久保建英サッカー日本代表は2025年3月20日、ホームとなる埼玉スタジアムにバーレーンを迎えてアジア最終予選を行い、2-0での勝利を収め「史上最速」でのW杯出場権を獲得した。出場を決めたワールドカップは2026年6月からスタートするが、史上初のアメリカ・カナダ・メキシコの3カ国共催に加えて、出場国がこれまでの32か国から48か国に拡大することでも注目を集めている。
W杯出場を決めた日本代表だが森保一監督らは目標を「世界一」と堂々と語る。しかし、バーレーン戦での試合運びは決して安心できる内容とは言えず、相手に押し込まれる時間帯も存在した。
しかし、そんなバーレーン戦において「あるシーン」に着目すると、W杯を勝ち抜くうえで必要な今後の「日本の武器」となるべき存在が浮かび上がってきた。これまで長く課題としてあり続けた「日本の決定力不足」を解消しうる存在になる可能性まで秘めている。それが「コーナーキック」だ。とくに、久保建英という存在が日本のコーナーキックを世界で戦える武器へと進化させる可能性を見た試合だった。
なぜコーナーキックが武器になるのか、疑問を抱く人もいるだろう。なぜなら、選手の平均身長が世界に比べて低い日本チームでは、コーナーキックは “ウィークポイント”として長年頭を悩ませてきた問題だからだ。実際、2022年W杯における32の出場国において、日本は179.7cmで30位(それより下位はアルゼンチンの179.4cm、サウジアラビアの179.0cmのみ)だった。
平均身長の不利は今も大きくは変わらないが、なぜコーナーキックが武器になると言えるのか、今回のバーレーン戦における「コーナーキック」に注目したい。日本は前半6本、後半2本の計8本のコーナーキックを獲得した。以下はその内訳だ。
【日本のコーナーキック】
・1本目(前半9分、右CK)
ファーサイドの板倉が中央にヘディングで折り返して遠藤がシュート。
・2本目(前半14分、左CK)
ショートコーナーを使って中に切り込んでパスを供給。
・3本目(前半22分、右CK)
ファーサイド寄りのボール。キーパー正面となりキャッチされる。
・4本目(前半25分、左CK)
中央に入れるボール。
・5本目(前半42分、左CK)
ニア寄りに供給。競るもクリアされもう一度コーナーに。
・6本目(前半43分、左CK)
ファーサイドかつゴールから離れた位置に出し、味方がボールをおさえて展開。
・7本目(後半40分、右CK)
中央にふわっとしたボール。
・8本目(後半42分、左CK)
ショートコーナーで伊藤純也に一度渡し、その折り返しを受けた久保が切り込んでニアに早いシュートでゴール。ダメ押しの2点目となる。
このうち注目したいのは1本目のコーナーキックだ。少なくとも筆者はこの1本目のコーナーキックを見て「明らかな意図」を感じたため、以降、この試合ではコーナーキックは特に注意して見るようになった。そもそもバーレーン戦は結果こそ2-0だったが、前半9分の1本目のコーナーキックでは「幻のゴール」が生まれており、これが決まっていればかなり楽な試合になっていただろう。右サイドからのコーナーキックを獲得した日本は久保がファーサイドに蹴り込み、ゴールラインを割るか割らないかのギリギリのところで板倉がヘディングで折り返して、遠藤がゴールに押し込んだ。ただ、VARによって遠藤がボールを押し込む直前、上田の腕にボールが当たっていたとして、得点が取り消されてしまったのだ。
板倉がファーサイドに走りヘディングで折り返したこの場面こそ、注目すべきポイントがある。というのも、1本目のコーナーキックでは、久保が蹴る瞬間に合わせてゴール前に詰めていた日本選手はファーサイドにいた選手も含めて一斉にゴール中央からニアにかけて走りこんでいたからだ。相手DFはそれにつられるようにして動いたためファーサイドには一定のスペースが生じ、そこへひとり走りこんだ板倉がヘディングで折り返す、という緻密な流れが生まれていた。つまり、ファーサイドの板倉が折り返したのは決して偶然ではなく、全員が意図をもって板倉のヘディングのために「アシスト」したシーンだったのだ。
サッカーをやったことのある人間ならわかるが、コーナーキックにおいて、選手全員がたまたま同じタイミングでニアサイドに走り込むなどあり得ない。実際、これほど組織的に意図を持って連動した動きを見せる日本代表は記憶にないと言っていいほど、洗練された動きがそこにはあった。運悪く上田の腕にボールが当たったものの、ボールがネットを揺らしたことは事実であり、日本のコーナーキックが完璧に機能したシーンだった。
