煙山光紀アナ(C)ニッポン放送 2026年に放送開始から60年を迎える“ラジオ野球中継の雄”『ニッポン放送ショウアップナイター』。「聴くプロ野球中継」を長年にわたってけん引してきた同番組の真髄に迫るため、ORICON NEWSでは今シーズン、実況アナウンサーへのリレーインタビューを敢行する。初回は、入社31年で、28日の開幕戦「巨人×ヤクルト」を担当する煙山光紀アナウンサー(62)。落ち着いたトーンと謙そんを交えながら、ニッポン放送の野球中継の歴史を感じるエピソードを数多く披露する。
【写真】笑顔で…ガッツポーズをする煙山光紀アナ■資料作りは新聞と球場での姿から… Mr.ショウアップナイターの教えを守り8時間睡眠
――実況を担当する日のスケジュールについて
日によって違いはありますが、ナイターの場合だと、だいたい朝の10時頃に起きています。まずは自宅で新聞を読んで、作っていた資料に足せるものがあるかと確認して、家を出て。そこから、お昼に当日の中継に向けた会議があるので、そのちょっと前に会社に行きまして、自宅では取っていない新聞にも目を通して、さらに資料の内容を充実させるようにしています。それで会議が終わってすぐに球場へと向かって、ナイターの場合だとだいたい午後1時くらいから、ホームチームの早出(はやで)の練習が始まっているので、その日の選手の表情などを確認しながら、一言・二言程度、話を聞けそうな雰囲気であれば聞いて…。
ホームチームの練習が午後3時くらいまであって、そこからビジターチームの練習もあるので、4時くらいまでは球場の様子を取材して、4時半くらいにはご飯を食べています。ご飯の取り方もアナウンサーによって、それぞれ違いがありまして、ガッツリ食べるという人もいるのですが、僕の場合はあまり食べすぎると頭が回らなくなってしまうので、軽めにしています。そんなことをしていると、すぐ5時になるので、現場ディレクターと最終的な打ち合わせをして、試合の10分前の午後5時50分から番組がスタートする…という流れですね。試合時間にもよりますが、試合が終わってから、資料をまとめたりして、就寝時間は午前2時くらい…というのが1日の流れです。
――当たり前ですが、実況を担当する前の準備もたくさんあるのですね。
今年63歳になる年で、若い頃のように遮二無二には動けないので、できる準備はなるべく前もってやっておくを心がけています。例えば「今年はスロー調整です」「初めてこんなことをやりました」など、どのタイミングで聞いても答えが変わらない質問ってあるじゃないですか?そういったことに関しては、オープン戦の段階で聞いておくとか。それを開幕までに、どれだけ貯められるか…というのもポイントかもしれないですね。
準備の話をここまでしてきておいて…なのですが、Mr.ショウアップナイターと呼ばれるアナウンサーの深澤弘さんという方の教えみたいなものが小冊子としてまとまっていて、ニッポン放送ではそれが代々受け継がれているんですが、まず書いているのは「とにかくよく眠ること!」なんです(笑)。やっぱり寝ないと頭の回転が落ちてきちゃうので、準備はもちろんなのですが頭と体のコンディションが大事。あとは、事前の準備というものも大切だけど、主役は試合の流れであって、流れによっては準備してきたものとは一切関係ないこともありまして。そこで無理やり、自分が準備してきたものを入れ込もうとすると、目的と手段が入れ替わってしまうので、そうはならないように…ということも心がけています。
■大失敗から1年後…ベスト実況が誕生「全部がそろっていた」
――以前、ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さんのとの対談の中で、煙山さんが「ショウアップナイターには歌舞伎の型のようなものがある」とおっしゃっていましたが、まさにそういった心得があるのですね。
僕は、ニッポン放送でサッカー実況もやっていて、サッカー実況はあまり前例がなく、、いろんな表現をしたりして「作っていく」という感覚で取り組んでいたんです。『ショウアップナイター』でも、はじめの頃は少し尖った表現なども取り入れてみたのですが、僕自身の体感では「野球にはそぐわない」と思った。それからは、オーソドックスにやるようにしています。
これも深澤さんの教えなのですが「ピッチャー、投げました!」というアナウンスが遅れないようにして「ピッチャー投げました!」のアナウンス後に、キャッチャーミットにボールが入る音もしくは打球音が聴こえる…ということはこだわっています。リスナーのみなさんに「聴かせる」ということに加えて、実況として、そこのアナウンスが遅れないことで、その後の打球への対応も遅れないんですね。とはいえ、1試合で260球くらいは訪れることなので、全球完璧にミスなしで終えた…ということはないんじゃないかな。他球場の情報を入れる、解説の方に話を振るとか、投球とタイミングが被っちゃうっていうことはありますからね。
加えて、イニングと得点はこまめに実況で入れることも教えられてきて、深澤さんの小冊子には「2分おきでも1分おきでも、とにかく頻繁に入れるべき」と書いています。途中から『ショウアップナイター』を聴き始めたリスナーの方が、なるべく早く知りたいのは「今、何回でどんな点差」なのかということですよね。だから、点数はもちろん、イニングの情報も抜けちゃいけない。例えば「2対1でジャイアンツがリード。そして満塁です」と伝えても、それが初回なのか8回なのかで、状況の重みが変わってくる。だから、イニングが抜けないというのも、投球のアナウンスが遅れないのと同じくらい『ショウアップナイター』実況の基本ですね。
ただ、これが難しくて、両チーム無得点の状況での「0対0です」という点数の部分が抜けやすい(苦笑)。入社して、放送で実況を担当する前に、先輩についてきてもらって球場で“練習”をするのですが、若い頃はいろいろと取材したことを入れ込んだりしたいから、ついついイニングと得点が抜けちゃって…。でも、聴いている人からすると、イニングと得点を知ることで舞台が整うから。点数がある時は意識できるのですが「0対0」は鬼門です。
――煙山さんご自身の実況で、忘れられない実況はありますか?
