Apple製品でiPadほど多用途なモデルは珍しい? 2025年モデルは“iPadの方向性”を再定義する

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2025年03月06日 12:21  ITmedia PC USER

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新たに登場したM3チップ搭載の「iPad air」(左)と、A16チップ搭載の「iPad第11世代」(右)

 Appleから、新しい「iPad Air」と新しい「iPad」が発表された。特筆すべきポイントは、iPad Airが「前モデルより高速なM3チップ搭載と進化したMagic Keyboardの登場」、iPadは「ストレージは倍増するもApple Intelligence非対応。価格は据え置き」とまとめてしまうことができる。


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 しかし、少し角度を変えて眺めてみると、iPadはiPhoneともMacとも全く異なる進化を始めたという面白い絵が浮かび上がってくる。


●初代製品から15年 iPadの用途は多様化している


 2010年、亡き創業者であるスティーブ・ジョブズ氏が最初のiPadを発表した時、彼はこの製品がスマートフォンとパソコンの中間的な存在で、その用途などは未知数と語っていた。それから15年が経過し、iPadシリーズは、世の中にさまざまなイノベーションを巻き起こしてきた。


 世界中の航空会社から人気で多くのパイロットやキャビンアテンダントが活用しているのに加え、東京メトロの案内係の標準デバイスとしても採用されている。飲食店でレジ端末やテーブルから注文をする端末も(最近では安価な他社製が増えたが)最初に道を切り開いたのはiPadだった。


 他にも、薬局、マリンITと呼ばれる漁業での活用から森林資源の管理、ワイナリーでの品質管理など、iPadがまだ活躍していない業界を見つける方が難しい。


 だが、さまざまな業界の中でも、特に大きな成功を収めているのが教育現場で、生徒が使う端末、先生が使う端末として世界的に人気が高い。


 日本ではコロナ禍によって前倒しで進んだ、小中高校生が1人1台のデジタル端末を持つGIGAスクール構想の端末として広く使われている。


 AppleのiPad関連の製品発表を取材していると、一番よく耳にするのが「versatile(多用途)」という言葉だ。日本語版のWebページなどではよく「万能」と訳されているが、まさにその通りでiPadはいくつかのニッチな領域で非常に大きな成功を収めている。


 そして、今日ではこのニッチエリアの成功が、iPadシリーズのラインアップをどう構成するかにも大きな影響を与え始めたのだ。


 どういうことだろうか?


 新しいiPhoneは、iPhone 16eの発表で、製品ラインアップ全体での統一感を追求する方向が明確化した。全ての製品をApple Intelligence時代に備えて同じ世代のチップでそろえ、その中でどれが削っても成り立つ機能か、どれが少し贅沢な機能か、どれが究極の機能かを整理し直した。


 Macの主力製品もM4チップ搭載のMacBook Airが発表されたが、基本的に同じ方向性で全て同じM4チップのシリーズを搭載し機能や性能をそろえていく方向性だ。


 だが、iPadは違う。iPad Pro/iPad Air/iPad mini/iPadの4製品では搭載チップがM4/M3/A17 Pro/A16とバラバラで、無印のiPadに至っては2025年発表の最新モデルでありながらApple Intelligenceにも対応していない。


 Appleは、iPadシリーズのラインアップをどのようにデザインしたのだろうか。


 まずProモデルでは、製品に許された大きさの中に最高の性能と最先端の技術や機能を凝縮し、Airでは薄くて軽いボディーの中に妥協なきスペックを凝縮するという基本はMacBookシリーズとiPadシリーズで共通している。


 時代を象徴する中心的モデルが、Airであるという点も同じだろう。


 これに加えてiPadシリーズでは、とにかく小さな製品を要望する声が少なくない。そのニーズに応えるのがiPad miniで、iPad Airに迫る機能を持ちながら本体サイズを小型化した。


 小さな画面サイズでは、そこまでのグラフィックス性能はいらないという判断か、それともこの画面サイズでは、そこまで凝った使い方をする人は少ないという判断か、はたまた小型化で製造コストが上がってしまった分を調整する必要があったかは分からないが、iPad miniでは上位モデルで使われているMシリーズのチップではなくAシリーズのSoCが搭載されることになった。


 ただし、小さいだけで提供できる機能などの面で妥協するつもりはないので、Apple Intelligenceに対応したA17 Proを採用することになった。


 と、ここまではいいとして、実は最も名前に特色のない無印のiPadが一番特別な事情を抱えている。それは教育市場の標準iPadとしての地位を確立してしまった、という事情だ。


●無印iPadの仕様は日本のGIGAスクール構想で決まった!?


