
女子栄養大学副学長の香川靖雄先生の骨密度はなんと、健康な若い人の平均値並みだという。「ただ歩くだけじゃ、筋肉はつかないの。負荷をかけたダンベルやエアロバイクもするし、必要な栄養もしっかりとってますよ」健康長寿をつくり出す日常生活を伺った。
5m飛ばされても不死身の92歳
92歳で現役の大学副学長を務める香川靖雄先生にお話を伺ったのは1月下旬のこと。
「実は昨年12月28日に事故に遭いましてね、自転車で横断歩道を直進中に、左折してきた軽自動車にはねられ、5メートル飛ばされたんです。自転車はぺしゃんこですよ」と言って事故直後の写真を見せてくれたのでびっくり。
「92歳にしては骨密度も筋肉量もあるので骨折もなし。打撲で右足に血腫ができた程度で済みました。年明けの4日には大学で皆さんに挨拶したけれど、誰も気づきませんでしたよ」(香川先生、以下同)
脳出血がないか経過を見守り、1月13日に自身のSNSに事故のてん末まつをアップ。すぐさま驚きと見舞いのコメントが殺到したという。
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「医者仲間からは”普通の92歳だったら、とっくに死んでいる事故だ”なんて言われましたけどね、僕は大丈夫なんですよ」とほほ笑むお顔はシミもなくツヤツヤだ。
本職とはいえ、事故後の応急処置を自ら行い、近くの整形外科で骨折の有無を確認後に帰宅、年末年始に自宅で療養に努めただけで、松葉杖づえも不要だったという。
「期せずして高齢期のストレス強きょう靭じん性テストを受けたようなもの。僕がストレスに強いことも実証されましたね」
香川先生の筋肉量は77歳相当で、骨密度はほぼ1(健康な若い人の平均値並み)だという。
お酒が認知症対策!? 片道2時間の通勤をする90歳の実態
実年齢を忘れそうな身体はどうつくられたのか、香川先生の日常生活を伺った。
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「1週間のうち平日の半分は、自宅がある栃木から電車を乗り継ぎ、片道2時間かけて埼玉県にある大学に出ます。朝食は必ず家でとり、昼は主に学食で。食後に1時間ほど昼寝もします。大学院生の実習報告が土曜にある場合は、帰宅が夜10時過ぎになることも。今も研究を続けているので被験者の採血を朝7時から行う場合は、大学の最寄り駅前にあるビジネスホテルに1人で前泊です」
66歳からの20年間は、大学近くのアパートで単身生活、朝夜は自炊をしていた。
「でも90歳前後になると、どんなに健康でもアパートを貸してもらえません。だから今は電車通勤です」
健康の秘訣は通勤しない日も決してのんびりしないこと。運転免許は返納したので愛車は自転車。これで買い物にも、家から1キロ先の公園にも行くという。外に出ない日はエアロバイクをこぐ。朝のラジオ体操と就寝前のダンベルも日課だ。
「自転車を移動手段にしているのは、平衡感覚を維持して転倒を防ぐため。それに、歩くだけでは筋肉はつきません。負荷をかけた運動も必要です。よく一日1万歩と言いますが80、90代は6千歩で十分。やりすぎると活性酸素が増えてテロメアが短くなっちゃいますからね」
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テロメアは一定の短さになると細胞分裂が止まり、死につながってしまう。
遺伝子の研究者でもある香川先生は、大学副学長就任を打診された70歳のころ、自身のテロメアの長さを測り、百歳くらいまでは大丈夫と予測できたので応諾したという。
「テロメアは、生活習慣の改善次第で、短くなるのを遅らせることも可能なんです。50、60歳を過ぎたから今さら何をしても無駄、などと諦めなくていいんですよ」
栄養学者だから朝昼晩の食事には気をつけているが、学内のパーティーではお酒もたしなむという。
「一日5グラムの微量のアルコールが認知症、軽度認知症に有益というデータもあります。ただし、お酒については個人差が非常に大きいので注意が必要。アルコールに弱い人は飲むのを控えて、自分は飲めると思っていても1日換算で純アルコール20グラム以下が適正です」
健康寿命を延ばす鍵は葉酸とDHA
日本人の平均寿命は男性81歳、女性87歳を超えた。
「でも、世界的にみて日本は高齢者に占める要介護や認知症の人の割合が多い。僕は高齢期の人の幸せは、死ぬ前日まで日常活動ができることだと思います。健康寿命をいかに延ばせるかが長寿国の課題ですね」
遺伝子及び栄養学が専門の香川先生が、健康寿命の鍵を握る栄養素として強くすすめるのが、葉酸とDHA(ドコサヘキサエン酸)だ。
「葉酸は、認知症や動脈硬化等のリスクを減らす最強のビタミンとして世界的に注目されています。アメリカでは1日の推奨摂取量は400マイクログラムです」
かたや日本の厚労省基準では一日の推奨摂取量は240マイクログラム。
「これでは全然足りません。というのも日本人の6割は葉酸が欠乏しやすい遺伝子を持っているからです。それでも一日400マイクログラムとれれば、葉酸による健康効果はしっかり得られます」
葉酸はホウレン草やブロッコリーなどの緑黄色野菜や、大豆に多く含まれている。それに水溶性ビタミンなので、食物からのとりすぎの心配はないそう。
「ただ、野菜だけで補うのは困難。穀類に葉酸の添加を義務づけている国は86か国もありますから、葉酸米を白米と炊くのも一つの方法です」
青魚に多く含まれるDHAも、認知症のリスクを減らす重要な栄養素。これもまた日本人の6割が欠乏しやすい遺伝子を持っているという。
「実は、魚を食べない禅僧でも健康上の問題はありませんでした。海藻類にもDHAが多く含まれているからです。塩分過多の短所はありますが、本来の和食をベースに、私たちの遺伝子や年齢を考慮した食べ方で健康寿命を延ばしたいですね」
香川靖雄先生
女子栄養大学副学長、自治医科大学名誉教授。東大医学部卒。専門は生化学・分子生物学・人体栄養学。著書に『92歳、栄養学者。ただの長生きではありません!』(女子栄養大学出版部)など多数。