ぺんたんさん(30代男性)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2019年12月に中国・武漢で発生し、数カ月でパンデミックに。日本では2020年1月15日に初感染者が確認され、5月12日までに15,854人感染、668人死亡(国立感染症研究所)。 その混乱の中で、反ワクチン陰謀論にハマり家族が崩壊した実話をもとにした漫画『母親を陰謀論で失った』(KADOKAWA)が話題だ。作者ぺんたんさん(30代男性)に話を聞いた。
◆母の様子がおかしくなったのはアメリカの大統領選挙の頃から
ぺんたんさんは2人兄妹の長男として産まれ、現在は、製薬会社の営業職として働いている。なぜ、原作を書こうと思ったのか。
「2022年には、まだ誤情報やデマが多く広まっていました。母と自分に何が起こったのかを整理したかったので、noteを書きました。書いたところ、色々なところから取材依頼がきました。そして、KADOKAWAより声がかかり漫画化に至りました」
母は当時、大手企業のコールセンターで正社員としてテレワークをしていた。それまでも働き者で、正社員や派遣社員として活躍していた。そんな母の様子がおかしくなったことに気づいたのは、アメリカの大統領選の頃だった。
「2020年のアメリカ大統領選をきっかけに、SNS上で陰謀論が広がり始めました。それまで政治に無関心だった母が、XやInstagramでそうした情報をリツイートし、私に送ってくるようになりました」
それまでの母のSNSアカウントはごく普通の日常を投稿するものだった。ぺんたんさんは、母から送られてくる内容を最初はスルーしていた。
だが、途中から、その内容は、人種差別的なものに及び、看過できなくなった。
「そういったことを言うのは良くないと反論するようになりました」
2020年の緊急事態宣言で母がテレワークになり、YouTubeを観ながら仕事をするようになった。
「それまで頑張り屋だった母が、不確かな情報を信じる人だとは思っていませんでした。だけど、この件を通じて、社会人として働くことと、きちんとした社会性が身に着くかは、別なんだと思いました」
母は「お湯を飲んだら新型コロナ菌を殺せる」など、科学的根拠のない話にどんどんハマっていった。ぺんたんさんは、母から送られてくるそういったLINEに辟易としていった。
◆製薬会社勤務の息子の言葉よりYouTubeの製薬会社社員の告発を信じる母
ワクチン接種に関するデマが広まった時、YouTubeではまだ情報の規制前で、怪しい情報が出回っていた。母はぺんたんさんに、そういった動画を「観なさい」と送ってくるようになった。
「一番皮肉だったのが、“某製薬会社社員が告発するワクチンの裏” のような動画を送ってきた時です。どこの馬の骨かも分からない製薬会社社員の言うことが、息子の自分が言うことより上なんだとショックを受けました。そういったところが、陰謀論やデマ情報の恐ろしさだし強さだと思いました」
ぺんたんさんは、結果的に、母と距離を置くことになった。
「最後には泣きながら、ワクチンを打たなかったら、ICUで死んでしまう。そんな未来を受け入れたくないって説得をしたんですよ。だから、ワクチンを打ってくれってロジックでした」
それでも聞き入れてくれなかった母とは、今でも疎遠だ。
◆陰謀論やデマが流行る背景と反ワクチン論者への理解
ぺんたんさんは、こういった陰謀論やデマを信じる人たちを「安易な人たち」と切り捨てるが、同時に反ワクチン論者を「情報弱者」と切り捨てる側も根本は同じだと考える。
「権威があったりきちんとした根拠を大切にする人ほど、言い切りませんよね。中庸なことしか言えなくなります。だけど、人は中庸な状態に耐えられるほど強くないんだと思います。私だって、どっちつかずの曖昧な状態に耐えるのは嫌です。日本政府もWHOも分からないので、うがい・手洗いをしましょうと言っているような状態の時に、これは中国の細菌兵器だと言ってくれる人の話は気持ちよかったんだと思います」
だが、この心境は、母とのことがあったからたどり着いた境地だ。
「人生だって、年を取ればとるほど、分からないことは増えていきますよね。言い切れることのほうが少なくなっていく。人間って、白か黒かはっきりした方がスッキリするから、偽物でも言い切ってくれる人の言葉に安心するんだと思います」
そして、反ワクチン論者を情弱だと否定する人たちに対しても、「安易な人たち」だという。
「“エビデンスも知らない情弱どもめ” と馬鹿にする人たちも、なぜその人たちが医療不信になってしまったのかなど考えていないですよね。そういった複雑なストーリーを無視して、“情弱” だと断ち切ってしまうのもまた安易ですよね」
ぺんたんさんと母の話は、新型コロナワクチンの問題だ。母が根拠のない陰謀論にハマったように、スピリチュアルや新興宗教にすがるのも、確信を求める心理だろう。曖昧さを受け入れるのは誰にとっても苦しく、「自分は絶対に陰謀論なんて信じない」と言い切るのは、ただの驕りなのではないか。
<取材・文/田口ゆう>
【田口ゆう】
立教大学卒経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアで連載や集英社オンラインに寄稿している。X(旧ツイッター):@Thepowerofdive1