
伝統は力になる──101年ぶりに春のセンバツで高松商と対戦した早稲田実業。アルプススタンドを3000人超の大応援団が埋め、同校OBのソフトバンク王貞治球団会長兼特別チームアドバイザーも見守っていた。2回に2点を奪って試合を有利に進めると、8対2で名門校対決に勝利した。
敗れた高松商の長尾健司監督は「早稲田実業の選手たちは堂々とプレーしていました。あれは伝統の力でしょうね」と、試合後に語った。
しかし、伝統が足かせになる場合もある。時代の変化に取り残され、成功体験がマイナスに作用するケースも見られる。敗戦が続くと有望選手が集まらなくなり、甲子園から遠ざかる。練習方法や戦術などアップデートできないまま、「かつての強豪校」と呼ばれる学校は数えきれないほどある。
【守り勝つ野球、変わらぬ信念】
春夏合わせて全国優勝7回を誇る広島商はここ数年、同県のライバル校である広陵に後れをとっている。広陵が2007年夏、2017年夏の甲子園で準優勝、2023年春のセンバツでベスト4入りしたが、2000年以降の広島商の最高成績は2002年春のベスト8だ。
大会第4日、甲子園通算101試合目に臨んだ広島商は初出場の横浜清陵を10対2で下し、2回戦進出を決めた。
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試合後、広島商の荒谷忠勝監督は言った。
「今回も甲子園に出るにあたって、大勢の方々に協力していただきました。さまざまな支えに対して、勝利という形でひとつ恩返しできたかなと思います。甲子園で聞く校歌は格別ですね」
高校野球を代表する伝統校である広島商の強みは何か。
「一番は、広商の野球スタイルを知っている人が入ってくれること。公立校なので入試は一発勝負になりますけど、『広商で野球をやりたい』という人が、ウチのスタイルを理解したうえで入ってくれることに感謝しています」
広島商はかつて、鉄壁の守りとバントを中心とした手堅い攻めで日本一に上り詰めた。時代は変わっても、今もベースには守り勝つ野球がある。
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荒谷監督は言う。
「初回に2点を取って流れに乗ることができました。初回(3つの犠打で2得点)の攻めはウチのスタイルなので。結果的に10対2になりましたけど、1点ずつ確実に取っていく。そういう練習をやっていますので、迷いはありません」
低反発の金属バットが採用されて以降、バントの重要性は高まっている。どのチームも練習に余念がないが、甲子園では大事な場面でのミスが目立つ。
「ワンチャンスをいかに生かすか、ということを考えて練習しています。バントだけではなくて、チャンス(ピンチ)の場面でいかに自分のプレーができるのかを考えて、実戦の場で追求してきました」
荒谷監督が常に意識するのは「ワンチャンスをモノにして点を取ること」。技術だけではく、メンタルの強さも必要になる。
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「生徒が自発的に取り組むように導くアプローチが重要だと考えています。トップダウンの指示が多すぎるとうまくいかないことが多いため、自ら気づき、ストイックに課題に取り組ませることが大切です。『これが正解だ』というのはないと思うので、いろいろなことを試しています」
そして荒谷監督はこう続けた。
「バットが変わっても、ウチのスタイルは前から一緒です。今までどおりというわけではなく、進化というか、前に進めていきたいと考えています。それでも大事なのは基礎と基本。指導者がちゃんとした技術を伝えること。(バットが変わったことで)実力差があっても、それを縮められるチャンスが高くなったと思っています」
【知恵を絞って挑みたい】
昨秋の明治神宮大会では決勝に進出。横浜に前半で0対4と離されながらも粘り強く戦い、3対4の接戦を演じた。
「選手たちにはまだまだ伸びしろがあると、ポジティブにとらえています」
課題は至ってシンプルだ。
「打つべきボールをちゃんと打つ。見逃すボールをしっかりと見逃す。甲子園という大きな舞台でやることが難しいのはわかっていますが、一つひとつ成長してくれればいい。(守備、走塁、バントなどの)スランプのないところを、当たり前にできるように」
2回戦の相手は優勝候補の東洋大姫路だ。
「(1回戦で11安打を放ったが)まだまだ広商の野球ができていないので、しっかりと準備して次の試合に臨みたい。東洋大姫路には迫力のある選手が揃っていますし、監督が(全国優勝経験のある)岡田龍生さんなので、全力でチャレンジしていきたい。今の選手たちの力をどれだけ発揮できるかを考えています。ウチのチームのベストを出して、僅差の試合展開に持ち込みたい」
優勝候補に挙げられる強豪は、ずば抜けたフィジカルの強さを誇る。しかし、そういう相手との対戦でも互角に戦う方法があると荒谷監督は考える。
「フィジカルの強化については、何年もかけて取り組まないといけないことだと思います。ウチはウチなりに鍛えてはいますけどね。東洋大姫路や横浜の選手たちの体つきを見ると、うらやましいくらいです。でも、ウチは知恵を絞って戦っていきます」
この大会で「広商の野球」が再評価されることになるかもしれない。