スギアカツキさんこの数年、情報番組や夕方のニュースの特集、バラエティ番組などで、“ご当地スーパー”がよく取り上げられている。そこでよく登場するのが、「スーパーマーケット研究家」のスギアカツキさん。この分野における第一人者の地位を築きつつある。
さて、スーパーの専門家として活動するスギさんのプロフィールには、「全世界のスーパー3万軒以上訪問」「東京大学農学部卒」といった気になる情報が並ぶ。いったいどのようなバックボーンを持っているのか。本人を直撃し、改めていろいろと聞いてみたい――。
◆スーパーのことが語れずして「食文化研究家」は名乗れない
――スーパーの企画に出演する際、スギさんの肩書きは「スーパーマーケット研究家」ですが、ご自身のSNSには「食文化研究家」「食育専門家」「長寿美容食研究家」「コンビニグルメ専門家」「ダイエットフード専門家」など、食にまつわるいろいろな肩書きがありますね。
スギアカツキ(以下、スギ):主な肩書きは「食文化研究家」でやらせていただいて。「食」はひとつの視点で語れないところに魅力があるんですよね。以前、家族のつながりで津田大介さんとお会いすることがあり、15年ほど前に「知識はもうAIに勝てなくなる時代が来る。昔のことはインターネットで誰でも調べられるから、今のことをリアルに語ることができて、その人にしか語れない話ができる方が信頼されるようになる」とアドバイスをいただいたんです。それ以来、子どもの好きな駄菓子の変遷でもいいし、牛丼やハンバーガーなど、ほんの小さな変化でもいいから“今”の情報にきちんと目を向けるようになったら、お仕事のオファーが途絶えなくなりました。
――そのなかでも、スーパーマーケットはお好きだったんですか?
スギ:私自身、スーパーが大好きですし、皆さんもスーパーを日常でよく使うと思います。需要があるからこそ、スーパー関連の企画への出演依頼が多くて、最近私は「スーパー専門のプロ」だと思っていただいていますよね。先日街中で会った見知らぬお子さまに、「あっ、スーパーのおばちゃんだ!」と言われましたが、そのように覚えていただいて幸せです(笑)。多くの人たちの生活に密着しているスーパーのことが語れないのに、「食文化研究家」と言ってはいけないなとも思っていますし。もちろん、スーパー以外の食分野にも精通していますよ。
◆幼いころは「果物の専門家になりたかった」
――そもそも、スギさんが「食」にまつわるお仕事にたどり着くまでのお話を聞かせてください。
スギ:私は商社勤めのサラリーマンの父と、専業主婦の母の家庭に生まれ育ちました。いわゆる教科書に出てくるような、一般的な核家族です。母は美術と料理が好きで、なぜか画材屋さんとスーパーをセットで行き、私はよくついて行っていました。そんな母の影響から、「食はアートのように自分で生み出すもの、いろんな食材があって自由で面白いな」という価値観が自然に根付き、毎日やってくる「食」に対して特別な興味を持つようになりました。
ちなみに幼いころから私は果物が大好きでした。ドラえもんの読みすぎもあり、便利な道具を使えば、「皮がない全部果肉のみかんって作れないのかな」「種のないリンゴくらい大きなサクランボが食べたい」などと思っていて、植物の研究をして、果物の専門家になりたいと思っていたんです。
◆東大を目指すきっかけは…
――東京大学を目指したのは、なぜでしょう?
