※写真はイメージです。 移動に欠かせない交通手段のひとつである電車。しかし、通勤や通学の時間帯は混雑するため、殺伐とした雰囲気がある。車内では譲り合いの精神を持って、お互い気持ちよく過ごしたいものだ。
今回は、“マタニティマーク”を付けた妊婦が体験したありえない出来事を紹介する。
◆「邪魔だったから!」と妊婦に足をひっかけてきた女性
「妊娠をしていて、お腹が大きかった頃の話です」
産休に入る前の米田香苗さん(仮名・30代)は、電車通勤をしており、いつも通り駅のエスカレーターを上ろうとしていたが、あからさまに肩にぶつかってくる若い女性がいたという。
「“感じ悪いな”と思いつつ電車に乗りました。そして、電車から降りようしたとき、転倒しかけたんです」
電車の扉の前には、ぶつかってきた女性が立っており、米田さんの足にわざと自分の足をひっかけてきたのだ。米田さんは即座にお腹を守ったのだが、驚きと恐怖と不安が入り混じる複雑な感情を覚えた。
あまりにも腹が立ち、そこそこの大きな声で、「何するんですか!」と叫んだ。すると、予想外の言葉が返ってきたという。
「邪魔だったから!」
米田さんがその言葉に驚いていると、近くにいた中年の夫婦が助けてくれた。
「邪魔じゃないだろ! このお姉さんは妊婦じゃないか! ちょっと降りなさい」
中年の夫婦は電車の扉が閉まるタイミングで、その女性を無理やり電車から降ろしてくれた。そして、駅のホームで話し合いをすることに……。
「仕事に遅刻することは間違いなかったので、私は会社に連絡をしました。その間も、中年の夫婦が対応をしてくれていて、『駅員を呼ぶ?』と聞かれましたが、そこまで大ごとにしたくなかったので、『大丈夫です』と伝えました」
足をかけたことは、“わざと”だとわかっていたため、「なぜこんなことをしたのか」を女性に聞くと、先ほどの勢いはなく、かなり萎縮していたのだとか。
◆中絶を理由に起こした行動だったことが判明し…
「どうやらその若い女性は、彼氏の子どもを授かったものの中絶したばかりだったようです。エスカレーターで、カバンにつけていた“マタニティマーク”のストラップとお腹に目がいき、腹が立ったということでした」
米田さんは、「少しかわいそう」と思った。とはいえ、到底納得できることではなかったため、謝罪してもらったそうだ。
「駅員さんにも警察にも言わず、助けてくれた中年夫婦にお礼を言い、会社に向かいました」
お腹の中には大切な命がある分、米田さんとしては神経を尖らせた状態で日々を過ごしていた。そんな中でのトラブルに、「女性の行動は許されることではありません」と憤る。
「その後の妊婦検診で赤ちゃんの無事がわかりましたが、とても残念な出来事でした」
◆優先席を必要としている人に気づかないふり
ある日の夕方6時過ぎ、帰宅ラッシュの時間帯に電車に乗っていた近田ゆりさん(仮名・20代)。
「その頃の私は、妊娠後期に入っていてもう少しで産休に入るところでした。なので、優先席に座っていたんです」
お腹の張りが気になっていたため、できるだけ安静にしていたかったという。
「電車が駅に止まる度に乗客が増えて、少しずつ混雑していきました。そんな中、『苦しい……助けてください』という細い声が聞こえました」
近田さんは顔を上げ車内を見渡した。すると、20代くらいの男性が、座席の前をゆっくり歩きながら訴えていたのだ。男性は野暮ったい服装に、気の弱そうな顔つきをしていた。
立っている人の視線はスマートフォン。座っている人は目を閉じている状況だったそうだ。そして、その男性はふらふらと歩きながら、ついに優先席の前にきた。
「他の席にはサラリーマンたちが座っていました。見る限り健康そうな人で、妊婦の私だけが“優先席に座る理由がはっきりとわかる”感じだったんです。でも、誰も席を譲りませんでした」
少し迷った近田さんだったが、その男性に「座りますか?」と声をかけた。
◆席を譲り、ずっと立ち続けることに…
「男性は、『ありがとうございます……』と小さく礼を言い、私の座っていた席に腰を下ろしました」
近田さんは目の前の吊革につかまり、「しばらくの辛抱だ」と言い聞かせた。すると、男性が急に話しかけてきたという。
「そこで私は男性に、『どこで降りますか?』と聞きました。降車駅までまだ30分以上あるそうで、男性の体調を考えると、途中下車して休んだほうがいいんじゃないかと思ったんです」
近田さんは「途中で降りて休んだほうがいいですよ」と伝えたのだが、男性は首を横に振り、「いや、大丈夫です。早く帰りたいんで……」と言い、そのまま目を閉じた。
「私はそれ以上は何も言えず、ずっと立ち続けていました。しばらくして男性が降りる駅に着いたので、『着きましたよ』と肩を軽くたたいたんです」
◆席を立った瞬間“スタスタ”と改札へ
すると男性は目を開け、「ありがとう」と言いスッと立ち上がったという。そして、何事もなかったように、スタスタと改札のほうへ歩いていったそうだ。
その動きは、先ほどまで「苦しい」と訴えていた人とは思えないほど足取りが軽かったようだ。
「そのとき、もしかして“男性は体調が悪いわけではなかったのではないか”と勘繰ってしまいました。ただ席に座りたかっただけなのかもしれないと……」
しかし、近田さんが一番驚いたのは周囲の反応だった。
「車内にいた人は、誰一人として、男性を助けようとしませんでした。妊婦である私が席を譲るのを見ても、まるで他人事のようでした」
近田さんは産休間近だったため、「妊婦だと一目でわかったはずだ」と振り返る。さらに、“マタニティマーク”もつけていたのだ。
「私は、ただただムカつきました。周りの人が見て見ぬフリをしたことに対して、憤りしかなかったですね」
男性が降り、扉が閉まった後、近田さんは再び吊革をつかんだ。お腹の張りを感じながらも、ゆっくりと深呼吸をするしかなかったという。
電車では個人のマナーが大いに問われる。だが、不快に感じても声をあげにくい空気があるのは事実だ。自分の何気ない行動が周囲の迷惑になっていないか、あらためて意識する必要があるだろう。
<取材・文/chimi86>
―[乗り物で腹が立った話]―
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。