画像提供:マイナビニュース永世中立国として知られるスイス。実は複数の言語を使いこなす人が多い国としても知られている。今回はスイス人の言語スキルの高さについて、ボーディングスクールをはじめとしたスイス留学の支援をしている田山貴子さんに解説してもらった。
■地理的要因から多言語国家として発展
中央ヨーロッパに位置する永世中立国のスイスは、ドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、リヒテンシュタインの5カ国と国境を接しており、公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語(ラテン語を起源とする言語)の4つとなっています。
これらのうち、ドイツ語を母語とする人がもっとも多く人口の62.1%を占め、次いでフランス語(22.8%)、イタリア語(8.0%)、ロマンシュ語(0.5%)と続きます(2019年、スイス連邦統計庁)。
公用語といっても、スイス全土でこれら4つの言語がまんべんなく話されているわけではなく、メインで話されている言語が地域によって分かれています。もっとも話者の多いドイツ語は、スイスの26州のうちの19州で主要言語として使われ、フランス語話者はフランスと国境を接する西部の州に多く、イタリア語はイタリア国境に隣接する南部で、ロマンシュ語は主に南東部のグラウビュンデン州(山岳地帯)で使用されています。
ではいったいなぜ、スイスはこのようなモザイク状の言語分布となったのでしょうか。
スイスは中世以来、異なる言語と文化を持つ地域が連邦として結束してきました。1291年、ウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデンの3つの地域が同盟を結び、これが現在のスイス連邦の起源とされています。
その後、周辺のドイツ語、フランス語、イタリア語を話す地域が次々と同盟に加わり、多言語国家としての基盤が築かれました。こういった地理的要因が各地域の言語分布に大きく影響を与え、各地域は独自の言語と文化を維持しつつ、連邦としての統一を図ってきたため、4つの公用語が公式に認められることになったのです。
■スイス国民の約半数が2カ国以上を話す!?
このように、一つの国でさまざまな言語が使われていることから、スイスには他の国に比べて高い言語スキルを持っている人が数多くいます。
スイスの連邦統計局が2021年1月に発表した調査結果によると、スイスでは15歳以上の人の68%は、少なくとも週に1回、親戚や同僚との会話やインターネット、読書、テレビ観賞などで複数の言語を使っています。そして、日常的に2カ国語を使う人は38%、3カ国語は21%、4カ国語は6.4%、5カ国語は1.7%という結果も出ています。
例えば2人以上で雑談をする際、全員がドイツ語とフランス語の両方を理解できる場合には、ある人はドイツ語で話し、別の人はフランス語で話し続ける、といった光景もよく見かけます。
また、言語圏の境界にあるマクドナルドなどでは、店員が「こんにちは」とドイツ語で話しかけても、客がフランス語で返答すると、店員もフランス語で話し始めます。
企業などでは、定例会議ではない場合、最初に決めるのは「どの言語で会議を進行するか」であることがよくあります。さらにドイツ語圏では、スイスドイツ語にするか標準ドイツ語にするかが議題になることさえあるほどです(スイスドイツ語と標準ドイツ語は、発音・文法・語彙の点で大きく異なります)。
■学んだ言語を使う機会も豊富
このような状況になっているのは、スイスでは隣接する地域で話される言語を習得することが一般的で、特にフランス語圏とドイツ語圏の境界地域では両言語を話す人が多いことや、学校では第2言語(多くの場合、ドイツ語かフランス語)が必修とされていることが理由として挙げられます。
スイスでは小学3年生や5年生から第2言語の学習が始まり、小学生のうちに英語を含めた3つの言語を学ぶようになります。しかし、日本の教育のように授業で習うだけではバイリンガルやトリリンガルにはなりません。
スイスでは、上記のデータが示すように学校外に多言語を話す人が多く、学んだ言語を実際に使う機会が豊富にあることが、習得を促進する大きな要因となっています。また、これはスイスに限りませんが、NetflixやTikTokなどを通じて英語のコンテンツに触れ、自然と英語を習得する若者も増えているようです。こういったことから、スイスではバイリンガルどころかトリリンガル、マルチリンガルも当たり前の状況になっているのです。
私の娘はドイツ語圏にあるフランス語の学校で学び、今年度からアメリカにあるボーディングスクール(寮制の寄宿学校)に通っていますが、同級生はアメリカ人がほとんどなので、娘が当たり前のように5カ国語を話すと、とても驚かれます。
■スイスのボーディングスクールでは多言語が当たり前
スイスのフランス語圏にある、私が知っているボーディングスクールでは、多くの授業が英語ネイティブの教師によって英語で行われ、フランス語や音楽、体育などはフランス語ネイティブの教師がフランス語で指導しています。
教員ではない寮スタッフなどは、母国語がフランス語である場合が多く、このような環境では、学校で英語やフランス語をしっかりと学び、日常会話でも両言語を実践する機会に恵まれています。
また、スイスのボーディングスクールには、30〜120カ国ほどの国々から来た児童・生徒が在籍しています。英語の習得が第一に期待されますが、同じ母国語を話す級友同士では、母国語で会話することがよくあります。そのため、学校内では日常的に多言語が飛び交い、自然とさまざまな言語を耳にする環境になっています。
学校ではそれぞれの国や文化が尊重されており、留学生が母国の料理を作ったり、文化を紹介するプレゼンテーションを行ったりするイベントもよく開催され、多言語・多文化への理解を深めていく機会が豊富にあるのです。
地理的・歴史的な背景から、多言語国家となったスイス。多言語を習得してみたい、多くの言語に触れてみたいあなたはぜひスイスを訪れてみてください。
田山貴子 たやまたかこ 「日本の子どもたちに、スイスの教育環境を活用していただきたい」という想いのもと、日本の子どもたちが将来、国際社会の中で、充実した生活を送ることができる成人になるための最適な教育環境を提供するべく、日本とスイスの架け橋をするなど、留学サポート活動を行っている。 https://swiss-ryugaku.com/ https://swiss-ryugaku.com/about-us/ceo-message この著者の記事一覧はこちら(田山貴子)