忘れられない実況ですか…。いいものと悪いものがあるので、それではまずは「いい方」から(笑)。2016年、広島が東京ドームでの巨人戦でリーグ優勝を決めた時の実況です。未だにあれが一番良かったな…というぐらいで、いい感じで入り込めたのと、試合に恵まれました。広島にとって25年ぶりとなる優勝、この年に現役引退する黒田投手が投げている、東京ドームが赤く染まっている…といった状況もよかった。当時、僕は54歳だったのですが、今よりもパワーがあって、中2日くらいでしゃべっていたので、ドラマ性からなにか全部がそろっていました。荒い所はあったかもしれないですが、集中もできていて、声もすごく出ていました。
逆に、ワースト実況がその1年前でした。その試合では、頭の回転がめちゃめちゃ良くて、はい、前のバッターの配給まで覚えたくらい。それでいい気になって、解説の方に「前の時はあれで打ち取りましたけど…」なんて振って。「オレつかんだぜ!」みたいな感じでやっていたのが、最悪の実況でした。一生懸命さがないんです。先ほど言った、基本であるイニング・得点の実況が抜ける、投球の実況も遅れるなど、雑でしたね。聴いている人をちゃんと想定しないで、自分に酔いながらやっていたなと。SNSをチェックすると荒れていたのですが、僕としては「みなさん、ちゃんと聴いてくれているのだ」という気持ちになりました。それが契機になって「もう二度と、あのような実況をやらないようにしよう」という気持ちになれたので、それが翌年のベスト実況にもつながったのかなと感じています。
■独自の視点が光った解説&実況 開幕戦の実況は「最も緊張します」
――ほかのアナウンサーの方の実況で忘れられないものはありますか?
松本秀夫さんが担当された、中日と日本ハムの2007年の日本シリーズです。山井投手が8回まで完全試合をしていたのですが、落合監督が9回、岩瀬投手へ継投し、そのことが翌日の報道などで大きな反響を呼んだ試合です。関根潤三さんが解説を担当されていたのですが「落合監督は、血の涙を流しての交代ですね」というようなことをおっしゃったんです。当時の意見としては「あそこで交代するなんて」というものが多かったと思いますが、関根さんならではの視点で解説をされて、それを松本さんも受け止めて実況された…ということが印象的でした。
山田透さんは「野球はワイド番組なのだ」というようなことをおっしゃっていたのですが、山田さんの実況を聴いていると、『ショウアップナイター』の本筋を外れることなく「きょうは、こういったところでお祭りがありました」みたいな情報も入れていて…。だから、山田さんの次の日に実況をする時は、プレッシャーがあります。実況とリポーターが入れ替わって行う形なので、前日に山田さんが実況ということは、必然的に僕の実況を山田さんがリポーターとして聴いている…ということでもありますから…。
――ラジオの野球中継ならではの「聴く野球」の魅力は、どこでしょう。
ラジオでは、ピッチャーが投げた球がミットに入る音、バットに当たる音、そして球場の熱気みたいなものが、テレビで見る時とは違う感じで伝わっていると思うんです。また、解説者の方の目線に則ったストーリーみたいなのがあって、そこから「この試合はこういう感じですよ」みたいなことを定義するところもあって、ただの客観だけではないと感じています。
僕が実況の練習をしている時、深澤さんから教えてもらったことのひとつに「「見えていないところ(ベンチワーク等)をしゃべりなさい」」というものがあります。機械的に、ベンチにどれだけ人数が残っていて、その中からこの人が出てきました…伝えるのではなくて、解説の方の見立てをもとに、監督はどのように考えていて、ピッチャーの継投をするのか、どういう意図があって代打を送るのか…みたいなところも含めて伝えることができたら、放送にすごく厚みが出ますよね。「ベンチには、AとBがいますけど、この後の継投はどうでしょう?」とか「ここでCを使ったということは、後ろのことを考えているのでしょうか」みたいな投げかけができると、聴き込み方が変わってくると思うので、野球の勉強も欠かさずしておく必要があるなと。
――最後に開幕戦での実況担当の意気込みを聞かせてください。
個人的には『ショウアップナイター』の実況では、やはり開幕戦が最も緊張します。今回、3度目となる開幕戦の実況ですが、過去2回やった中で、自分の中ではまだ改善するところもあります。開幕というのは、僕もそうですが、スタッフ全員も、まだ慣れていない状態ですよね。ただ、過去2回やってきて、開幕から逆算して何をどういう風にやるのかも経験してきましたので。目の前の試合はもちろん、プロ野球全体の雰囲気もお伝えできればと思っています。解説を担当される江本孟紀さんは「解説者は、アナウンサーが引き出してくれないと、力が発揮できない」とおっしゃっていますが、きちんと引き出せるように頑張りたいと思います。
【煙山光紀】
1962年7月2日生まれ。自身いわく「広島生まれの大阪育ち」。立教大学・経済学部経済学科を卒業。趣味は「漫画小説読み」「カラオケで知らない曲を即興ででたらめに熱唱」で、自己PRは「かなり間抜けだが、悪運が強い」