 先日、Xで円の価値の下落を痛感させる、こんな投稿が流れてきた。


 米国におけるiPhoneの価格は変わらないのに、日本の価格は5年間で年率14%ほど上がり続けている。


 これに対して標準「iPad」の価格はというと、ギリギリ7万円を切る価格でアップダウンが激しい。驚くことに、最新のiPadの米国での価格は349ドルで、インフレが続いて、全ての物価が上がりつつける米国で、前モデルの449ドルより100ドルも値下げになっている。


 これには日本のGIGAスクールの影響が大きく出ていると考えられる。コロナ禍によって前倒しでスタートしたGIGAスクール構想だが、当初は学校がデジタル端末などの購入で受けられる補助は1端末あたり4万5000円だった。


 2019〜2020年頃、最も安価なWi-Fiモデルが3万4800円から、教育機関向けのディスカウントを加えると3万2800円と、まさに価格的にも理想の端末となっていた。


 多くの学校がiPadを導入し、さまざまな先進的教育事例が発表された(iPadは、そもそもGIGAスクールが始まる前から教育市場の人気端末で多くの先進事例を生み出していた)。


 「GIGAスクール構想第二期基本パッケージの端末搭載CPUのベンチマークで、iPad(第10世代)は最も優れた性能を発揮」としている内田洋行のWebページによれば、iPadの強みは「故障率が低く学びが止まらない」こと、「高い活用率」「スムーズな管理運用」「パワフルな性能」、そして「長く使えるバッテリー」だそうだ。ダイワボウ情報システムの「DiS教育ICT総合サイト」の2023年の記事でも、文部科学省の調査を引用して「iPadの魅力は『活用率の高さ』と『故障率の低さ』」と語っている。


 この記事が掲載された2023年、徳島県教育委員会が、GIGAスクールでWindowsタブレットを導入したものの、1万5000台中3500台の故障が発生し授業ができないという問題が発生し大きな問題となるなど、教育機関では「壊れにくさ」を含む製品の品質は、製品選定における重要な要素の1つとなっていた。


 ただ、そんなiPadで唯一の弱点とされていたのが、その価格の高さだ。2021年までは何とかか低価格を維持し、2021年と2022年の調査ではタブレット端末の中では1番人気で、出荷した600万台強の端末の中で50%を超えるシェアを持っていた。


 しかし、2022年に発表された第10世代の10.9型iPadでは米国でのインフレも手伝って、米国での価格も一気に100ドル値上がり、既に円安が進行していた日本では5万円を大きく飛び越して価格が6万8800円からと、かなり高価になってしまい多くの学校がGIGAスクールの予算で購入できなくなってしまった。


 2023年のMM総研の調査では、調査方法が変わり利用OSベースになっているが、GoogleのChromebookが42%でiPad(29%)を大きく上回っている。


 Appleは2022年には「日本の教育向上のため、活用されるiPad」というリリースまで出して、価格が上がろうともiPadが教育市場で有益なツールであることをアピールした(ちなみに同様のリリースは各国でも出しているが、米国では大学や社会人向け学校での導入事例の紹介が多い印象だ)。


 とはいえ、そんなに急には予算の枠を変えられない。


 ここでAppleが取ったのが、前年のモデルをほぼ変わらない価格で継続販売するという荒技を使い、それによって翌年入学の学生も無事iPadを手にすることができた。


 2023年と2024年、Appleは無印iPadの発表を見送る。しかし、2024年には円安があまりにも急激に進んでしまったため、製品を従来通りの価格で売ることは難しくなってしまった。


 日本の教育市場界隈で、特にiPadの導入を検討しているところは戦々恐々としていたが、2024年5月には教育関連の展示会、EDIXの特別講演にAppleワールドワイド教育マーケティング部門ディレクターのリズ・アンダーソン氏が登壇し、同社がいかに日本市場にコミットしているかを熱弁。その後、第10世代iPadの1万円値下げが発表された。


 こういった背景を考えると、今回のiPadは最初から日本のGIGAスクールをある程度、前提にして仕様が決められていた可能性が高い。つまり、最初から日本円で6万円未満という価格が決まっていたのではないだろうか(Wi-Fiモデルが5万8800円からで、学生/教職員はそれが5万4800円からになる)。


 2024年に始まり、2028年まで続くGIGAスクール構想第2期における端末補助単価は、半導体不足や円安の影響を考えて1期よりも1万円高い5万5000円に設定されており、ピッタリこれに当てはまるのだ。


 そして、そこからApple Intelligence非対応や、現在も製造を続けているこの価格で提供できるSoCのA16やSSDといった仕様が決まり、そこから米国の価格を決めたのではないかと思えてくる。


 そう考えるとApple Intelligenceには対応していないものの、日本の未来のことを考えてくれた非常に配慮のある製品として愛着もわいてくる。とはいえ、自分用にiPadを買おうとしている個人は、Apple Intelligenceが使えるか使えないかで、製品の価値が大きく変わってくることも考えて、2025年にiPadを買うのであれば、少し頑張ってiPad Airを選ぶよう勧めたいところだ。


 なお、iPadを教育現場でどのように活用していくかについてはiOSコンソーシアムが運営する「iPadと学び」というサイトが多くの事例を紹介している(筆者も顧問を務めている)。


 YouTubeクリエイターの平岡雄太さんが取材した大分県の公立小学校のiPad活用は、多くの公立の学校にも良いヒントを与えてくれるはずだ。



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