
【フルトンが完勝でフェザー級王者に】
新たに"ビッグバン"という愛称を名乗るようになったWBC世界バンタム級王者・中谷潤人(MT)が2月24日、デビッド・クエジャル(メキシコ)を迎えた3度目の防衛戦で圧倒的な3回KO勝ちを収めた。
すでに『リングマガジン』のパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングの9位にランキングされている中谷は、さらに評価を上げることが確実。2026年春にも実現が期待される、1階級上(スーパーバンタム級)の4団体統一王者・井上尚弥(大橋)との決戦に向け、これからさらに実績を積み上げていくことになる。
この中谷以外にも、軽量級の多くの強豪たちが"モンスター"との対戦に狙いを定めている。来年以降、フェザー級に腰を落ち着けて戦っていくとも予想されており、同級の選手たちはビッグマネーが望める井上戦の実現を目指すだろう。
前置きが長くなったが、現地時間2月1日、井上の"かつてのライバル"がフェザー級王者になった。
元WBC、WBO世界スーパーバンタム級王者のスティーブン・フルトン(アメリカ)が、WBC世界フェザー級王者ブランドン・フィゲロア(アメリカ)に挑戦し、3−0の判定勝ちで2階級制覇を達成した。2021年11月の初対戦で、僅差の判定勝ちを収めた宿敵とのリマッチに完勝。フルトンの試合後の言葉は、再びトップ戦線に名乗りを上げた喜びを感じさせた。
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「今はただ勝利を祝い、楽しみたい。それから今後の選択肢を検討するよ」
フルトンは2023年7月、有明アリーナで井上に2度のダウンを奪われてKO負けを喫し、保持していたWBC、WBO世界スーパーバンタム級世界王座を失った。昨年9月には、フェザー級に上げて迎えたカルロス・カストロ(アメリカ)戦でもダウンを奪われ、2−1で辛くも判定勝ち。しばらく停滞したが、フィゲロア戦は見違えるような出来だった。
ファンを喜ばせるような派手な勝ち方ではないものの、ディフェンスのうまさとシャープで的確なパンチでポイントを稼ぐ、従来の戦い方が蘇っていた。ここから再び価値を高めていければ、フルトン自身の言葉どおり、新たなビッグファイトの選択肢が視界に入ってくるのだろう。
【新コーチの指導による変化】
現在30歳のフルトンをよく知る関係者から、「フルトンの記事を書くなら話しておいたほうがいい」と紹介を受けたベテラントレーナーがいる。2007年以降、フルトンの故郷であるフィラデルフィアを拠点に、ボクサーのストレングス&コンディショニング(S&C)コーチとして活動を続けるロブ・アコスタだ。
アコスタは2019〜22年に、現IBF世界ウェルター級王者ジャロン・エニス(アメリカ)のトレーニングキャンプに同行。今回のフィゲロアとの再戦から、正式にフルトンのS&Cコーチに就任し、調整を手助けすることになった。
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「私は対戦相手に合わせて筋力とコンディショニングの計画を立てる。フィゲロア戦に備え、"スクーター(フルトンの愛称)"の瞬発力を増すトレーニングとフットワークのエクササイズを重視した。とにかく手数を出してくるフィゲロアの古典的なメキシカンスタイルに対抗するため、ハンド・アイ・コーディネーション(目の動きと手の反応を協調させること)を鍛えるプログラムも重点的に取り入れた。今回の努力は功を奏し、"スクーター"はいい仕事をしてくれたよ」
アコスタのそんな言葉どおり、フィゲロア戦でのフルトンは下半身に落ち着きが感じられ、パンチも的確だった。カストロ戦と比べてコンディションは確実に向上していたに違いない。また、新たなS&Cコーチを導入した狙いは戦術への効果だけではなかったようだ。ボクサーの減量方法も熟知するアコスタは、より的確なウエイトコントロールの方法も指南したという。
「一般的に、年齢を重ねるごとに減量は難しくなるが、私の専門知識を加えることで身体に負担をかけずにそれを行なった。多くのボクサーは全力疾走をすると体重が落ちると思っているが、大事なのは心拍数を一定に保つこと。また、(フルトンの)食事の習慣も変わり、より慎重に食べるようになったね」
フルトンは試合間に体重を増やすことで知られ、一部の関係者は「減量を開始する前の体重はミドル級くらい」と述べていたほど。カストロ戦時、フェザー級でも体重調整は苦しく、トレーナーのワヒード・ラヒーム氏は「フェザー級には長居はしない」と明言していた。
それが、フィゲロア戦後には「もうしばらくフェザー級で戦えそうだ」と意見が変わった。その背後に、フルトンをさまざまな形でサポートしたアコスタの存在があったことは明らかだ。
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【井上との再戦を目指して】
「"スクーター"がジムを走り回っていたアマチュア時代から顔見知りだが、トレーニングキャンプに招かれたのは今回が初めてだった。井上に負けた後、"スクーター"は自身を見直そうとした。陣営も変化させ、再び前に進もうとしたのは適切な考えだったと思う」
アコスタがそう振り返ったように、井上に完敗したあと、フルトンが行なったのは新しいS&Cコーチの採用だけではなかった。
フルトンと家族のような関係だったワヒード・ラヒームがチーフトレーナーからサブに代わり、ジャロン・エニスの父親でもあるボージー・エニスが新チーフに就任。これまでフルトンを支えてきたラヒーム、ハムザ・ムハマドも陣営に残り、新加入のエニス、アコスタと共により分厚い陣容で復活を目指した。
プライドの高いフルトンがこのような軌道修正を進めたことからも、井上戦のKO負けがどれだけショッキングだったかは伝わってくる。必要なアジャストメントを施した新生"チーム・フルトン"は機能し、今後が楽しみになってきた。
もちろん1試合の成功で先を急ぎすぎるべきではないが、このままフェザー級の世界タイトルを守り続ければ前述のとおり、さらなる重要な試合が視界に入ってくる。世界王座にこだわりをみせる井上がフェザー級に上がった時、再戦が話題になっても驚くべきではないだろう。
"対戦相手に合わせて、筋力とコンディショニングの計画を立てる"。そんなポリシーを持つアコスタに、最後に井上対策を問うと嬉しそうに笑ったが、やはり明かしてはくれなかった。それでもその言葉からは、密かな自信が垣間見えた。
「井上はすごいボクサーであり、私も彼の大ファンだ。ただ、もし"モンスター"と対戦することになったら、私にはいくつかの秘策があるとだけは言っておきたい。ここでは、その秘密を明かすつもりはないがね」
"井上vsフルトン2"の話をするのはまだ早すぎるが、軽量級を彩ってきたタレントの復活は業界にとっていいニュース。特に"モンスター"の米リングでの戦いをもう一度盛り上げるとするなら、アメリカ人の強豪はどうしても必要な存在になる。新たな名参謀の力を借り、フルトンがどこまで再浮上できるかを楽しみにしたい。