「廃棄される牛」に再び光を 仕入れコスト3分の1で黒毛和牛を提供可能に 社長が語った“苦い記憶”とは

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2025年02月27日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

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HIRが手掛ける黒毛和牛ハンバーグ

 インバウンド需要の回復と物価高で、黒毛和牛は「外国人のための食材」とまで言われるほど高級化した。一方で、乳量低下や出産能力の衰えた「廃用牛」は、その多くが低価値なペットフードなどに加工されるか、廃棄される運命にある。


【画像】“廃用牛”からつくった「黒毛和牛ハンバーグ」(8個入り5000円前後)、箱から取り出す様子


 北海道を中心に15店舗の飲食店を展開するHIR(札幌市)の代表取締役の小林大夢氏は「日本の食材を、日本の食卓に届けたい」と語る。同社は廃用牛を再肥育して一頭丸ごと買い取ることで、通常の3分の1以下という破格の仕入れコストを実現。高級部位は自社の焼肉店で提供し、その他の部位でハンバーグを製造する独自モデルを確立した。本稿では、その取り組みの裏側やそこに込められた思いに迫る。


●再肥育により、出産経験のある“お母さん牛”に新たな光を


 和牛価格の高騰が続く中でHIRが着目したのは、出産を重ね、本来なら価値が低いとされてきた“お母さん牛”だ。こうした乳量低下や出産能力の衰えた牛は「廃用牛」とされ、ペットフードや低級ひき肉にしかならない運命にあった。小林氏が取り組んだのは、この「廃用牛」の持つ可能性を、再肥育という手法を用いて引き出すことだ。


 廃用牛の再肥育は、通常の肥育と比べて大きな優位性を持つ。小林氏によれば「一般的な肥育と比較すると配合飼料を3分の1に抑えられるのに、短期間でA3ランク程度まで肉質を向上できる」という。


 環境面での利点も大きい。「約20カ月間子牛を生み続けてきた母牛の再肥育期間はわずか3〜6カ月程度で済むため、牛のゲップに含まれるメタンガスの排出量も抑えられます。限りある穀物資源の効率的な利用にもつながり、SDGsの観点からも社会貢献性の高い取り組みだと自負しています」(小林氏)。


 同社の廃用牛活用における最大の特徴は、一頭丸ごと仕入れる「一頭買い」方式だ。焼肉店などで好まれるヒレやタンなどの高級部位は自社の焼肉店で提供し、その他の部位をハンバーグの原料とすることで、無駄のない活用を実現している。これにより、同じランクの和牛を通常の流通ルートで仕入れる場合と比較して、3分の1の価格に抑えられる。


●強みは“廃用牛×焼肉店” 高価格帯の焼肉も食べ放題で提供


 一般的に廃用牛を活用した商品開発では、特定の部位のみを仕入れてハンバーグなどに加工するケースが多い。しかし、HIRは焼肉店を運営していることもあり、一頭買いによる独自のビジネスモデルを構築できた。


 「当社の焼肉店では黒毛和牛の食べ放題メニューを提供していますが、これは廃用牛の高級部位を効率的に活用できるからこそ実現できました」と小林氏は説明する。他の飲食企業がハンバーグを製造する場合、食肉加工会社から必要な部位だけを仕入れるのが一般的だ。しかしその方法では原価率を下げることには限界がある。


 HIRの場合、再肥育した廃用牛を一頭丸ごと仕入れることで仕入れコストを大幅に圧縮。ヒレやタン、サーロインなどの高級部位は自社の焼肉店で提供し、その他の部位をハンバーグ用の原料として活用している。


 OEM(相手先ブランドによる生産)で完成品のハンバーグだけを仕入れて販売する方法もあるが、自分たちで肉を持ち込み、レシピを渡して加工してもらうことで、加工賃だけで済ませているという。結果として、同じ品質のハンバーグが半額以下のコストで製造できている。


