取材の待ち合わせ場所に「日本のゴジラ」の文字と、日産「スカイライン」の絵が入ったTシャツで現れたダンさんインバウンド需要に沸いている日本。観光地はもちろん、大きな都市ではどこに行っても外国人の姿が目に入ってきますが、日本に住み、インフレ&物価高の影響を大きく受けている日本人からすると「日本の何がそんなに良いのか?」と疑問に思ってしまいますよね。
そこで、すこし日本にゆかりのある外国人に「日本の印象」を聞くことで、我々が忘れかけていた日本の素晴らしさに改めて気づくことができるかもしれません。
ニューヨーク州で生まれ、幼少期はノースカロライナ州、そして10代をカリフォルニア州で過ごしたダンさん(26歳)。父親が元アメリカ海軍所属で転勤が多かったため、アメリカ国内を転々としたそうです。現在はユタ州で航空機の整備士として働いています。
夢は2000年式日産「ステージア260RS」に乗って走ること。今回は、そんな日本車好きのダンさんにお話を伺いました。
◆海と空が広がる瀬戸内海沿いのドライブ
ほのかに日本へ憧れを抱いていたダンさんに、仕事でうれしいチャンスが与えられました。日本への出張が決まったのです。2024年8月、生まれて初めて来日。1か月間の日本滞在で、山口県岩国市とその周辺の魅力にすっかりほれこんでしまいました。
車好きだけあって、日本ではレンタカーが移動手段だったダンさん。日本とアメリカでは車の走行車線は反対ですが、不安はなかったのでしょうか。
「最初はすこし緊張しました。滞在先のホテルから仕事場までの通勤もアメリカからいっしょに来た同僚たちと車だったので、数日で感覚をつかめました。でも慣れたころに“気”ってゆるみますよね。だから車の中では運転手だけの責任じゃなく同僚みんなで、正しい車線を走っているかの確認を怠りませんでした」
◆日本の焼き肉店で“王様のようなおもてなし”に大満足
日本滞在中にお箸の使い方をマスターしたダンさん。しゃぶしゃぶにも挑戦しましたが、一番のお気に入りは焼き肉だったそうです。
「煙がたちのぼるグリルの上で、みんなで代わるがわる肉をジュージューと焼くのが最高でした! お店のスタッフは一つひとつの料理を丁寧に運んできて、笑顔で私たちを気遣ってくれました。まるで王様になった気分でしたよ。
王様気分だなんて、大げさだなと思うかもしれませんね。でもアメリカでは、不機嫌そうな仏頂面で、放り投げるようにお皿をテーブルの上に置く店員さんも少なくないんです。それに肉を焼くと油が散るはずなのに、店内全体がすごく清潔なんです」
飲み物は、同僚3人はビール、そしてダンさんは健康上の都合でソーダを注文。それでもお会計は4人合計で約50米ドル(1米ドル150円で計算すると7500円)だったそうです。
「あんなに赤身がきれいで鮮やかなお肉、初めて見たんです。次々と肉を焼いて、食べて、飲んで、笑って、最高のおもてなしを受けて。しかもチップを払わなくていいなんて。すべてがびっくりでした。そのうえ私たちがお店を出るとき、スタッフ全員が並んで、お辞儀をしてお礼を言ってくれたんですよ。こんな経験、生まれて初めてです」
アメリカには料理代とは別に、サービスをしてくれたスタッフへ感謝の気持ちとして渡す「チップ」というシステムがあります。最高のおもてなしを受けて、チップをはずもうと思っていたダンさんたちにとって、不思議な感覚だったのかもしれません。
◆広島の原爆ドームの前で言葉を失った瞬間
仕事が休みのある日、同僚たちといっしょに広島までドライブすることに。目的は世界遺産の原爆ドーム(広島平和記念碑)を訪れることでした。戦争の歴史にふれながら「視点の違いで受け取り方が全く異なる」という貴重な体感があったそうです。
「気分がとても重くなりました。私はアメリカで育ち、学校ではアメリカ側の視点で、日本に投下された原爆の歴史を学びました。原爆ドームについての知識はあるつもりでした。でも学校で教えられたことと、実際にこの地を訪れてみてのギャップに……」
アメリカの学校教育では原爆投下は「戦争終結のために必要な手段だった」と教えられたそう。
複雑な感情をどうやって表現していいか分からず、言葉が途切れるダンさんは、スマートフォンに保管された原爆ドームの写真を見せてくれました。
「この古い建物を見てください。崩れかけたレンガがむき出しのまま残っているでしょ。その周りには活気あふれる、広島の街が広がっているんです。高層ビルが立ち並んでいて、たくさんの人たちが行き交っていました」
訪れた日は、晴天に恵まれた爽やかな陽気でしたが、それとは対照的に心はずっしりと重かったそうです。
「スマートフォンの翻訳アプリを使って、平和記念公園内の標識を読みました。このとき初めて、日本側からの視点も学んだんです。歩いてすべてのエリアを見て周りました。ここで起こったこと、そしてその重さを感じながら歩くのは辛かったです。同僚たちも同じ気持ちだったと思います。いつもなら冗談を言ったり、ふざけたりするみんなが無口になりました。観光気分で、笑いながら歩くことはできませんでした」
◆神社はまるで別世界
漠然とした日本への憧れが実現し、想像以上の感動とともにスマートフォンで写真を撮りまくったダンさん。気がついたらすべて美しい景色や料理の写真ばかりで、自分自身が写っている写真は一つもなかったそうです。
取材の最後に、ダンさんは笑顔でこう語ってくれました。
「きっと東京もクールで魅力的な場所だと思います。でも日本の文化を体感するなら、地方へ行ってほしいと周りの友人たちに伝えてます。とくに神社が立ち並ぶエリアでは、静けさとともに日本の精神性を肌で感じることができたんです。
あの場所にいるだけで、心が落ち着いて、まるで別世界にいるような気持ちになりました。すべてが静かで、すべてが穏やかで、とにかく美しかったです。だからこそ多くの人たちにこういう体験をしてほしいです」
<取材・文/トロリオ牧(海外書き人クラブ/ユタ州在住ライター)>
【トロリオ牧(海外書き人クラブ)】
2001年渡米、ユタ州ウチナー民間大使。アメリカでウェイトレスや保育士などの様々な職種を経験した後、アメリカ政府の仕事に就く。政府職員として17年間務めるがパンデミックをきっかけに「いつ死んでも後悔しない人生」を意識するようになり2023年辞職。RVキャンプやオフローディングを楽しむのが最高の癒しじかん。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員