天井近くまで積み上がったゴミの山 特殊清掃員、遺品整理士、そして真言宗僧侶の亀澤範行と申します。2007年に「関西クリーンサービス」を創業し、これまで10万件以上の特殊清掃、遺品整理、ゴミ屋敷清掃の現場に携わってきました。特殊清掃の現場で起こっている問題に真正面から向き合い、社会に警鐘を鳴らすべく、YouTubeチャンネル「関西クリーンサービス」(チャンネル登録者数15万人)で発信を続けています。
近年、“働き盛り世代のゴミ屋敷案件”が増えています。今回ご紹介する現場のご依頼者さまも、40代の男性でした。現場はなんと駅直結のタワーマンション。3LDKの90平米近い部屋が、ありとあらゆるゴミで埋もれていました。
かつては営業マンとして、年収2000万円を稼いでいたそうです。彼がゴミ屋敷の住人になってしまったきっかけは、何だったのでしょうか。
◆高級タワマンの内部で何が?天高く積み上がったゴミの山
依頼を受けて初めて現場に訪れたとき、私は思わず息を飲みました。想像していた「普通の片付け作業」とは、かけ離れた光景が広がっていたからです。
目の前には、天井近くまで積み上がったゴミの山。現場に向かう前は、駅直結という立地の良さや、タワーマンションという高級感から、「家財道具の片付けだろう」と考えていました。しかし、高さ2メートルほどのゴミに埋もれた部屋を見て、ただ事ではないと察しました。
どの部屋も似たような状況で、ゴミの上を踏みながら進むしかありません。とても生活できる環境ではなく、ご依頼者さまによれば、このゴミの上で寝起きしていたそうです。その証拠に、わずかに生活の痕跡を感じさせる窪みがありました。
ゴミ屋敷では、ハムスターの巣のような、人ひとりがすっぽり収まる窪みが部屋の中に作られていることがあります。そこが住人にとって生活の定位置となっているのです。
◆紙ゴミに埋もれた生活
積み上げられたゴミの大半が、雑誌や本、マンガなどの紙類でした。紙類は量が多くなると驚くほどの重さになるため、清掃作業ではもっとも厄介な存在です。現場によっては、何トンもの紙類が出てくることもあります。
衛生状態が劣悪なゴミ屋敷では、食べ残しの入った飲食物の空き容器が無造作に放置されがちです。今回の現場では、生ゴミが袋にまとめられており、散乱していた新聞が床を保護する役割を果たしたため、フローリングは比較的きれいな状態でした。
特徴的だったのは、通販の梱包資材の多さです。「人に会いたくない」とネット通販を利用して生活されていたため、あちこちに段ボールの空箱が散乱していました。
ゴミ屋敷の住人には、「一見社会生活を送れているように見えるが、自宅はゴミ屋敷」のパターンと、「何かしらの理由でひきこもりになり、ゴミ屋敷になった」パターンがあります。
この“ひきこもり系ゴミ屋敷住人”の場合、生活用品や食料の調達をネット通販やデリバリーで済ませる人が多く、今回のように段ボールが積み重なりがちです。人と接触したくない・家から出たくないといった理由から、置き配を利用される方ばかり。なかには、「人とすれ違う可能性があるから、宅配ボックスすら使いたくない」という人もいました。
通販やデリバリーの梱包材で部屋が埋め尽くされている“通販系ゴミ屋敷”の事例は、コロナ禍以降、増加傾向にあると感じています。
4日間かけて、4トントラック7台分のゴミを回収しました。作業でもっとも苦労したのは、ゴミの搬出です。マンションにはエレベーターが3基ありましたが、ご依頼者さまからの「近隣住民や管理人にバレないようにしてほしい」という要望に応えるため、目立たず、占領しないよう配慮。1階から27階を何度も往復する作業が、いちばん大変でした。
◆順風満帆な生活から一転、うつ病でひきこもりに
ご依頼者さまはマンションを購入した当時、大手上場企業の営業職として活躍されていました。若くして年収は2000万円を超え、仕事も順調。その勢いに乗って単身でタワーマンションを購入し、独身貴族の生活を満喫されていたそうです。
ところが、業務上の人間関係のトラブルがきっかけで退職することに。その後うつ病を発症し、人との接触が難しくなってしまいました。
一度は再就職したものの、心身の不調から上手くいかずに退職。自宅に引きこもるうちに、ゴミ出しすらできなくなっていったといいます。
「マンションのゴミ置き場に行くためには、エレベーターを使わないといけません。他の住人と顔を合わせるのが嫌で、最初は夜中にこっそり捨てに行っていました。でも、深夜でもエレベーターで誰かと一緒になってしまうことがあり、耐えられなくなって部屋にゴミを溜め込むようになったんです」(ご依頼者さま談、以下同)
