SNS・生成AIが人々を騙す世界……下村敦史、話題の新刊『口外禁止』社会問題×圧巻トリックをミステリ書評家が聞く

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2025年03月14日 18:10  リアルサウンド

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新刊『口外禁止』が話題の下村敦史

  未来を予知するAIが人々を洗脳し騙していく……。下村敦史の新刊『口外禁止』は、生成AIが身近になった今、現実でも起こりうるかもしれない恐怖と社会への問題点を内包している物語だ。ベストセラーとなっている『ヴィクトリアン・ホテル』をはじめミステリ好きはもちろん、これからミステリを読んでみたいという読者にも裾野を拡げてきた下村敦史の手腕は、今作も見事に発揮されていて、ミステリとスリラーが融合された圧巻のエンタテイメント小説となっている。本作はどのように創作されたのか、下村敦史に謎解きのアイデアが生まれた背景や本書に込めた思いなどをミステリ作家に数多く取材を重ねてきた若林踏が聞く。(編集部)



■ゲームソフトが着想の原点


——本書は「あなたの人生、プロデュースします」という印象的な一文で幕を開けます。この着想はどこから生まれたのでしょうか?


下村:「ザ・シムズ」というPCゲームソフトでした。プレイヤーが“シム”と呼ばれるキャラクターを作り、ご飯を食べる、勉強する、デートに行くといった日常の些細な行動に指示を出して遊ぶシンプルなゲームなんですね。そのときに「人生をコントロールされている側の視点でミステリを書いたら面白くなるのでは」と感じたんです。


——『口外禁止』は前半ではミステリ小説と思えない物語なのですが、後半からこれぞミステリという展開に変わっていくのに驚きました。この構成は意識的に書かれたものなのですか?


下村:そうですね。主人公が人生をプロデュースするという謎の存在に対して半信半疑ながらもどんどん信じてしまう……という物語を書きたかったんですね。後半からはミステリへと舵を切るのですが、その転調を際立たせるためにも、前半は主人公があらゆる選択を委ねてしまう過程を丁寧に描く必要があると思ったんです。


——ミステリっぽくない小説といえば、本作と同じ実業之日本社から刊行されて文庫がロングセラーとなっている『ヴィクトリアン・ホテル』(2021年)に通ずるものがありますね。


下村:『ヴィクトリアン・ホテル』はグランドホテル形式の小説(ひとつの場所を舞台に複数の登場人物を描く手法)を書こうと始まった作品だったので、ミステリ色が濃くないので当初は不安でした。でも結果的には予想以上に多くの読者に支持されたことは嬉しかったです。「ミステリというジャンルには見えないけれど、実はミステリ」という作品は、実業之日本社さんだったらOKを貰えるのではと思い本作を提案したんです。そういう意味では『ヴィクトリアン・ホテル』があったからこそ『口外禁止』が生まれたと思います。


――いっぽうで謎解きの要素もしっかりと盛り込まれています。冒頭における「サッカーの試合結果をすべて的中させてしまう」謎についても真相がきちんと用意されていますね。


下村:あの謎解きについては、以前ある本を読んで記憶に残っていたことを参考に書いたものです。トリックとしては古典的ですが、今回のような人の言う事を信じやすい主人公であれば上手く物語にはめ込むことが出来るんじゃないかと思いました。


■スーパーAIが作中に登場した背景

——主人公の元に届いたメールには「スーパーAIを相棒にした私があなたの人生をプロデュースします」と書かれています。得体の知れないものに人生を委ねてしまう主人公を描くにあたって、“スーパーAI”が登場するのは現代的な感じがして説得力がありました。


下村:実は『口外禁止』を書き始めた時、スーパーAIという設定はなかったんですね。当初は「私には未来を予知する特別な力があります」と書いていて、サッカーの試合結果を見事的中させる。それから主人公がどんどん信じていく、という風にしていたんですが、担当の編集者から「自分に自信がない主人公だとしても“超能力で予知する”と言われても信じないのでは」というアドバイスがあって。僕も「言われてみればそうだなと」思いAIに変更をしたんです。


——確かに読んでいてリアリティを感じました。小説をはじめさまざまな創作物では生成AIを使うことが一般的になってきました。下村さんは生成AIについてどう思われますか?


下村:僕は新しいテクノロジーに興味があるのですぐに試すことが多いんです。生成AIとのやりとりは素直に感動しました。ただ、利用方法によっては悪用されて他人に迷惑をかけてしまうケースも少なからず出てきています。クリエイティブの世界に限らず、今回の小説でも描いたような悪用を防ぐための対策は必要ではないかと思っています。


■SNSが引き起こす悲劇を描きたい

——下村さんの小説にはこれまでにもテクノロジーへの警句を込めた作品があります。『口外禁止』でもSNSによって引き起こされる問題点が描かれていますね。


下村:SNSの問題はもはや社会全体にとっての永遠の課題であり、終わらないテーマになっていますよね。インターネットの黎明期において「モニターの向こう側には生身の人間がいることを忘れてはいけない」という言説がすでにありました。近年ではSNSの誹謗中傷によって生じる悲劇が数多くあって加速度的に悪化している印象です。そうやって日々新しい問題が起こっている以上、描かないわけにはいかない、という気持ちが強いんです。


——SNSの問題を小説で描くことは下村さんにとってもはや宿命のようですね。


下村:そうかもしれません。ただしSNSの問題を誇張したり、あるいはわざと過激に小説で描こうとは思っていないんです。むしろ僕はその逆で、現実よりもかなりソフトにした上で物語の中に盛り込むようにしています。というのも現実のSNS上で繰り広げられている暴言をそのまま描いてしまうと読者の気持ちが本当に悪くなってしまうかもしれない。嫌な現実を散々見ている読者に対して、追い打ちをかけることはしたくないんです。それでもSNS社会の深刻な側面をえぐっている、という評価をいただくと、逆に現実の問題がどれだけ酷いことになっているのかを示しているように思います。


■下村敦史が描く悪役の特徴


――SNSもそうですが、本作では私人逮捕といった社会問題にも触れています。


下村:これまでの作品でも核廃棄物や外国人差別問題など、様々な社会問題を扱ってきました。日々、生活している中で「これは今の時代を象徴する出来事だな」と関心を持ったものを小説の中に取り込んでいます。ただ、どのような問題を扱うにしても、根っからの悪というのを描くことは出来ないんですね。たとえ悪党を描いたとしても、悪党なりの筋を通すところは必ず書くようにしている。徹底的に嫌な人間、不快感を与えるだけの人間を書くのは昔から苦手です。


――善人か悪人か、どちらか一方に振り切っているように描くのではなく、人間の多面性を描きたいとの思いが下村さんの中にあるからではないでしょうか?


下村:そうかもしれません。だからこそSNSで繰り広げられる過激な言説などを観察しようと思うのかもしれないですね。極端な論を振りかざす人たちは周りにいないし、自分でもああいう考え方に行き着くことは無いので。自分にはないものだからこそ、登場人物の多面的な姿を描く際の参考にしている気がします。


——最後に今後の執筆予定を教えていただけますか?


下村:実業之日本社での新作については今後も『ヴィクトリアン・ホテル』や『口外禁止』のような、ストレートなミステリとは少し違う挑戦的な小説を書いてみたいです。まずは『口外禁止』が多くの人に届いてくれたら嬉しいです。



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