NTTドコモは、3月24日に英国に拠点を構えるColtテクノロジーサービスに対し、過払いになっていた接続料の返還請求訴訟を提起したことを発表した。
これに対し、Colt(コルト)も3月25日にプレスリリースでドコモに反論。ドコモが根拠とする総務大臣裁定を「不当かつ不公正なもの」(Coltのプレスリリース)として、裁定への不服を総務省と東京地方裁判所へ申し立てていることを明かした。
ドコモが訴訟を起こした背景には、Coltが提示した接続料の算定根拠が不明確だったことや、その接続料を発信者に還流させる「トラフィック・ポンピング」が発生したいたことがある。2021年には、Coltと契約を結んでいたとされるBISの実質的な経営者や社長が組織犯罪処罰法違反で逮捕されていた。
では、争点になっている接続料とは何か。トラフィック・ポンピングはなぜ起こったのか。その仕組みや訴訟の背景を解説する。
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●接続料とは何か? ドコモに過払い金が発生した理由
異なるキャリアの電話がつながるのは、お互いのネットワークが相互に接続しているためだ。これによって、ドコモのユーザーがau、ソフトバンク、楽天モバイルの電話番号に電話をかけたり、逆に電話を受けたりできる。ここで挙げたのはモバイルキャリアだけだが、実際には固定通信のキャリアとも相互接続をしている。今回、ドコモに訴えられたColtも、固定電話のサービスを提供している事業者だ。
ただし、この相互接続は無料ではない。日本では、発信側のキャリアは、着信側のキャリアに接続料を支払うルールが設定されている。これを接続料やアクセスチャージ、もしくはデータ通信と区別するために音声接続料と呼ぶ。例えば、ドコモの場合、一般の料金プランでは30秒22円という通話料を設定しているが、これは接続料の支払いまで加味した金額になる。
2023年度に総務省に届け出た2024年度に暫定的用される数値(税別)は、ドコモは1秒あたり0.041526円、KDDIは0.045747円、ソフトバンクは0.053904円に設定されている。3分あたりに換算した参考値はそれぞれ7.47円、8.23円、9.70円になる。実際の精算は総数を差し引きする形になるが、概念を理解しやすいよう、ドコモのユーザーがKDDIとソフトバンクのユーザーにそれぞれ3分ずつ電話したケースを見ていくと、以下のようになる。
まず、KDDIは3分換算の接続料が8.23円のため、ドコモは同社に対してこの金額を支払うことになる。ソフトバンクに対しては、9.70円。6分間の通話に対して、2社合計で17.93円の接続料がかかる。ドコモはユーザーに対し、税別で30秒20円を課している。そのため、6分で240円の収入を得られる。ここから、17.93円を引いた222.07円がドコモの取り分になる計算だ。
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逆に、ドコモがKDDIとソフトバンクのユーザーからそれぞれ3分ずつ着信した場合には、KDDIとソフトバンクから7.47円ずつを受け取る。合計額は14.94円だ。こうした持ち出しがあり、しかも従量課金になっているため、かつては自社ネットワークに限った通話定額も存在した。午前1時から午後9時まで、ソフトバンク同士の通話が無料だった「ホワイトプラン」はその一例。ウィルコム(現・ソフトバンク)の「ウィルコム通話定額」も、同様の理屈だ。
音声接続料の差が大きいことは、たびたびキャリア間の火種にもなってきた。特に、この額が最も安く、ユーザー数の多いドコモは、他社への接続料の支払いが大きくなりがちだ。2009年には、同社の経営企画部長だったドコモの加藤薫氏(後の代表取締役社長、現在は三菱UFJフィナンシャルグループ社外取締役)が、ソフトバンクの接続料が高すぎると名指しで批判したこともあった。今回、ドコモがColtに対して起こした訴訟は、この接続料の超過支払い文の返還を求める内容になっている。
ドコモの訴訟に話を戻すと、同社はColtに対して接続料が高止まりしているとして、協議を続けてきたものの、2015年以降の水準には合意ができていなかった。ただし、その場合でも接続協定に基づいて合意後の精算を前提に、最終合意年度の接続料を支払ってきた。その一方で交渉が不調に終わったため、ドコモは電気通信事業法に基づく総務大臣裁定を申請。Colt側が接続料の十分な根拠を提示しなかったことなどを理由に、総務大臣裁定では、NTT東西が接続料算定で採用する「長期増分費用(LRICモデル)」を使ってこれを確定させた。
総務大臣裁定は、その内容で合意が取れたと見なされるため、ドコモはColtに対して過払い分の返還を請求した。ところがColtはこの裁定を「不当かつ不公正」として、総務省および東京地方裁判所に不服を申し立てている。裁定が不服であるがゆえに、ドコモへの返還は行わないという理屈になる。
●トラフィック・ポンピングの背景に「従量課金の接続料」と「音声定額の登場」あり