清掃を依頼する契機となったのは、給湯器の故障です。室内に設置されていたため、ひきこもるようになってからは、居留守を使って設備の定期点検を断っていました。その結果、何らかの原因で給湯器が故障し、お風呂に入れなくなってしまったそうです。
「修理するためには業者を呼ばないといけない。けど、給湯器が収納されている扉はゴミに押しつぶされて開かない。こんな部屋を人に見せられないし、周囲に知られてうわさが立つのも嫌で。ちょうど、通院を始めて病状がましになり、『社会復帰に向けて頑張っていこうかな』と思い始めた時期でもあったので、意を決して依頼しました。うつの真っ只中のときは、真っ暗なトンネルの中にいるようで、誰にも相談できなかったですね……」
◆「もうローンも払えない…」崖っぷちの状況
今回は、“ご依頼者さまのこれから”を見据え、見積もりの段階からじっくり相談に乗らせていただきました。弊社では見積もりの際、まず現場へ赴き、ゴミの量や搬出ルートを確認します。今回の現場ではゴミが多く、さらに駅直結マンションのため搬出ルートが複雑で距離が長いこともあり、大量の人員が必要と判断しました。
ご依頼者さまから「お金がない」と打ち明けられたのは、高額になった見積もりを提示したときです。貯金を切り崩しながらの生活で、資金に余裕がないとのこと。私としても、放っておくわけにはいきません。詳しくお話を伺って明らかになったのが、「貯金が底を尽きかけ、もうローンも払えない」という、まさに崖っぷちの状況でした。
人が怖い、お金もない、ローンの支払いもできず、お風呂にも入れない。それでも周りには気づかれたくない。八方ふさがりな状況のなか、「死ねば保険でローンが払える。死んだほうがいいのかな」と考えるほど、ご依頼者さまは追い詰められていました。
ゴミ屋敷清掃は、ただゴミを片付けるだけの仕事ではありません。ご依頼者さまの生活や人生を立て直さなければ、根本的な解決にはならないのです。結局今回は、物件を弊社が買い取るという形で、彼の経済的負担を減らすことになりました。
引越し先についても話し合い、「無職で収入がないため、安い物件に移っても家賃を払うのは難しい」との判断から、マンションから10キロ圏内のご実家へ戻られることに。ゴミの片付けが完了した後、引っ越し作業も弊社で担当しました。
しかし高齢のご両親は、息子の帰りを快く思っていなかったようです。荷物を届けた際、お父さまが「このくそ馬鹿息子が! のこのこ帰ってきやがって! 死んでまえ!」と大激怒。ご依頼者さまは半泣きになっており、居合わせた私たちも「スタッフがいる前でそこまで怒らなくても……」と立ちすくんでしまいました。
後日、ご依頼者さまから「もし給湯器が壊れなかったら、片付けする気にもなれず、あのままゴミの中で孤独死していたかもしれない」とのお言葉をいただきました。大げさかもしれませんが、清掃を通じて人を救えた気持ちになった瞬間です。
◆タワマンブームの陰で起こりうる想定外のリスク
今回のようなタワーマンション内のゴミ屋敷は、ひんぱんに見られるものではありません。ゴミ屋敷の清掃依頼では、生活保護を受けている方や、ギャンブル・アルコール依存などが影響して部屋が荒れてしまうケースが多い傾向にあります。
高所得者かつ、築年数の浅いタワマンに住む方がゴミ屋敷に陥るケースは少ないため、珍しくて、尚且つヘビーな現場でした。ご依頼者さまが自分と同年代だったこともあり、「社会的に成功し、元気に働いていた人でも、何かのきっかけでここまで追い込まれてしまうんだ」と印象深かったです。
今回のご依頼者さまは、「恥ずかしくて誰にも相談できない。相談された側も困るだろう」と考え、誰にも頼れずにいました。パートナーや友人など、身近に相談できる人がいれば、状況は違っていたのかもしれません。
現在、タワーマンションの価格は高騰し続けています。しかし、病気などがきっかけでローンが払えなくなり、生活が一変してしまうこともあります。現在の収入を基準に単身でローンを組んでしまうと、予期せぬ出来事が起こったとき、最終的にマンションを手放さざるを得なくなります。
タワマンブームの中で、こうしたリスクについても、改めて考える必要があるのではないでしょうか。
<構成・文/倉本菜生>
【亀澤範行】
1980年生まれ、大阪出身。A-LIFE株式会社代表取締役。祖母の遺品整理を経験したことで、遺族の心労に寄り添う仕事をしたいと考え、2007年より個人商店として「関西クリーンサービス」を創業。2010年にはA-LIFE株式会社を設立し、本格的に遺品整理・特殊清掃の事業を開始する。YouTubeチャンネル「関西クリーンサービス」にて孤独死・ゴミ屋敷・遺品整理の現場を紹介し、社会に警鐘を鳴らし続けている。X:@KAMESAWA_Kclean