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北海道日本ハムファイターズ時代に2度のリーグ優勝と1度の日本一、2023年にはワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表(侍ジャパン)を世界一に導いた栗山英樹。大リーグ挑戦を表明していた高校時代の大谷翔平を翻意させ、ファイターズで“二刀流”として育てた新時代の名監督だ。
同氏は2024年1月1日付でファイターズのチーフ・ベースボール・オフィサー(CBO)に就任した。CBOは球団社長とGMとの間にあるポストで、球団を代表する最高責任者の立場に当たる。
栗山CBOは東京・ジュンク堂書店 池袋本店で開催された『栗山英樹の思考 若者たちを世界一に導いた名監督の言葉』(ぴあ)『監督の財産』(発行:日本ビジネスプレス、発売:ワニブックス)の出版記念トーク&サイン会に登壇した。『栗山英樹の思考』は、ファイターズ監督や侍ジャパン監督として2012年から2023年の間に発した印象的な「言葉」を収録。栗山CBOの組織づくり、選手の育成、仕事との向き合い方に迫っている。
栗山CBOはリーダーとして何をしてきたのか。「選手を育てる力」や「人の能力を見いだす力」を始め、名将がイベントで語ったマネジメント論とリーダー論をお届けする。(敬称略)
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●CBOとしてチーム運営 高校時代の大谷翔平に提示したのは?
ファイターズの公式サイトによるとCBOとは「球団の基盤強化・発展と、チームの編成強化を推進するために新設されたポストで、球団運営とチーム編成の役割を担う」と書かれている。
営業や広報などのフロント業務は、昔より多くの仕事をこなさなければならない。そんな中で栗山CBOは、球団に必要な人材の配置といったフロント業務から選手の状態把握といった現場の仕事まで、ほぼ全てに関与しているという。「例えば、遠征先では選手から食事で細かいリクエストがあります。はたから見ると小さなことが、選手にとっては死活問題であることもあるので、そういう話も聞いて、実現に向けて動きます。はい、そんな感じです……何をやっているか自分でも全然分からない(笑)」と冗談めかして答えた。
「これは僕の感覚ですよ」と前置きしたうえで「編成をやり、現場にも関係し、球場の経営にも関わります。GMより上の最高責任者に近い立場です」。CBOは、球団社長とGMとの間にあるポストであり、かつフロントから現場まで携わる横断的なポストと解釈している。
高校野球界のトップ選手だった花巻東高校の佐々木麟太郎が、米スタンフォード大学へ進学した。人材という視点からみると米国の草刈り場となり、日本球界の空洞化につながる可能性もゼロではない。栗山CBOはどう捉えたか。「全ての可能性に挑戦する日本人が、世界に出ていくのは素晴らしいこと。(僕らは)『世界中のチームと比べてファイターズが一番』と思ってもらえるようなチームを作るしかありません。一気に変えることはできませんが、僕はずっと『世界一、愛されるチーム』という標語を掲げてやっているつもりです」
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選手に選んでもらうためには育成プランが大事だと強調する。高校時代、大リーグ挑戦を表明していた大谷翔平を翻意させたのも、ファイターズが綿密な育成プランを提示したからだ。「どういった道を通ると、選手にとって一番良い形になるのかを示さなければなりません。でも、誰にも答えは分かりません」と正直だ。「ファイターズは比較的早い段階でメジャーリーグベースボール(MLB)に選手を送り出してきた歴史があり、僕自身も早くMLBに出せなかったら、こっちの負けだと思ってやってきました。個々の選手の才能をもっと輝かせる。世界一を目指せる選手を作るということです」
●細かくアプローチを変える 大谷翔平は「天邪鬼」
2024年2月21日に明治安田生命は「理想の上司」のアンケート調査の結果を発表し、栗山CBOが5位にランクインした。彼の指導法は、これまでの監督とは一味違うように見える。「本当は星野仙一さんに憧れていました。星野さんに怒鳴られた人は大変だったと思いますが、愛情があるゆえに、心の底から叱ることができたからです。ただ、僕にはその能力がなかった」
栗山CBOは現役時代に選手として大きな実績を残せなかった。だからこそ、どうしたら選手に言うことを聞いてもらえるのかを思案したのだ。「自分らしさのある指導者になり、選手を生かすことが重要だと考えました。誰のマネをしても決して良い指導者にはなれません。自分のやり方を通しただけで、僕のやり方がいいとも思っていません」
栗山CBOに影響力を与えたのが、西鉄ライオンズなど戦後5球団で監督を務めた三原脩だ。彼が野球についてさまざまなことを書いた「三原ノート」は、栗山CBOが野球哲学を磨く上で大きな役割を果たした。どう自分の中で消化し、落とし込み、“栗山流”にアレンジしたのか?
