限定公開( 1 )
2025年2月6日、マツダが東京・青山に新しい施設をオープンさせた。「MAZDA TRANS AOYAMA(マツダ トランス アオヤマ)」は、クルマを展示するが直接の販売は行わず、マツダのデザイン観、世界観を周知するための施設だ。
クルマ関連の展示物があるほか、カフェを併設してゆっくりと過ごせる空間を用意している。また、今後さまざまな催しもここで開催する予定だ。マツダによれば、同社に接する全ての人に「いきいきする体験」を届けることを目的にしているらしい。
マツダ車に乗っていない人にも“マツダのある生活”を想像してもらえるよう、ロードスターの試乗体験なども用意している。この施設によってユーザーに新たな体験をもたらすことを目指しているという。
なぜ、こうした“クルマを売らない”ショールームを作るのか。それは、ユーザーは購入意欲がない状態で販売ディーラーを気軽に訪れるのは難しいからだ。
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週末には来場者プレゼントなどを用意したり、平日にもレディースデーやオイル交換キャンペーンなどの特典を告知したりしてまでディーラーが集客するのは、それだけ購入候補者を呼び込みたいからだ。ディーラーにとっては見込み客をいかに確保するかが、安定して収益を上げ続けるための方策である。
スズキのジムニーノマドやホンダのシビック・タイプRのように、受注を停止するほどの人気車種であれば、放っておいても注文が入るが、そんなクルマばかりではない。トヨタの3代目プリウスのように幅広い客層から注文が殺到したようなクルマは、この先なかなか現れないだろう。
●買う気がなくても気軽に来店できる
そうなると、ディーラーとしては買う気がないユーザーも来店してもらうことで、自社製品の良さを知ってもらったり、好条件で購入できることを理解してもらったりして、買い替えの意欲を湧かせようとすることになる。
言うまでもなく、営業担当者は来店客への商談機会を得て、あわよくば契約を獲得しようとする。クルマを購入するつもり、あるいは購入するか迷っているような来店客であればそれでもいい。
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けれども、買う気はないが、新型車に興味があって来店したくらいの軽い気持ちであれば、そうした接客はやや強引な印象を受けるものだ。乗ってきた愛車を査定し、商談に引きずり込まれ、無事に帰れたとしても後から電話攻勢を受けたりと、面倒なことが想像できるからだ。
その点、販売拠点ではないショールームとなれば、営業担当者が見積書を書くために擦り寄ってくることはない。「クルマをちょっと見たいだけ」という軽い気持ちでも抵抗なく訪れることができる。
それでも、新型車を見たりパンフレットをもらって眺めたりしているうちに、購入意欲が湧いてくる消費者も存在する。そんな来場者には自宅や職場近くのディーラーを紹介して、後日商談の機会を得るのだ。
しかし、自動車メーカーが「クルマを売らないショールーム」を運営するメリットは、そんな目先の売り上げにあるのではない。
●人気を集めたトヨタの巨大施設
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自動車の展示専門のショールームは、実はこれまでにいろいろなブランドが試みてきた。
最大かつ多面的であったのは、トヨタが東京・お台場で2021年まで展開していた「MEGA WEB(メガウェブ)」であろう。トヨタ車のほぼ全てを展示していただけでなく、コンセプトカーやレーシングカーといった特別な車両の展示やカジュアルなレストランまで併設していた。
隣接する「ヴィーナスフォート」と連携して、いにしえの名車を展示する博物館やカフェのほか、ミニカーやカーグッズなどのショップを設け、クルマ好きをショッピングモールへと誘導する動線まである、よく練り込まれた施設であった。
専用コースを使った低料金の試乗体験は、レンタカーやディーラーでの試乗とも違う、気軽に楽しめるもので、そうしたプチ試乗はその後のディーラーへの来店機会を増やすものでもあったはずだ。