スギ:高校時代、生物のカリスマ教師との出会いがターニングポイントかなと。いつも着物を着ていて、映画『極道の妻たち』に登場しそうな雰囲気の美しい女性の先生で。授業もいわゆる普通のカリキュラムではなくて、「生き物について自分で調べて思ったことを発表しろ」「真面目に考えてくれないなら私は教室から出ていきます」という独自の授業を展開していて、私のそれまでの人生で出会ったことのないような強烈な人物でしたね。その先生が東大卒で、「私も東大に行けば、こんな素敵な女性になれるかも」と憧れて、東大に行こうと思ったんです。
◆失恋を経て、人生観が大きく変わる
――東大に入学して、農学部に進まれましたが、どんな学生生活を送っていましたか。
スギ:大学時代にアルバイトをしていたのがスターバックスコーヒー。そこで気になる男の子ができて、バイト終わりにお茶をするくらい仲良くはなりました。でも、どうしても恋愛関係にはならずに、友人関係のまま。ある時、私は「こんなに仲がいいのに、どうしてこの先に進めないの?」と思い切って聞いてみました。すると、彼に「君はスーパーで大根1本がいくらするか知ってる?」と返されたんです。
それから、「例えば、一緒にご飯を作ろうとなった時に、予算2000円で食材を買ってやりくりして美味しいものを作るなんてこと、君は得意じゃないでしょ? 女性が美しいとか頭がいいとかを否定するわけじゃないけれど、一緒にいたい子は日常のことがやりくりできる子だし、人間としての魅力はそういうところにも現れると僕は思っている」と言われてしまって、ショックで……。人生の中で最も大きな大失恋でした。
――その男性も、すごいことを言いますね(笑)。
スギ:ただ、ものすごく説得力がありました。どんなに最先端の科学情報や遺伝子の知識やノウハウを知っていたとしても、「今のままでは人間としての魅力が全くないぞ……」と気付かされたんです。机上の勉強ができるよりも前に、リアルな暮らしが楽しみ、自分の生活をやりくりすることができないとダメなんだと。
そこで私は、学校帰りに毎日、御徒町のスーパー「吉池」に通うようになりました。とにかく品揃えがすごくて、鮮度も抜群。もちろん肉も野菜も素晴らしい最高のスーパーです。吉池で食材について知るようになり、他のスーパーはどうなっているんだろうといろいろなスーパーを巡っていくうちに、だんだんとモテ始めたんです(笑)。恐らく人としてのバランスが整ってきたんだと思います。それが20歳の時の話ですね。
◆東大院に進学するものの、研究者の道に進まなかったのは…
――学部卒後は大学院にも進まれるんですよね。
スギ:学部時代は食品工学、微生物発酵、醸造学など、食にまつわる勉強をしながら、遺伝子組み換え食品を軸に研究を進めていました。農学部での研究の対象は動物や植物になります。ただ、私はもっと「どうしたら健康で幸せになれるか」と人体に対する興味があって、大学院では人の体の仕組みや栄養学など医学系の勉強をするようになりました。
同時に、香りと嗅覚の研究も進めていたのですが、研究者になって東大教授を目指すというよりは、これだけ勉強して研究したことを社会に生かした方が自分らしくいられると思いました。ファッションが好きだったこともあり、人生の大半を白衣を着て過ごすことにも抵抗があったのかもしれません(笑)。研究者という目標を方向転換して、まったく別世界の企業に就職することにしました。
――食品関係の会社にお勤めされたんですか?
スギ:いえいえ、違うんです。一つの食品企業に就職してしまうと、食の世界を俯瞰してみることができなくなると考えていたので、まったく別業界です。マラソンが趣味だったので、走る練習をしながらスーパーをハシゴするのが楽しみのひとつでした。土日もスーパーを3〜4軒巡ったり、有休や夏休みなどを使って年に3〜4回は海外のスーパーを行脚したりしていました。
そこで、スーパーに関する知識はどんどん増えていくのですが、それを何かに活かせないかと考え、新しい発想で料理レッスンをはじめました。「結婚するんだけど料理が全然できない」という人には、「じゃあイチから一緒にやりましょう」と。「ダイエットしたい」という人には、「週に1回行くから、スーパーに行って、食材選びから一緒に始めよう」などということをしていたら、『SPA!』の編集者と知り合って、コラムを書かせていただけるようになりました。それが10年ほど前の話ですね。これが私の人生の転機になりました。
◆最低2〜3軒のスーパーに立ち寄るのが日課
――そもそも、行ったことのあるスーパーが3万軒というのもすごいですね。
スギ:それは、テレビに出演する時に、日本のスーパーの数が1.5万軒くらいあると言われたので、かなり網羅しつつも何度も行く店も多くあるので3万軒としたのですが、海外含めると実際はもっと行っています。今でも1日最低2〜3軒はスーパーに立ち寄りますし、海外でも1000軒以上は行っていますし。ただ、南米とアフリカはまだ網羅できていないので、今後行かないといけないなと思っています。特にアフリカは文明のルーツですからね。まだまだ未知のスーパーがあるかと思うと、ワクワクしますよね。
◆日本とは一味違う「海外のスーパー事情」
――あまり馴染みのない海外のスーパーについて教えていただけますか?