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「『監督の財産』という本を残そうと思ったきっかけは、僕が監督になったときに『監督の教科書』がなかったからです。監督になる前は取材者として、いろんなことを勉強してきたつもりでした。ですが、具体的に『監督は何をするべきか』を教えてくれるものはあまりありませんでした」
巨人の名将、川上哲治の『禅と日本野球』(サンガ文庫)などの本も読破し、先輩方が残したものを、自分の形にして実行しようと努力した。いろいろな本を読んだ答えはこうだ。「『最後のスイッチ』は自分にしか入りません。選手が自分のスイッチを入れ、火がつき、本気になって命がけで試合にのぞむようにするために、どういうアプローチができるのか? それだけを考えていました」
栗山CBOは選手へのアプローチの仕方を細かく変えている。大谷翔平については「天邪鬼なところがある」と分析し「ああしろ、こうしろ」とはあまり言わなかったようだ。実際の選手の見極め方について尋ねると、あいさつをするときの選手のリアクションを事例に出した。伏し目がちに恥ずかしそうにあいさつをするのか、いつも明るく元気にあいさつをするのか。無理して明るくあいさつをする人なのか……などだ。「『人間通』でなければいけないと思い、選手一人一人の心の中について、本当はどう思っているのかを捉える努力をしてきました」
それを踏まえて、選手によって話し方も変えた。ゆっくり話す、ちょっと叱る感じで伝える、何も言わずに寄り添うなどだ。「全て成功したわけではないですが、自分なりに、こういう形かな? と試行錯誤しながらやってきましたね」
選手を指導する際には、口ではなく行動で示すという。ある選手は、プレーはとてもうまいのに、うますぎて、次のプレーに気が行きすぎた結果、打球から目が早く離れてエラーをすることがあったそうだ。何が原因で最後までやるべきことができないのか? 栗山CBOは選手に対して日常生活からの改善を図った。「立ち上がったときに椅子をきちんと机の中に入れているのかどうか……。生活に関することですが『俺も今日から椅子をちゃんと入れるから、おまえも入れよう』と言いました。指導者は背中を見せることが大事なのです」
●イチロー「データ野球は人間の感性を奪う」 栗山の見解は?
最近、日米で野球の殿堂入りを果たしたイチローは、あるドキュメンタリー番組でMLBの行き過ぎたデータ野球について「人間の感性が失われる」と懸念していた。データと人間の感情のバランスについて栗山CBOは、どんな見解を持っているのか。「チームとしての大きな課題です。(データと人間の感性は)両方とも必要で、それをどう扱うか? どう処理するか? という時代に来ていて、日本でも、それが問われています」
日本ではまだ、データを分析するアナリストと、従来のやり方をしてきた指導者との間で大きな論争は起こっていない。だが、いずれ近いうちに、その時代はやってくる。「球団として、なるべく先入観なく働いてもらう環境を作っていますが、バランスをどう取ったらいいのかは、自分の中でも大きな命題です」
野球の長い歴史の中で、初めて大きなイノベーションが起こっている実感があるという。「要するに『正しい』はないんです。今の状況で私たちは何を選択するべきなのか。これはいつも議論しています。結局はトライアンドエラーなのです。失敗してもいいから、やってみる。そうしないと分からないんです。思い悩みながらも、責任を持って前に進めているつもりです」と話し、上に立つ者の覚悟が見えた。
『栗山英樹の思考』では、好きな著書として、京セラとKDDIを創業し、JALの経営再建を成し遂げた稲盛和夫の『生き方』(サンマーク出版)などを挙げていた。経営者の書籍は、栗山CBOのマネジメントに、どう生きたのか。
「僕のテーマは『選手に接する形として、本当に選手のためになることを伝えられているのか?』です。リーダーとして厳しく接したほうが良いと考えていました。というのは、僕らは球団からクビになれば終わりますが、経営者は、従業員と家族の人生を背負います。リーダーになる人は、その覚悟を持ってやりなさいという意味だと解釈しています」
厳し目に指導することによって、自立した選手を育てられると考えているようだ。
●日本人が得意でなかったことを実践している
栗山CBOは、最善の結果を導き出すために思考し続ける人なのだろう。そのために、選手一人一人の特徴や性格まで把握をして、話し方も変える。「一見できそうで、実はできない作業」をしているのだ。リーダーとして責任を取るという覚悟も持っている。
日本の組織論では、責任の所在が明らかでないことや、責任を誰も取らないことが多く指摘されている。栗山CBOは、日本人があまり得意ではなかったことを実践していると感じた。だからこそ、監督として実績を残せたといえそうだ。
(武田信晃、アイティメディア今野大一)
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