発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する連載企画。数多く出版されている新刊小説の中から厳選し、今読むべき注目作を紹介します。(編集部)
表紙の雰囲気としっとりとした文体、そして怪談文学賞出身の著者というイメージから、怖さが滲み出る小説を想像していたのだけど、思った以上に切なく、そして優しい連作短編集だった。親から継いだ花屋を営む志奈子と、50歳を過ぎてから彼女と結婚した刑事の昇司。夫婦の周辺で起きる殺人事件を6つ描き出しているので、怖さがないわけでもないのだけれど、それ以上に人と人の感情が……憎しみや怒りだけでなく、ときに優しさや愛おしさまでもがもつれてしまうことのもどかしさに胸がぎゅっとなる。
たとえば志奈子の親友にとって唯一の身寄りであり、母親のような存在の伯母が亡くなったところから始まる第一話。顧客でもあった彼女の遺体が発見された現場、つまり自宅を訪れた志奈子はふと、床に散乱した花に違和感を抱く。それが結果的に、伯母を突然死に見せかけ殺した犯人逮捕につながるのだけれど、その裏に隠された志奈子自身の秘密……事件そのものの引き金になったかもしれない可能性が明かされたとき、なんだかとても複雑な気持ちになってしまう。善意で行動しているからといって、それが「いいこと」とは限らない。友達や家族として互いを想いやっているからといって、何もかもを好意的に受け止められるわけではない。そのほんのわずかなすれ違いや、嘘、秘密が事件を招く。でも逆に、ほんのわずかなタイミングによって、誰かが救われることもあるのだということが、章を重ねて描かれていく。
物語を読み解くヒントとなるのは、いつも花。ときに主役、ときにさりげない脇役として物語を彩るその姿を思い浮かべると、ちょっと足を延ばして町の花屋さんに行ってみようかなという気分にもなる。それが、もしかしたら何かの引き金になるかもしれないけれど。
インターネットがまだ「ぴーひょろろ」と音を鳴らして繋がっていた古の時代、人々が交流するツールはSNSではなくBBS。掲示板と呼ばれるものだった。とうに息絶えたようにみえる、ドラマファンが集うBBSにいまだ出入りする人たちが、地元の「おいしいもの」を送りあう。どこか牧歌的なつながりを描いた本作は、無関係な他人だからこそ支え合えることもあると、あたたかい希望を抱かせてくれる。
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推し活に命をかける秋田のネイリスト。脱サラして愛知で喫茶店を営む男性。長崎で元同僚と同居しながら仕事を営む女性。妻と“卒婚”して広島で母と暮らす元ドラマプロデューサーの男性。そして、BBSの管理人であり、おいしいもの便を発案した当人でありながら、諸事情から休止中の徳島に住むさおしか。それぞれ、互いの住所と名前は伝えあってはいるものの、どんな暮らしをして、どんな事情を背負っているのか、誰も知らない。ただときどき届く、見知らぬ土地の、見知らぬ食べ物が、地元にいながらも日々の鬱屈を払拭するヒントとなって、心と体にしみていく。
印象的だったのは、第三話の語り手である「エルゴ」という人物。異性の元同僚と同居しているのは単にビジネスパートナーだからで、そこに恋愛関係は一切ないのだけれど、説明がややこしいから恋人同士ということにしている。ゆえに、元同僚の兄やその妻にあれこれ干渉され、それにはしっかり憤るのだけど、自分の環境・状況がいわゆるノーマルではないことを知っている彼女は、変わってるねと言われても「そうだね。あんまり理解されないよ」と淡々とかえす。そのさらりとしたスタンスに、端的にいえば惚れてしまった。大事なのは、理解しあうことではない。自分にとって未知なるものを尊重しあうことだ。
百パーセントまざりあうことなどできない他人といかに営みをともに重ねていくかを描いたその奥深いテーマが、土地の食べ物と重なって、しみじみとさせられる。
〈人権は思いやりの話ではない。それは間違いありません。でも、誰かに人権についての話をするとき、その人に対する思いやりを持たなくていいかというと、それは違いますよね〉というセリフが、胸のど真ん中に刺さって、今も抜けない。子どもの頃から、正論は暴力だと思っていた。でも、それ以上に、正しさのなかにきちんとおさまれない自分が苦しくてたまらなかったし、自分を守るために他人を正しさで殴りつけるようなことも、少なからずしてきた。そんな自分を、改めて突きつけられたような気がした。
主人公の大夢(ひろむ)は派遣社員で、お金がなくて、友達と呼べる人もいない。気を抜けば私物を盗まれるのがあたりまえのシェアハウスで暮らしていた大夢は、急死した伯父の住まいを片づけるよう、家族に押しつけられたついでに、大家からその部屋を格安家賃で住まないかと提案される。さらには、伯父が営んでいたらしい謎の「他人屋」という仕事と、部屋に住んでいるらしい幽霊も一緒に引き継ぐことに。
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他人に心を開かず、寄せ付けず、心をかたくなにしていた大夢にとって、便利屋のような「他人屋」の仕事はいちばん面倒だ。けれど押し切られるようにして、地元の人たちの手伝いに駆り出され、成り行き上しかたなく幽霊の正体を探るうちに、大夢は少しずつ心を解きほぐしていく。他人と関わるということは、傷つけられたり不快にさせられたり、自分の愚かさを突きつけられたりすることでもある。でも同時に、冒頭のセリフのように、はっとさせられ視界を開ける機会も得ることができる。配慮も思いやりも、多様な人に接するほど面倒にはなっていくけれど、誰かの人権を守るためにほんの少し思いやりを言動に足すことは、自分の人権や居場所を守ることにもきっと繋がっていく。絆とか、仲間とか、そんな強固なものでなくてもいいから、みんなが少しずつ誰かの安心をはぐくむ一片になっていければいいよなあ、と思える小説だった。
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