もう音楽を聴くだけじゃない 「耳に入れっぱなし」が当たり前になった、最新イヤフォンの世界

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2025年03月01日 10:21  ITmedia NEWS

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 今では信じられない話だろうが、筆者が学生だった40年前は、地下鉄の冷房も十分ではなく、夏場は窓を開けて走行していた。また当時の国鉄は、今のようなメロディの発車音が採用されておらず、代わりに非常ベルを鳴らしていた。そのやかましさは、筆舌に尽くしがたい。


【画像を見る】耳につけるだけで心拍数や血中酸素濃度が測れるイヤフォン(全6枚)


 筆者は音響技術、要するに音楽ミキサー養成の専門学校に通っていたが、先生からは電車の騒音から耳を守るために、ホームでは非常ベルの近くを避けること、極力イヤフォンやヘッドフォンを無音で装着して減音し、耳を保護するように指導されたものだった。


 首都圏で電車に乗ると、インバウンド客以外でイヤフォンをしていない人を見つけるのが困難なくらい、完全に当たり前の風景になっている。かつては、ただ移動しているだけではヒマだという理由で音楽が聴かれたものだが、ノイズキャンセリング機能の発達により、電車の騒音を軽減するという目的もプラスされてきた。


 それだけでなく、駅を出てからも車の騒音を消す、喫茶店で仕事をするときに周囲のガヤを低減するなど、さまざまなシーンで使える事もすでにご存じだろう。


 イヤフォンブームの発端は、iPodの普及とともに2003年に登場したSHURE「E5c」にさかのぼる。それが途中息切れすることなく、現在まで続いているのは大したものである。昨今は静かなところでの長時間装着に対応するため、耳をふさがないオープンイヤー型の流行もある。すでに一過性のブームではなくなっているということでもある。


●リスニングとともにバイタル情報も


 2月20日に発表された中国EDIFIERのイヤークリップ型ワイヤレスイヤフォン「LolliClip(ロリクリップ)」では、音楽再生以外にも心拍数と血中酸素を測定できる機能を搭載した。イヤークリップ型は耳たぶを挟むように装着するので、そこにバイタルセンサーを搭載することで、こうした測定ができる。


 耳からバイタルデータを取るという技術的な背景を探っていくと、古くは2018年にNECがイヤフォンに搭載したセンサーでバイタル情報を取る技術を開発していた。これは業務用で、通話によるコミュニケーションの円滑化を測るのに加え、作業者の安全や健康監視を行う用途だったようだ。


 22年のCEATECでは、シャープがイヤフォンにも搭載可能なバイタルセンサーを出展していた。23年までには量産化という計画だったようなので、24年から25年にかけて登場してくるバイタルセンシングイヤフォンには、このセンサーが使われている可能性が高い。


 特許だけの話であれば、Appleは14年にイヤフォンやヘッドフォンを使って生体情報を取るという特許を取得している。このときは、スポーツ時の使用を想定していたようだ。また23年には、イヤフォンのイヤピースにで電極を搭載することで、脳波や筋電などの生体信号を取得する特許の出願も確認されている。まだ実際の製品は出てきていないが、ヘルスケア分野のセンシングデバイスとして、早くからイヤフォンに注目していたのが分かる。


 バイタルセンシングという点では、これまでスマートウォッチが先行してきた。ただ腕時計は昔と違い、装着しなければならない必然性がなくなった現代においては、嗜好や趣味性が高いものとなった。いくらセンシングできても、重い、見た目がしっくりこないなどの理由で装着したくないという人はいるだろう。あるいは装着が習慣化せず、いつのまにか忘れているという人もあるだろう。


 これに対してイヤフォンは、音楽を聴く、あるいはノイズキャンセルするという目的があるため、能動的に装着する。またコロナ禍以降で働き方が変わったことで、以前とは比較にならないほど長時間装着するということが習慣化した。バイタルセンシングするデバイスとして、腕時計よりも向いている一面はある。


 加えて装着位置も頭部に付けることから、姿勢が判別しやすく、運動との関連性も推測できる。運動時にイヤフォンをする人が多いという点でも、自然にバイタル情報が取れる流れができる。