スギ:日本のスーパーに「所帯じみていてオシャレじゃない」といったイメージがある人、多いと思うんです。昔は私も実際にそうでした。ただ、海外のスーパーに行きだしてから、「ダサいイメージ」が覆ったんです。例えば、イギリスはスーパーの聖地で、スタイリッシュなオリジナル商品がズラリと並んでいます。
スーパーのプライベートブランド(以下、PB)は、ここ数年で日本にも根付き始めましたが、イギリスのスーパーでは少なくとも30年以上前からオリジナル商品を展開しています。例えば、イギリスのマークスアンドスペンサーというスーパーでは、9割以上がPB商品で、パッケージもすごくオシャレ。大学時代に初めてイギリスのスーパーに行って以来、素敵な場所なんだと気が付きました。
――イギリス以外にどこの国のスーパーが良かったですか?
スギ:ヨーロッパのスーパーはみんな素晴らしいですね。ダサいスーパーなんてひとつもないんです。チェコのプラハ、ポルトガルのリスボン、トルコのイスタンブール、フランスのパリ……人の暮らしや歴史を肌で感じることができ、どこも個性的でワクワクしました。ドイツのスーパーにはオーガニックのPB商品がたくさんありますし、特にフランスにはおしゃれなお菓子がズラリと並んでいるので、絶対にスーパーに行くべき。
日常の幸せがスーパーにあるんだと思わせてくれるような惚れ惚れする商品ばかりが陳列されていて、ワクワクしますよ。海外のスーパーも進化しているんだなと実感したのは、ニュージーランドのスーパー。栄養士さんと一緒に買い物ができるサービスがあるんです。自分の人生に寄り添ってくれるのは、夫ではなくスーパーなのかもしれないと思いました(笑)。
◆日本のスーパーも新たなビジネスチャンスがある
――日本も観光客が激増していますし、海外の方に向けてスーパーの魅力を打ち出していったほうがいいですね。
スギ:ズバリ、日本のスーパーには明るい未来があると思います。つまり、これから新たなビジネスチャンスがたくさんあるということ。海外に行くと、その土地の住民だけではなく、世界中の観光客もお土産を買うためにスーパーに来て、楽しそうに買い物をしているのですが、日本の多くのスーパーは日本人ばかり。おいしいものがたくさんそろっているのに、海外からの観光客にとってはまだまだ分かりにくいなと感じます。
先日行ったタイ・バンコクのスーパーでは、ドライマンゴーなどドライフルーツのセット、タイ料理のキットなど、お土産用の商品がちゃんと売られています。例えば、タイスキセットを買ったとしたら、野菜などを加えれば、すぐに調理できるようになっている。
一方、日本のスーパーで仮に乾麺の蕎麦を買ったとしたら、海外の人はどうやって食べればいいのかわからないはず。めんつゆと別々に売られているし、薬味をどうしたらいいのかもわからない。だから、めんつゆや乾燥薬味などをセットにして売ったら、観光客需要があると思うんですよね。道の駅や空港でやるよりも、リーズナブルなスーパーだからこそ強みがあると思います。観光客が多い地域やサービスエリアなどは、うどんやそうめん、ラーメンなどもセットで売るべきです。
◆日本のスーパーが目指すべき、次のフェーズは…
――そんなアドバイスができるのも、スーパーを知り尽くしたスギさんならではですものね。
スギ:例えばオーガニックのPB商品を作るとしたら、どんな売り場にしたらいいのか、どのように商品を陳列したら人に喜んでもらえるのかなどと、スーパーから相談されることが多くなりました。私は実際に海外のスーパーを見て、実際に商品を購入しているので、アドバイスをすると、真摯に聞いてくださります。日本でも今後は品質のよいオーガニック商品をうまく売るスーパーが増えてくると思います。
――日本の食文化は世界で有数のクオリティを持っているのに、チャンスを逃していてもったいないですね。
スギ:そうなんです。日本人の特性だと言えるかもしれませんが、「良いものは絶対に伝わる」「良いものを作っていれば黙っていても理解される」というものづくりの内に秘めた慎ましさによって、これまでスーパーも商品についてあまり喧伝してこなかったんですよね。
日本のスーパーは「安くて美味しいもの、上質なものを提供する」という第一フェーズはクリアできています。これからは「スーパーでの買い物が楽しい」「素敵なものを買えて嬉しい」「帰ってからも幸せ」という第二フェーズをどうしていくのかが課題になってくると思います。私はそういうシーンでも役に立てるよう、自分にしかない知見を深める毎日です。
<取材・文/高田晶子>
【高田晶子】
1982年、札幌市生まれ。中央大学卒業後から10年間、光文社『女性自身』記者として芸能人や美容・健康分野の取材を担当。2016年独立後、雑誌の取材に加え、写真集や書籍の構成・編集なども担当