2本目以降のコーナーキックを見てみよう。2本目、今度は逆の左サイドから久保はショートコーナーを選択した。三苫にいったん預けて折り返しを受けた久保はペナルティエリアに切り込むと、パスを送りゴールにつながるチャンスを演出した。その後もファーサイド(3本目)、中央(4本目)、ニア(5本目)、ファーサイドかつゴールまでやや距離のある地点へのパス(6本目)、ふわっとしたこれまでと異なる球質で中央(7本目、キッカー伊藤)と、一見するとさほど違いに気づきにくいコーナーキックも、よく目を凝らして見ると同じパターンが一度もない。
そして8本目のコーナーキックだ。久保は素早くショートコーナーを選択し、伊藤にボールを渡すと、2本目のコーナーキックのように折り返しをもらい、左サイドのペナルティエリアに突進。中央にボールを供給するフェイクを入れ、キーパーがわずかに作ったニアの隙間に力のある早いシュートを蹴り込んで、ダメ押しとなる2点目を突き刺し勝負を決めた。このシーンは見事という他なく、それまでの攻め手を欠く日本の攻撃陣のイメージを払拭してくれるような、久保のアイデア力、「違い」を一瞬で作る創造力の高さが遺憾無く発揮されたシーンだった。まさにワールドクラスのプレイだ。
日本の武器として「久保のドリブル」はよく語られる。しかし、当然ながらどの国も久保を警戒して激しいマークを受けるため、流れのなかでボールを持って自由に動ける時間は決して多くはない。だが、コーナーキックではそれが限りなくペナルティエリアに近い場所で可能になるのだ。事実、2本目のショートコーナーも得点のチャンスを生んでいた。もちろん、ショートコーナーだけではない。幻のゴールを生んだ1本目のコーナーキックのように組織的な動きからチャンスを作れるだけの準備がすでに日本代表には存在している。だからこそ、ショートコーナーが生きてくるし、ショートコーナーを警戒するからこそファーサイドやゴールから遠い位置へのコーナーキックも生きてくる。そしてそれらは久保の高いキック精度とドリブルのアイデア、突破力があってこそ成り立つ戦術であり、まさにコーナーキックこそ「久保建英が日本にもたらした最大の武器」と言えるのではないだろうか。
では実際、ショートコーナーからゴールを決めるまでのイメージを、果たして久保は最初から描いていたのだろうか。もしこれが最初から「イメージ通り」のプレイだったとするならば、久保および日本代表がコーナーキックを意図的に強化している証左にもなるだろう。試合後のミックスゾーンで直接、久保に二点質問をぶつけてみた。一点は得点シーンがイメージ通りだったのか、それとも瞬間的なアイデアだったのか、についてだ。
「シュート前まではデザインされたセットプレイなのでイメージ通りというか、型通りのセットプレイです。そこから僕の独断と偏見でシュートを選択したという形ですね」(久保)
そしてもう一点は、取り消しになった幻の1点目のコーナーキックについて。ファーで折り返した板倉選手以外がニアに走ってうまくスペースを生み出した一連の動きも、意図した戦略だったのか、という質問だ。
「あんまりいいたくないんですけど、基本的にセットプレイは全部デザインされたものなので、それが全てだと思います」(久保)
いずれの回答にも「デザイン」という言葉が久保の口から語られた。「デザインされたコーナーキック」とは「意図して作られたコーナーキック」、もっというならば「誰がどう動くのか、ボールをどこに蹴って、誰に合わせるかをすべて細かく決めたコーナーキック」ということだ。もちろんこれまでの日本代表にも、あらかじめニアサイドに蹴るか、ファーサイドに蹴るか、誰を目がけて蹴るか、といった決まりごとはあった。しかし、ここまで多様なパターンで細かくデザインし、連動した動きを見せたコーナーキックはなかったのではないか。
高さで劣る日本代表がショートコーナーを使うことはあったものの、単にヘディング勝負を避けるだけの印象が強く、結局、中央に放り込むだけで得点の匂いは薄いのが常だった。それが久保の精度の高いキックによりパターンがグッと広がり、加えてペナルティエリアで脅威となるドリブルや「一瞬の発想力」が磨き上げられたことでショートコーナーの威力も段違いに成長している。そして何より、日本代表がそれを武器として磨き上げようとしている。それは、久保が思わず語った「あんまりいいたくないんですけど」というひと言からも明らかだろう。本気で秘密にしたいくらいのものを、いま彼らは作り上げているところなのだ。
私ならずとも、これまで日本代表を応援してきたサッカーファンにとって、日本のコーナーキックが世界の強豪国のように強ければと願ったことは何度もあったはずだ。そんな時代がもしかしたら、久保建英という才能を掛け合わせることによってついに実現するかもしれない。W杯本戦まで1年以上の期間があれば久保建英の語る「デザインしたコーナーキック」の選択肢も増え、その精度も上がっていくことは容易に想像できる。高さでは劣る日本代表が、長身有利の「コーナーキック」で世界を驚かせる日が来るのを、早くこの目で目撃したいものだ。
取材・文/綿谷 翔 撮影/藤田真郷