 またいわゆる「寝ホン」が流行したことからも分かるように、睡眠時にイヤフォンをする人も一定数いるようだ。そういう方達からは、睡眠データも取れるだろう。


●聴覚を補うものとして


 ノイズキャンセリングイヤフォンには、外部の音を取り込むためのマイクが付けられている。これを利用して、聴力を補うものとして利用するという使い方が登場している。


 もっともよく知られるのは、24年10月から導入された、Apple AirPods Pro 2の「ヒアリング補助プログラム」である。これはユーザーの聴覚を測定して、再生音を最適化する機能のほか、外音取り込み機能を併用した際に、相手の声を聞き取りやすく変換する、背景のノイズを除去して会話音声を強調するといった機能を持つ。低・中程度の難聴症状に対応できるという。


 興味深いのは、このプログラム(ソフトウェア)側のみ、管理医用機器の承認を受けている事である。一般の補聴器は管理医用機器なので、使用するには医師による診断や処方が必要となるほか、修理も医療機器の修理業の許可を持つ事業者出なければ手が付けられない。AppleではハードウェアのAirPods Pro 2を一般の家電機器に据え置くことで、入手しやすくしている。このプログラムは、無償で提供されている。


 2月にシャープが発売した「SUGOMIMI(スゴミミ)」は、一般のイヤフォンとしての機能を持ちつつ、日常における聞こえに着目した製品だ。対面での会話や外国語のリスニング、音楽コンサートなどさまざまなシーンに対応した聞こえ方にチューニングする機能を備えている。


 もともとシャープではほぼ同じデザインの補聴器「メディカルリスニングプラグ」を手掛けてきた。補聴器なので、管理医用機器である。この知見をベースに作られた「SUGOMIMI」は一般機器なので、入手性が高い。


 おおまかな流れとしては、参入ハードルが高い管理医用機器としての補聴器ではなく、一般機器レベルで高度な聴力補正を行うという方向で技術開発が進められているという印象だ。今後は一般のイヤフォンのような形をした、聴覚補助機能を持つ製品が多く登場してくるだろう。


 管理医用機器であれば、自治体からの補助が出るというメリットがあるので、補聴器が無くなることはないだろう。ただ機能的にはその境目が溶けていくのであれば、管理医療機器でなくても一定の補助を出すということは検討されてもいいはずだ。


 利用者側としても、いかにも医療器具といった見た目の補聴器を付けるより、単にイヤフォン付けてる人と見られた方が良いという人は多そうだ。それだけ、世の中にイヤフォンをしながら過ごしている姿は、社会的に受け入れられたということでもある。


●ノイズキャンセリングの悪影響?


 一方で、10代のうちからノイズキャンセリングを多用していると、言葉の聞き取り能力の発達に悪影響があるのではないかという指摘が英国から出された。BBCが報じたところによれば、耳から聞こえてくる音を分析し、特定の音だけを抽出する脳の働きは10代後半にかけて発達が完了する。


 この時期に十分なトレーニングができていないと、音声や雑音を処理する能力が発達できないわけだが、ノイズキャンセリング機能がそれに代わり音を遮断してくれるので、脳が雑音をフィルタリングすることを「忘れてしまう」可能性があるというわけだ。


 音は耳で聴くのではない、脳で聴くのだということは、すでに筆者が40年前、音響工学を学ぶ学生の頃から分かっていた。いわゆる「カクテルパーティー効果」と同じ話である。カクテルパーティ効果とは、いろんな人があちこちでしゃべるカクテルパーティにおいても、聴きたい話に集中することで1つの喋り手の話を聞き取ることができることから、脳が聴きたい音を抽出するという能力の根拠とされてきた。


 聴力には異常が認められないにもかかわらず、ターゲットの音や話言葉を聞き取ることができない障害を、聴覚情報処理障害(APD)という。もともとは神経多様性がある人や、脳に損傷を受けた人、子供の頃に中耳炎を患った人に多くみられる障害だったが、これらのカテゴリーに該当しないADP患者が増えているという。


 考えてみればノイキャンイヤフォンは一般のイヤフォンに比べて高価なため、親が子供に与えることはあまりなかった。だが昨今は価格も数千円にまで下がり、子供が自分で買うという事も起こりうるようになった。社会環境にもよるだろうが、電車通学の途中でも勉強したい高校生は、ノイキャンは必須だろう。


 イヤフォンが単に音楽を聴く道具から生活家電へと多様的に展開できるようになった今、本当にAPDと10代のノイキャン利用に相関関係があるのか、今後の正確な調査が待たれる。



このニュースに関するつぶやき

  • これはいいかも知れない。年齢とともに聴力は衰えるし工事工場現場で働く職業の方々のも長年の騒音とかで聴力が衰えもある。そうなんだ 集音的な役割も出来るのは便利
    • イイネ!3
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