画像はイメージです僕に職歴を書かせたらその数で右に出るものはいない。現場仕事から工場系、ホテル清掃からオフィスワークまで26年間の人生で経験した仕事はバイトも合わせれば20をゆうに超えている。
世の中は、「ブラック企業」「人手不足」というような言葉に代表される仕事への悲壮感に溢れているが、本当の絶望はそんな優しいものではない。石の上にも3年なんて通説は真っ赤な嘘で、3日で逃げるべき仕事が世の中にはたくさんある。
2025年現在、日雇いバイトやハローワークにも平然と求人が載っていて誰の身にも起こりうる危険な仕事を給料や待遇を交えてリアルに紹介したい。
◆出会いは日雇いバイトから〜魚加工場
とにかくお金がなかった。数年前の流行り病で突然会社が倒産して、生活費を工面できずたくさんの借金をした。気を取り直して色々な仕事をしたものの、根性も気力もなくどの仕事もすぐにやめてしまった。翌月払いに耐えられる支払い能力がなかった僕は、いつしか面接に行くのも嫌になってしまって日雇いバイトで日銭を稼ぐ生活を送ることになった。そんな中で出会ったのが都内近郊の魚加工場である。
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★誰でもできる簡単なお仕事★
魚を箱に詰めていくだけの簡単なお仕事!
早く終わっても日当保証で嬉しい!
勤務地 :千葉県某所
勤務時間:12時〜18時(残業が発生する可能性があります)
日当 :7500円(交通費込み)
休憩 :なし
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この求人を見つけたのは、連日の日雇い労働による筋肉痛で悶えていた深夜のことだった。
都内でなかったため、自宅からは離れていたものの、それを除けばかなりの好条件だった。日雇いバイトアプリには引っ越しや事務所移転、什器運搬などの重労働の求人が多く、肉体的な負担の少ない箱詰め作業などは見つかるだけでラッキーだった。僕は早速数日後の求人に応募し、数時間後に勤務確定のお知らせと、現場に着いた際の担当者の連絡先が記載されたメッセージを受け取った。
◆いざ、魚加工場へ
当日電車をいくつか乗り継いで加工場に着き、担当者の電話番号に電話をかけると目の前で電話に出るひょろっとした50代ぐらいのおじさんがいた。こちらを一瞥するなり電話を切り、「僕小林! 日雇いの子だよね! 一緒に煙草吸う?」とはにかんだ。昔寿司屋で働いていたことや体力には多少自信があることを話すと「そうなんだ!じゃあまた応募してよ!」と眩しい笑顔で話す小林さんを見ていて“当たりバイト”であることを確信した。
そのまま煙草を吸い終わって工場に入ると社長が待っていて「おお!若い!」と言いながら僕に作業着を渡して作業場へ連れて行った。作業場のテーブルには所狭しとまな板が置かれ、その上にはサメの切り身がずらっと並んでいた。
◆“簡単な仕事”ではあったが…
「千馬君、今日はこれ全部箱に入れてもらうから。とりあえず見せるね」
そう言って社長は段ボール箱に50枚数えながら切り身を入れ、その上からビニールを被せて同じ手順をもう一度繰り返した。「100枚入れたらこの箱は黄色いテープでふたして台車ね。これだけ、簡単でしょ?」そう言ってそのまま出ていった。
横で聞いていた小林さんが「僕は他の社員と隣の作業場にいるから切り身の数が合わないか、終わった時に声かけてね!」と出ていった。そうして作業台には僕だけが取り残された。
作業自体は説明の通りで難しくなく、黙々と3時間ほど作業を続けていたら全てを箱に詰め終わった。ボケっと立っていても時給は出ないので、小林さんに声をかけにいくと、そこには怒号が響いていた。
◆同僚が凍った海老で殴打されていた
「山下さあ! いつになったら作業早くなんだよ!!!!」
