之監督の弁だ。
まして岡山は、昨季J2で5位のクラブなのである。J1昇格プレーオフを勝ち上がっての初昇格は劇的ではあったものの、客観的に実力を診断すれば、今季J1を戦う20クラブのなかでは最低ランクに属するひとつだろう。
指揮官も、「J1のなかでの立ち位置で言うと、やっぱり20番目。おそらく多くの人から見れば、我々は当然残留争いをするチームだと思う」と認めているとおりだ。
しかし、必ずしも前評判どおりには決まらないのが、勝負事の怖さであり、面白さでもある。
木山監督も「そこ(J1残留)を目標にするのではなく、今の自分たちを常に追い越していくようなことをしないと、到底そこ(J1残留)にはたどり着けない」と言い、「常に自分たちは相手に向かってチャレンジしていく立場」だと語る。
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そんな岡山のチャレンジを強くあと押ししてくれるのが、冒頭にも記した、"初昇格ゆえの熱"であることは間違いない。それは、他クラブが持ちえない、岡山にしかない特権と言ってもいいだろう。
だからこそ、岡山にとって重要なのは、ホームで負けない、ということだ。
いわゆるアンダードッグが番狂わせを起こすために必要なのは、ホームの盛り上がりを結果につなげること。大勢のファンの前で勝利することがさらなる盛り上がりを生み、それが次の結果を引き出す相乗効果につながるからだ。
もちろん、アウェーでも勝てるに越したことはない。
とりわけ今季のJ1は、全20クラブ中半数の10クラブが関東勢という偏ったクラブ編成になっていることを踏まえると、関東在住の岡山サポーターがもっとあと押しし、地元にも負けない盛り上がりをアウェーでも見せてほしいところではある。
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だが、まずはホームで強いというのはプロヴィンチャ(地方クラブ)が生き残っていくうえで、非常に重要な要素だ。
その意味で言えば、今季J1初参戦となった岡山の成績はここまで1勝1敗ながら、アウェー(第2節、0●1横浜FC)では負けても、ホーム(第1節、2○0京都サンガF.C.)で勝っているのは悪くない。
地元で生まれた勢いをしっかりとつかみ、勝利への推進力に変換している様子がうかがえる。
かつて松本山雅FCでもJ1昇格を経験している藤田息吹は、「去年からそうだったが、日々の練習をしっかりやって、そのなかで少しずつチームとして向上していくことが大事。それ以外にやれることはないと思う」と真摯に話し、J1を戦い抜くうえでのポイントをこう語る。
「やっぱり自分たちのスタイルを成長させていくこと。(開幕戦のように)自分たちのスタイルで戦えるときはいい戦いができるけど、(第2節のように)そうでないと苦しい戦いになってしまう。そこの精度とか、強度とかをどれだけ上げていけるかが大事になる」
過去の歴史を振り返れば、プレーオフを経てJ1初昇格を手にしたクラブは、総じて昇格1年目に厳しいシーズンを過ごしている。
だが、最後にどんな結果が待ち受けていようと、クラブの歴史においてJ1初昇格のシーズンはただ一度だけ。そこで味わうワクワクも、ヒリヒリも、今季だけの貴重な経験だ。
「選手のモチベーションは高いし、自分も本当にワクワクしている」と語る佐藤も、「その(初めてJ1を戦うという)挑戦を一緒にできることが本当に幸せ」と言って笑顔を見せる。
岡山にとって初めて尽くしとなる歴史的シーズンが始まった。