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こうしたColtの対応に業を煮やしたドコモが、過払い金の返還請求を求める訴訟を起こした格好だ。過払い接続料の具体的な額は明かされていないが、BISの事件が発覚した際には4年半で100億円超の接続料が発生していたとされている。過払い接続料の請求期間はそれより長期、かつ総務大臣裁定ではColt側の接続料が適正水準を大きく上回っていたとされているため、数百億円規模になる可能性がある。
では、なぜドコモからColtに対して、そこまで大きな接続料が発生したのか。Coltは大手3キャリアほどの回線数を持っているわけではないため、通常であれば、そのトラフィックは微々たるものになる。この原因になったとみられているのが、トラフィック・ポンピングと呼ばれる行為だ。冒頭で述べたように、BISという事業者の経営者がこれによって逮捕されている。
トラフィック・ポンピングとは、不正に発生させたトラフィックで音声接続料の一部を得る行為を差す。なぜこんなことが可能なのかというと、キャリア各社が音声通話定額を導入しているからだ。ドコモの場合、eximoやirumoに対して「5分通話無料オプション」を880円(税込み、以下同)で、「かけ放題オプション」を1980円で提供している(ahamoは標準で5分通話無料が含まれるため、かけ放題オプションも1100円になる)。
この音声通話定額は、いわば“どんぶり勘定”で成り立っている。ユーザーによっては利益が出る半面、そうでないケースもあるということだ。先の述べたように接続料は従量課金になるため、音声定額を契約したユーザーが他社に対して大量に発信すると、定額料金を上回ってしまうケースがある。仮にドコモ発信でソフトバンクと10時間の通話をしたとすると、接続料だけで1940円(税別)が発生。かけ放題オプションの収益を相殺してしまう。
キャリア各社はこうしたリスクを勘案した上で、音声通話定額の料金を設定している。実際、日本通信がドコモに対して音声通話定額の提供を求めた際には、総務大臣裁定でその要求が却下され、音声接続料の値下げのみ実現した。これは、音声通話定額を提供するのであれば、その事業者がリスクを取るべきという考え方に基づいている。
ドコモと接続した通信事業者がドコモの回線を契約し、音声通話定額で自社に大量の電話をかけると、定額料の支払いだけで接続料だけが手に入る。上記のように、音声接続料が3分9.70円(税別)でも、10時間程度通話すれば、音声通話定額の“元”は取れてしまう。それ以上かければ、かけただけ“黒字”になる。Coltは、BISが行ったトラフィック・ポンピングの着信側通信事業者になっていた。
●歯止めがかけられた「着信インセンティブ契約」とは? 裁判のゆくえはどうなる
これだと接続料はColtにのみ入り、BISはドコモに対してユーザーとして音声通話定額の料金を払うだけになってしまう。この2社を結び付けたのが、「着信インセンティブ契約」だ。これは、着信事業者が発信事業者に対して、トラフィックに応じた料金を支払う契約を意味する。ドコモ、Colt、BISのケースだと、ColtがBISと着信インセンティブ契約を結び、ドコモからColtに入る接続料に応じた対価を受け取っていた。
Coltを介することで、BISがドコモからの音声接続料を不正に得ていたというわけだ。ドコモによると、この着信インセンティブ契約をBISと結んでいた事実は、Colt側も認めているという。一方で、契約の目的などは守秘義務を理由に開示を拒否している。Coltは、BISの不正が発覚後、契約を解除したとしており、ITmediaの取材に対しても「トラフィック・ポンピングには一切関与していない」とコメントしている。
ただ、現時点では何を目的とした着信インセンティブ契約だったかは明かされていない。また、BISへのサービス提供終了は、「経営陣に対する刑事事件の情報を把握した時点で」(Coltのプレスリリース)としており、それ以前にドコモからの着信が急増したことを疑問視していなかったこともうかがえる。ちなみに、2024年9月には、トラフィック・ポンピングを防ぐことを目的とした着信インセンティブ契約を規制するガイドラインが策定されており、現在では、こうした行為は業務改善命令の対象になる可能性が高い。
今回の訴訟は、総務大臣裁定に基づく過払い接続料の返還を求めるもので、Coltがトラフィック・ポンピングに関与していたかどうかを問うものではない点には留意が必要だ。一方で、ドコモがColtの着信インセンティブ契約を強く問題視し、トラフィック・ポンピングの要因になったと考えていることも行間から伝わってくる。実際、ガイドライン策定後にトラフィック・ポンピングの疑いがある事業者と協議をした結果、ドコモからのトラフィックが約90%も急減したという。
とはいえ、キャリア間の音声接続料には依然として差がある上に、大手キャリア以外の非指定事業者には接続料水準の規制もかけられていない。そのため、手法を変えた新たなトラフィック・ポンピングが起こることも考えられる。現状では、ドコモやKDDIの提案が実り、お互いに接続料を求めない「ビル&キープ方式」も選択できるようになったが、事業者間の協議が必要になることもあり、原則化には至っていない。訴訟の結果によっては、この議論が再び注目を集める可能性もありそうだ。
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