そう言いながら、とうに還暦を過ぎたであろう同僚山下さんを冷凍された海老で殴っている。飲食で大型の海老を扱った方には伝わると思うが、凍った海老は単に硬いだけでなく鋭く尖っている箇所もあり、それで人を殴ったら殺せてしまう鈍器のような食材だ。山下さんは抵抗するでもなく、ただ足をガタガタと震わせながら「痛た……すみません」とうつむいていた。
声をかけられずに立ち尽くしていると、僕の気配に気が付いた小林さんが「千馬君、もう終わったの? じゃあもう作業終わりだし煙草吸いに行こうか!」とはにかんだ。その爽やかな笑顔のさっきまで老人を海老で殴打していたのと同一人物とはとても思えずぞっとした。いち早くこの職場を離れたがったが、誘いを断ったら殴られるかもしれないと思い、にっこりと笑って首を縦に振った。
喫煙所に着くなり「千馬君さあ、山下の代わりに社員やらない?」と言ってきた。聞くと山下さんは5年間ほとんど仕事を覚えられずに毎日ああして殴られているらしい。その真剣な眼差しに思わず「もう何度かバイト来てから決めてもいいですか?」と答えてその場を後にした。
そうして帰宅する頃には7500円が振り込まれていて、バイトとしては楽だしもう少し継続的に行ってみるかという気持ちになった。この気の迷いが地獄の始まりだったのは後に知ることになる。
◆「週休2日で28万円」の条件につられて…
結局何度も魚加工場に通った。毎回3時間ほど箱に魚を詰めるだけで7500円の給料が出るし、山下さんが日々魚や段ボール、海老などで殴られていること以外に不満はなかった。そうして10回ほどバイトに行った頃「千馬君、前の話考えてくれたかな? 山下が来月やめちゃうんだよ」と小林さんが声をかけてきた。「待遇から聞かせていただけたら嬉しいです」と返事をするとすぐに手を引いて社長の元に連れていかれ「千馬君入ってくれるみたいっすよ!」と無責任に言い残して作業場に消えていった。
「待遇、こんな感じなんだけどどうかな?」
言うなり自社サイトの求人内容を見せられた。
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勤務日 :週5日(月〜金)完全週休二日制
勤務時間:8時〜17時(休憩1時間)
給料 :280000円〜
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「午前中は倉庫の整理と業者から来る荷物の搬入してもらって、午後からは日雇いの子の指導と山下がやってる魚とか海老のカットを補助してもらう。気になったらバイト終わった後とか見てってもいいから!」
求人を見て心が揺らいだ。週休2日で28万円ももらえる仕事は高卒の僕にはなかなかないし、これだけ収入があれば当時付き合っていた彼女との結婚も考えられると思ったのだ。小林さんは僕に対して友好的だし、ちゃんと仕事を覚えればあんな風に殴られることもないだろう。
「わかりました、やりましょう!」
そう返事をしたことを数年経った今でも後悔している。
◆社員になった途端、態度が急変
そうしてまんまと社員になった僕は、朝の出社15分前に間に合うように職場に向かった。そして予定通りの時間に到着すると、小林さんが鬼の形相で腕を組んで仁王立ちしている。
「千馬! 遅えよ!!!」
早いねと感心されるような時間ではないにせよ、遅いことなどあり得ないだろう。時計を二度見すると小林さんは僕の胸倉を掴み「新人は1時間前には来るもんだろうがよ」と言う。人当たりのいい友好的な小林さんはどこへやら。あまりの人の変わりように震えあがった。
ひとしきり小言を言われたあと「倉庫に案内するからついてこい!」と言われ冷凍倉庫を案内された。かつて山下さんを殴打していた海老や白身魚の入った箱が所狭しと並んでいて、加工する分の食材を台車に乗せて加工場に運んだ。
◆日雇いバイトとの間に流れる不穏な空気
