
初戦後の彼は、「今日は負けたとしても、納得いくプレーはできていた」と顔をほころばせ、2回戦の敗戦後には、「簡単なスコアでやられてしまった」と目を伏せた。
4年ぶりに出場したATPマスターズ1000「BNPパリバ・オープン」は、錦織圭にとって手応えと失意の両方を味わうトーナメントとなったようだ。
初戦で錦織が対戦したのは、世界58位のハウメ・ムナル(スペイン)。高い守備力を誇るクレー巧者を、6-2、5-7、7-6の大接戦の末に退けた。対して2回戦で当たった世界19位のウゴ・アンベール(フランス)は、サウスポーのアタッカー。今季、地元フランスでツアー7勝目も手にしている実力者に、4-6、3-6で敗れた。
もっとも、試合内容を子細に見れば、見どころと見せ場にも富む。いずれのセットも先にブレークを許したが、中盤でブレークバックし追い上げた。高く弾むストロークで相手の体勢を崩し、オープンコートを作っては叩きこむ鮮やかなウイナーで、観客の感嘆の声を誘いもした。
目に見える数字以上に、濃く見えた1時間28分。
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ただ、そう水を向けると錦織は、「いや、だいぶ簡単でしたね」と、決まりの悪そうな笑みを浮かべた。
「相手にプレッシャーをかけられるところまでは、たぶんいかなかった。どうしても、サーブが入らなくなるタイミングでブレークされてしまうし、ミスが早いゲームが両セットとも1、2ゲームずつ出てしまった。そこをもうちょっとなくしたいなと思いますけど、やっぱりそこは、慣れていくしかないのかな、このスピードに......」
話しながら考え、考えながら言葉を紡ぐ彼は、「そこはもうちょっと、こう......、まだまだ足りないなっていうのは、今日の試合で感じましたね」と言った。
昨年5月に本格的にツアー復帰を果たした錦織は、8月の時点で581位だったランキングを、わずか半年で71位まで駆け上がった。
その間には、ATPツアーの下位カテゴリーに属するATPチャレンジャーにも多く出場。シーズン最終戦のヘルシンキ・チャレンジャーでは優勝した。さらには、今季開幕戦のATP250カテゴリーの香港オープンで準優勝。世界19位のカレン・ハチャノフ(ロシア)からフルセットの勝利ももぎ取っている。
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【基本みんな球が速いんです】
ただ、2月に出場したATP500のダラス・オープン、そしてATP250のデルレイビーチ・オープンでは、いずれも初戦敗退。もっとも、この2大会では過密スケジュールも影響し、「フルでプレーできない」状態ではあったという。本人曰く「モヤモヤしたプレー」に終始したが、今回のBNPパリバ・オープンでは、開幕前の練習でも調子の上昇を実感していると言った。
はたして初戦では、前述したように「納得のいくプレー」を取り戻し、表情にも光が射す。試合中に足をつる3時間の熱戦だったが、中一日で迎えた2回戦は「身体的には大丈夫」だったと言った。そこはもちろん、明るい材料。ただ、だからこそアンベールに「簡単なスコアでやられた」ことに、落胆している様子だった。
アンベールとの試合後、錦織が幾度も口にしたのが「速さ」という言葉だ。
「やっぱりこのレベルになると、プレーの質が急に上がってくる。その速さに対応できてなかったというのと、相手が時間をくれないので、けっこうミスが出てしまった。
ツアーで何回か試合をしてきて、もちろん選手によりますけど、やっぱりみんな速い。球が速い、展開も速い選手が増えてきているのは事実なので、それに慣れて対応していくしかないし、自分も変わらないといけないところもあるだろうし。
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そこを、こうやって対戦していくなかで学んではいるのかなと思いますけど、そこからもうちょっと、こう......変われたらいいですね」
この「速さ」こそが、彼が全盛期で活躍した10年ほど前と、ここ数年の最大の変化だと、錦織はたびたび言及してきた。以下は、昨年10月時点での錦織の発言である。
「中国のシャン・ジュンチェン(20歳)だったり、ホルガー・ルーネ(デンマーク/21歳)だったりステファノス・チチパス(ギリシャ/26歳)もそうですけど、基本みんな球が速いんですよね。力があって、それでいて正確だし。
ヤニック・シナー(イタリア/23歳)やカルロス・アルカラス(スペイン/21歳)なんて特にまた一段と速いと思うので、それに対して、どうしようかなっていうのは、日々ちょっと考えていますね。僕も、本当にスピード勝負したほうがいいのか、それをかわす方法があるのかどうか......」
そう自分に問いかける彼は、「それはちょっと、まだ自分でもわかってないです」と続けていた。
【トップ50入りを果たすために】
そこからの約4カ月で、彼はATPツアー5大会、グランドスラム、チャレンジャー2大会に出場。あの時の「スピード勝負か、かわすべきか」の問いに答えは出たかと問うと、間を開けることなく、こう応じた。
「まあ、なんか攻めないといけないんだろうなっていうのは、感じています。フォアでのミスを少なくするのと、もっと打っていくこと。そこを両立していかないといけないなって思っています」
当面の目標とする「トップ50」入りを果たすためにも、ツアーの「速さ」に慣れていかなくてはいけない。ただ、慣れるほどの経験を積むためには、ランキングを維持し、常時高いレベルの大会に出続けなくてもいけない。
そのタスクを実施するためにも、彼は3月11日にアリゾナ州で開幕するATPチャレンジャーに出場。そして過去に決勝にも進出した、相性のいいATPマスターズ1000のマイアミ・オープンへと向かっていく。