近隣の東京ビッグサイトで東京モーターショーが開催されていた期間は、連動企画として、ヴィーナスフォートの中でもさまざまなクルマを展示したものだ。また、専用コースを有することで、レーシングカーなどの走行を披露するイベントも開催され、かなりの来場者を集めた人気の施設であった。
自動車メーカーの本社にこうしたショールームが設けられ、訪れる人々に自社製品や技術などを紹介するのは一般的なことである。だが、販売ディーラーではなく展示だけを目的としたショールームはそれほど多くない。
日本におけるその先駆けはBMWのショールームであろう。BMWは1994年に東京・青山に「BMWスクエア」という都市型のブランド発信拠点をオープンさせた。
現在は「BMW青山スクエア」の名で、BMW東京の1拠点として販売なども行うディーラーへと変化したが、最近までBMWの世界観を伝えるスペースとして情報を発信し続けてきた。
●高級ブランドを体感できる施設も
近年ではメルセデス・ベンツやレクサスも、クルマを売らないショールームやブランドPRのための施設づくりに力を入れてきた印象がある。
「Mercedes me(メルセデスミー)」は、六本木と青山の中間あたりにあったメルセデス・ベンツとスマートのコンセプトストアで、カフェやレストランラウンジを主体とした、高級ブランドを思わせる施設であった。
同様の施設は羽田空港や大阪にも存在するが、こうしたコンセプトストアは日本独自の展開であることから、メルセデス・ベンツは日本のユーザーのブランド信仰の強さを利用する目的でこうした施設を展開していることが想像できる。
レクサスはディーラー自体が高級感を強調しており、レクサスオーナーは購入後も来店してはお茶を飲んでくつろぎ、愛車やショールーム内のクルマたちを眺めることで満足感を得る向きも多い。そんなレクサスブランド好きをさらに喜ばせるための施設が東京・日比谷の「LEXUS MEETS…」と、青山の「INTERSECT BY LEXUS - TOKYO」だ。
これらはカフェラウンジとショールームを組み合わせた施設で、INTERSECT BY LEXUS - TOKYOは、日本各地にあるグルメやデザイン、アート、テクノロジーなどを紹介することにより、レクサスが日本の優れたブランドであることを意識してもらう狙いがある。
日産は東京・銀座のソニービルにショールームを構え、長く情報発信を行ってきた。クルマ1台を展示するだけの限られたスペースながら、ソニービルという流行の発信基地での展示はそれなりに意味があったのだろう。しかし、横浜に本社を移転してからは、やや情報発信が足りない印象だ。
トヨタのレクサスのようにインフィニティを日本でも展開すれば、業績は変わったかと問われれば、それは難しい。インフィニティブランドの車種の多くは日本で日産ブランドで販売されており、大型SUVなど日本未発売のモデルを導入したとしてもそれほど収益に貢献したとは思えないからだ。
そして冒頭のマツダに関しては、これまではドライビングを楽しむイベントやアカデミックなプログラムなどを展開してきた。しかし、今回の施設では、クルマを含めたライフスタイル全体を提案することで、より上質なブランドイメージの周知を図っているのだろう。
●これからは「ブランド力」がより重要に
当たり前の話だが、ドライバーやクルマの所有者は、クルマだけで生活が成り立っているわけではない。クルマを含めた生活をより楽しめるブランドであることを認知してもらえれば、ユーザーはそのブランドを選び続ける大きな理由になる。
新型車が登場するたびにライバルのブランドと比較され、機能やデザイン、品質、値引きなどの条件で競い合うのは、利益も時間も消耗することになる。まずブランド力でユーザーに選んでもらえれば、ライバルに対して優位に立てる。
この先、中国やインドなどの自動車メーカーが国際競争力を付けて、日本に続々と上陸するケースも想定される。
クルマは人命に乗せて走る工業製品だけに、コスパや快適性などの利便性だけでは選べない。ならばユーザーは何を基準にするか。EVであっても、ユーザーが品質を重視する限り、ブランド力で差を付けることは技術力と並んで重要な要素となる。
単なる価格競争に巻き込まれないために、自動車メーカーは、これからもブランド力の強化と発信に力を入れ続けるだろう。
(高根英幸)
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