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アメリカで行なわれた『2025 SheBlieves Cup』で、なでしこジャパンが3連勝。3戦目で世界ランク1位の開催国アメリカを破っての大会初優勝は、大きなインパクトを与えた。昨年末に就任したニルス・ニールセン新監督は、一体チームに何を施したのか?
【自信を持ってプレーさせる】
日本女子代表史上初の外国人指揮官となるニルス・ニールセン監督率いる新生なでしこジャパンが、『SheBlieves Cup』3戦目で開催国であるアメリカ(世界ランク1位)に勝利し、この大会の初優勝を果たした。
ニールセン監督は、昨夏のパリオリンピック時のメンバーをベースに、復帰組として宝田沙織、籾木結花(ともにレスター・シティ)、三浦成美(ワシントン・スピリット)を、そして新たに昨年のU−20女子ワールドカップで守護神として活躍した大熊茜(INAC神戸レオネッサ)を選出。戦力的に大きな変更がないとなれば、明確に指揮官の手腕が現れる。今大会でニールセン監督は大きくふたつの視点を落とし込んだ。
ひとつはすべてのプレーに共通するマインドセットだ。ニールセン監督は過去のデータを提示し、日本選手のクレバーさ、高いスキルなどを称賛しながら、常に「勇敢に戦うんだ」と伝え続けた。それは、就任前に彼が外から"なでしこジャパン"を見た際の、「なぜ自信がなさそうにプレーをするのか」という疑問が根底にある。そして、その自信のなさこそがすべてのプレーを臆病なものに見せていると考えた。
今大会、なでしこジャパンの最大の変化はこのマインドセットだった。ニールセン監督は徹底的に選手たちの自己肯定感を上げ、自信を持ってプレーできる状況になるまでポジティブな言葉をかけ続けた。そのポジティブな影響に驚いていたのが、チームの心臓・長谷川唯(マンチェスター・シティ)だ。
「意識の持ちようでこれだけ違うのかって思います。もちろん今までも前からプレスに行こうと言ってはいましたけど、その割りに行けてなかったんだと感じさせられています。ボールを取られたあとの切り替えも昔のほうがやっていた。でも心のどこかにプレスに行ったらやられるって気持ちがあったら思いきり行けない。今はそこを割りきって行けるんです」(長谷川)
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【選手それぞれに明確な役割を与えた】
もちろん、精神論だけでいい変化が生まれるわけではない。もうひとつは、これまでの"バランス"という言葉で曖昧にせずに、選手それぞれに明確な役割を与えたこと。これで不思議なほどチームの共通認識が高まった。
田中美南(ユタ・ロイヤルズ)の動きを例にするとわかりやすい。もともと彼女はFWのプレーエリアである前線を離れ、自陣深い位置まで落ちてチャンスメイクも得意とするが、それはゴール前から離れて得点する機会から遠ざかることも意味する。今回は彼女が持ち場を離れた際は前線のウイングふたりが高い位置を取り、そこにボールが入れば再び田中を生かすプレーも多々見られた。事実、田中は今大会4ゴールを挙げ、得点王とMVPを獲得した。
「(トップから)中盤に落ちて自分が10番の位置を取ることに迷いがなくなった。距離感よく周りの選手とローテーションできているので、アップダウンの辛さもないんです。監督も献身的な動きを評価していると言ってくれるので、そこはやり続けたいです」(田中)
今回のなでしこジャパンの快進撃の原動力となったプレッシングには、先のふたつ要素が必要だった。攻守の主導権を握るためのカギはトランジション(切り替え)。奪われたら、すぐさま奪い返して攻撃へ――。選手たちはこれをピッチのあらゆる場所でやり続けた。
このプレッシングによってプラスの効果が生じたポジションがアンカーだ。初戦は熊谷紗希(ロンドン・シティ・ライオネス)がその位置を担った。熊谷はこのポジションに特別な想いがあった。高倉麻子監督時代から何度か挑戦するも、システム的になかなか機能していなかったからだ。
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ところがオーストラリア戦では、「熊谷がアンカーで機能すればこの効果あり」と想像していたとおりの局面が繰り広げられた。前線が全力プレスで追い込んだボールを熊谷が刈り取り、相手に押し込まれた際には最終ラインで攻撃を無力化する。これには熊谷本人も「すごくクリアにプレーできたし、楽しかったです(笑)」と、初めて掴んだ手応えに笑顔がこぼれた。
ニールセン監督は熊谷のアンカー起用に関して、そこに彼女の強い姿勢があったことを明かしている。
「彼女がアンカーに何度もチャレンジし、うまくいかなかったことも知っていました。それでも彼女はアンカーにチャレンジしたいと言ってくれた。チャンピオンズリーグを5回制し、ワールドカップでも優勝しているすばらしい経験値を持っている。特に私からのアドバイスは必要ありませんでした」(ニールセン監督)
【どのメンバーでもプレスが効き続けた】
驚くべきは、現状のベストと目されたスタメンで臨んだ初戦(オーストラリア戦)だけではなく、5名を入れ替えた2戦目のコロンビア戦でもプレッシングが効いたことだ。多少布陣を変えても、プレスは効き続ける。さらに今大会の出場国では別格の実力を誇るアメリカに対しても、引かずにプレスをかけ続けることがきた。ポゼッション率もわずかながらアメリカを初めて上回るというオマケつきだ。
また、トランジションにこだわったことでゴールの形も多彩になった。全10得点中、セットプレーからのゴールを除いた6ゴールは、すべて異なる形で得点者もさまざま。いずれも前半の早い段階で先制点を奪ったことで、相手のゲームプランを崩し、自分たちのペースに持ち込めた。
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アメリカに対してもいっさい引かず、ニールセン監督の求めた「何が起きてもやり続ける」ことをやめなかったことで掴んだこの大会初優勝。新体制での初遠征にして、「最初は選手たちがあまり話してくれなかった」と苦笑いする新指揮官への信頼は揺るぎないものになった。
ただし、今大会の参加国すべてが次のオリンピックへ向けてのチーム作りに着手したばかりで、メンバーも定まっていない点は考慮しなければならない。この優勝でなでしこジャパンの強さが示されたわけではないのだ。
だが、他国と同じスタート地点でありながら、日本には高いポテンシャルがあることは証明された。中2日で飛行機移動を挟む3連戦。いつも過酷な『SheBlieves Cup』は、世界の頂を狙う自信を選手たちに抱かせた。新生なでしこジャパンは大きな一歩を踏み出した。