 こうしたコスト優位性を生かしながらも、味に妥協はしない。ハンバーグは東京・港区の星付きシェフが監修したレシピで仕上げることで、付加価値を高める取り組みを行っている。「ミシュラン星付きレストランシェフ監修の黒毛和牛100%ハンバーグを、一般家庭でもお求めやすい、1個あたり500〜600円という価格で提供できるのです」と小林氏は語る。


 実際このハンバーグの人気は上々だ。2025年1月の販売開始から1カ月で、Amazonだけで200セット以上を売り上げた。牛1頭からは約1500個のハンバーグが製造でき、6個入りで250箱ほどの商品になるという。


 「この取り組みは、日本の畜産業の根幹を支える繁殖農家にも希望をもたらすはずです。北海道の食材を全国に届けられることに加え、廃用牛を活用することでこうした農家への利益還元も実現できると考えています」と、小林氏は持続可能な畜産の未来を見据える。


●外国人実習生との出会いがもたらした「食品ロス」への強い問題意識


 小林氏が「食品ロス」に強い問題意識を持つようになったきっかけは、外国人技能実習生との出会いだった。


 小林氏がHIRを事業承継したのは2023年9月末。当時は人手不足により定休日が多く、店舗の稼働率も低迷していたため、前職での人材紹介や採用支援の経験を生かし、人材確保に尽力した。同社では現在、ミャンマー人5人を含む外国人従業員が働いている。彼らの母国での月給は3万円から5万円程度だが、日本では数倍の月給が得られるため、来日を決意した人が多いそうだ。


 人材確保に奔走する一方で、飲食店で日常的に発生する大量の食品廃棄に直面し、がくぜんとしたという。食べるものが貴重な環境で育っている外国人技能実習生の彼らも、食品廃棄が日常的に発生する職場に対し、「まだ食べられるものを、なぜ捨てるのか」と疑問を抱いていた。


 「彼らにこの現状を見せることに、強い違和感を覚えました」と小林氏は振り返る。これまで外国人材ビジネスに携わってきた身としても「日本で働きたくない」と思われるような環境は絶対に作りたくないと考えた。


 そうした思いが、食品ロス削減の取り組みにつながっている。自社のビジネスを外国人従業員の視点で見直し、「廃棄される食材をどう生かすか」という視点を持つようになったこと。その集大成が、現在取り組んでいる再肥育廃用牛の活用なのである。


●次は乳用のジャージー牛。“捨てられる命”を価値あるものにしたい


 外国人実習生との出会いから始まったフードロス削減への取り組みは、HIRの事業の根幹となった。小林氏の挑戦は廃用牛の再利用だけにとどまらない。次なる開発テーマとして見据えるのは、乳用のジャージー牛だ。


 「食品ロスに向き合う過程で気づいたのは、捨てられる運命にある食材がたくさんあるということ。ジャージー牛もその一つです」と小林氏は説明する。


 ジャージー牛は乳用牛として知られているが、肉用としてはほとんど流通していない。しかし、その特性に小林氏は大きな可能性を見出している。「ジャージー牛は赤身が多く、筋トレをする方やスポーツ選手にとって理想的な食材になり得ます。ヘルシーな赤身肉として、新たな市場を開拓できる可能性があるんです」(小林氏)。この取り組みも廃用牛と同様、一頭丸ごと買い取って加工する計画だ。すでにレシピ開発は完了し、現在は生産ロットの調整段階にあるという。


 また、牛乳の廃棄問題にも取り組んでいく。北海道には冷蔵庫、冷凍庫に次ぐ第三の鮮度保持技術と呼ばれる新しい保存技術を持つ倉庫がある。そうした最新技術を活用し、牛乳の廃棄量削減に取り組む予定だ。


 こうした食品ロス削減の取り組みは、同社の採用支援事業とも連動している。「事業承継時には人手不足で苦労しましたが、採用ノウハウを生かして克服しました。この経験を北海道の外食産業に還元しながら、EC事業でも雇用を生み出していきたいと考えています」(小林氏)。


 フードロスの削減、畜産農家の支援、そして雇用の創出ーー。「日本の食材を、日本の食卓に」という思いから始まった小林氏の取り組みは、持続可能な食のエコシステム構築へと広がりそうだ。



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