映画「ヒプノシスマイク」の新たなるアプローチ 応援上映や4DX、その先の新体験とは?【藤津亮太のアニメの門V 116回】

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2025年03月07日 12:21  アニメ!アニメ!

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藤津亮太のアニメの門V
映画『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』は、今の日本の映画館がどのような場所になりつつあるかをクリアに示した作品だった。同作は「ラップバトルの勝敗が、観客の投票によって決まる」劇場映画として日本“初”の「インタラクティブ映画」(公式サイトより)であり、上映中の観客の投票により展開が全48ルート、7つのエンディングの中から決まる、という趣向の作品だ。  

あらためて説明すると、同作は2017年に始まった音楽原作メディアミックスプロジェクトの映画。過去にTVアニメ2シリーズが制作されている。「イケブクロ・ディビジョン」「ヨコハマ・ディビジョン」「シブヤ・ディビジョン」「シンジュク・ディビジョン」「オオサカ・ディビジョン」「ナゴヤ・ディビジョン」という各地域のメンバーで構成された6チームがラップバトルを繰り広げる内容で、優勝チームが、政権を握る「言の葉党」とファイナルバトルに挑むことになる。つまり本作は楽曲の連なりで構成されていて、その本質は劇映画ではなく、『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』と同じフィルムライブ(フィルムコンサート)である。  

これまでも「展開を観客に委ねる」という趣向の作品はあった。2002年に放送された『仮面ライダー龍騎』スペシャル番組では、視聴者の電話投票などによって2種類のラストシーンのどちらを放送するかを決定する試みがあった。ただしこれはラストシーンについてのみの分岐である。  

一方「インタラクティブ映画」あるいは「マルチエンディングムービー」といった名前を掲げた作品も、以前から存在している。ただこれらはゲームのプラットフォームやPCなどで楽しむものが中心だった。これは「インタラクティブ」の仕組みをどう用意するかが難しいということと、「インタラクティブ映画」が実質的に動画を使ったアドベンチャーゲームであるということから考えれば自然なことだ。ただしこの場合、観客の多数決ではなく、プレイヤー個人(=あなた)の選択が大きな意味を持ち、「個人ごとに異なるエンターテインメント体験を与える」ところに力点が置かれている。  

このようなインタラクティブシネマの歴史を振り返ると、映画『ヒプノシスマイク』の「映画館で」「その場にいる人たちの多数決」が展開を左右する、というシステムがいかに画期的なことかよくわかる(例外的な存在として1995年に『Mr. Payback: An Interactive Movie』という20分ほどの映画があり、これはCAV収録のレーザーディスクを使ったシステムで、客席に備え付けられたジョイスティックにより、観客が投票する仕組みであった)。  



今回は「CtrlMovie」というアプリと、上映装置に付け加えられたハードウェア(Integrated Media Block)が連動するシステムによって可能となった。映画『ヒプノシスマイク』の公式サイトでは、各劇場の各バトルごとに、どのチームがどれぐらい勝ったのかという勝率を示しているが、このデータもアプリを通じて集計されたデータである。  

このシステムを使った映画としてこれまでに『Late Shift』(2016)、『Traces of Responsibility』(2024)などが制作されている。2018年、2019年にもこのシステムを使った映画の制作が発表されたようだが、検索した範囲では公開の記録が見つからなかった。開発からそこそこ時間が経っているのに「CtrlMovie」を採用した作品が少ないのは、後述するような理由があるのだろう。  

いずれにせよこの技術は、今の日本の映画館における楽しみ方の拡大――「ライブ化」と「アトラクション化」と相性がいいのは間違いない。「ライブ化」と「アトラクション化」とは「鑑賞から体験へ」という映画館の活用の拡張の中にあるふたつの傾向だ。  

「ライブ化」の代表は「応援上映」だ。これは、映像に対し観客が積極的に声を挙げるなどのパフォーマンスをすることで、毎回同じ内容が上映されるはずの映画に、ライブならではの一回性を与えることになるところにポイントがある。この「一回性の付与」の延長線上に本作の「見るたびに展開が変わる(可能性がある)」という要素がある。  

もうひとつの「アトラクション化」は「4DX」などのライドアクションに近づくサービスの方向だ。こちらで重要視されるのは「一体感」である。ストーリーや演出の細部を味わうというより、ダイナミックな座席の動きに代表される画面との一体感にその魅力がある。本作の場合、「一体感」を感じられるものとして「投票結果がリアルタイムで反映される」という映画と関係性が用意されている。  

この「ライブ化」「アトラクション化」を推し進める小道具として、「CtrlMovie」はよくできたシステムだ。それは、ドラマに軸足のある劇映画よりも、基本的に楽曲の連なりでできているフィルムライブのようなジャンルに特に向いている。

先ほど、このシステムがユニークながら、対応作品数が決して多くないという現状を確認した。それもそうで、通常の劇映画の場合、いくら分岐があるとはいえ、「相手のセリフに答えるか/答えないか」といった選択肢に対して、観客はコミットする理由を持たない。主人公の行く末が変更可能であろうと観客には(本質的に)どうでもいいことなのだ。「なんとなく」「適当」に選ばざるを得ない「インタラクティブ」は負担なだけだ。  

まして一度見てしまった映画に対して「“トゥルーエンド”はもっとおもしろいんだ」と言われたところで再度足を運ぶ動機になるかどうかは、かなり怪しい。それなら自宅でゲーム機でインタラクティブムービーを楽しんだほうが、ずっと満足度は高い。  

また劇映画の妙は、その後の展開と対になるようなささやかなセリフの配置や、画面の構図などから生まれる行間に魅力が宿る。しかし複雑に分岐する物語の場合、そうした文芸レベル・演出レベルでのコントロールが、すべての場合に有効になるように組み立てるのは難しい。つまり、「その後の展開がどうなっても成立する表現」が採用される度合いが高くなり、結果として劇映画の持つ行間の妙は削がれることになる。  

そうしたマイナス面を考えたとき、今回のように「劇映画」ではなく「推しを勝たせたい」という明確な動機付けがなされている作品のほうが、「CtrlMovie」を採用する意味が大きい。アイドルやそれに類した作品の多い日本アニメの場合、「CtrlMovie」に適したタイトルが多いといえる。  

映画『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』のアプローチが業界内で受け入れられれば、アイドルのライブもので、「CtrlMovie」を使った作品が登場する可能性は高まるだろう。また、それは映画館が伝統的な意味での映画館であるだけでなく、「ライブ化」「アトラクション化」をしていくことの後押しにもなるはずだ。





【藤津 亮太(ふじつ・りょうた)】
1968年生まれ。静岡県出身。アニメ評論家。主な著書に『「アニメ評論家」宣言』、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』、『声優語 ~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~ 』、『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』がある。最新著書は『ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評』。各種カルチャーセンターでアニメの講座を担当するほか、毎月第一金曜に「アニメの門チャンネル」で生配信を行っている。

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