「遅えよ! 元気ねえな!」
こんな感じで道中何回か食材で頭を殴られながら午前の作業が終わった。昼飯と煙草休憩を挟み、午後からは食材の加工に入る。加工したものは夕方か、翌日の朝に業者が取りに来るため結構なスピード勝負だった。バイトに来ていた時、箱に詰めていた魚の切り身を用意するのは午前中の社長の仕事だったので既に終わっていて、自分が加工場に入る前に日雇いバイトの子を呼んで説明した。
「この切り身を1段50枚、2段にして計100枚入れてね。隣の加工場にいるから終わったら声をかけに来て」
「へーい」
明らかにやる気がない。舐め腐っていた。日雇いバイトには人当たりがいいはずの小林さんもそのバイトの子を睨みつけていて、明らかによくない空気が漂っていた。だが箱詰めを終始見守るわけにもいかないので小林さんとその場を離れ、食材の加工を始めた。
この加工場でいう食材の加工は、冷凍された食材を糸鋸で調理しやすい大きさや形状に加工することで、糸鋸でカットした食材を手渡されて箱に詰めるのが新人である僕の仕事だった。そしてその日は海老のカットを山のようにする日だった。まず海老の足を切断し、そのまま身を半分にする。これを4時間ひたすら続ける。
◆“ぶん殴られた”バイトは病院送りに…
海老の裁断を半分ほど終えた頃「千馬、ちょっとバイトの様子見てこい。あいつ舐め切ってたからな」と僕に指示した。あまり気が進まなかったが様子を見に行くと、バイトは作業台に座ってスマホを眺めている。作業もまだまだ残っている状態で。僕は思わず声を荒げた。
「なんで終わってないのにスマホいじってんのよ。早く作業進めて!」
「……チッ」
舌打ちされてしまった。しかも作業を再開しようともしない。何を言っても無駄そうなので、そのまま加工場に戻ってスマホに夢中で作業が進んでいないことを報告。すると、小林さんはすぐにバイトに詰め寄り「てめえふざけんじゃねえよ!」とバイトの顔を原型がなくなるまでぶん殴った。僕も騒ぎを聞きつけた社長も必死に小林さんを止めたがもう手遅れで、バイトは白目を向いたまま泡を吹き、救急車で運ばれていった。
このまま業務も中止になればよかったが、納品しなければいけない海老の裁断がおわっていない。社長は小林さんを僕に任せてどこかへ行ってしまった。小林さんはぶるぶると手を震わせながら再び海老を手に取り、糸鋸での裁断を再開した。
◆作業する手が急に止まった、恐ろしすぎる理由
作業を再開して10分が経った頃、小林さんは徐々に普段の作業スピードを取り戻して作業に没頭していたが、急にその手が止まった。小林さんの視線の先にある海老に目をやると、ごつごつした指がくっついていたのだ。それが小林さんの指であることに気が付く頃には、小指の付け根からだらだらと滝のように血が流れ始めた。
だが、声を上げるでも苦悶の表情を浮かべるでもなく、ただそこに立ち尽くしている。僕がその場で救急車を呼んだあと、小林さんは無表情のまま一言「お前今日は帰れ」と呟き、傷口を洗いにいった。僕もその場に留まっているのが嫌で逃げるように帰った。そのあとのことはよく知らない。
結局次の日は最寄り駅まで行ったものの、出勤する気が失せて帰ってしまった。糸鋸で切ってしまった指は二度と戻らないし、仮に小林さんがやめてしまったら、次に小指を落とすのは僕のような気がして恐ろしかった。社長の番号から鬼電がかかってきていたけれど、着信拒否して家に帰った。心なしか、空がいつもより青いような気がした。
<TEXT/千馬岳史>
【千馬岳史】
小説家を夢見た結果、ライターになってしまった零細個人事業主。小説よりルポやエッセイが得意。年に数回誰かが壊滅的な不幸に見舞われる瞬間に遭遇し、自身も実家が全焼したり会社が倒産したりと災難多数。不幸を不幸のまま終わらせないために文章を書いています。X:@Nulls48807788