
筆者のような老いぼれメディアは、いまだに釜本邦茂の幻影を追い求めている。
公称179cm(おそらく180cm超)の体躯はがっしりしており、対戦したDFが口を揃えて「まるで樫(かし)の木にぶち当たるような感覚だった」とこぼすほど強烈だった。
右45度から放つ正確無比のシュート、無敵の空中戦はいわゆる正統派9番で、日本では二度と現れそうもないタイプだ。しかし、今は違ったタイプのアタッカーに、北中米ワールドカップの日本代表を託したくなってきた。
前田大然──。評価、爆上がり中。
ほんの数カ月前までは、前線のスイッチャーだった。ファーストディフェンダーとしてプレスをかけると、チーム全体が作動する。
|
|
3月25日のサウジアラビア戦(北中米ワールドカップ・アジア最終予選)でも、彼の足色は驚異的だった。初速でトップギアに入れたり、徐々に圧を強めたり、局面に応じてプレスのかけ方に変化をつけていた。この動きが前田の強みであり、所属するセルティックでも一目置かれている。
「ダイゼンは常に期待以上だ」(ブレンダン・ロジャーズ監督)
「ダイゼンは驚くほどタフだ。試合開始から終了まで走り回っているのに、ほとんど息があがらない」(カスパー・シュマイケル)
また、『BBC』(英国公共放送)が「マエダこそが攻撃の起点」、高級紙『The Gurdian』も「フィジカルと運動量は世界でもトップクラス」と、派手な報道を好まない両メディアの絶賛も、今日の前田を証明している。
果てしなく続くハイプレスと常人とは思えない運動量は、かねてから高く評価されてきた。一部では「守れるキリアン・エムバペ」なる呼ばれ方もしている。さらにケガに強く、セルティック移籍後は長期欠場が稀(まれ)だ。首脳陣にとって、非常にありがたい存在である。
しかも、今シーズンは得点力が開花した。セルティックの公式戦で42試合28ゴール。昨シーズンまでの3年間は合計28ゴール。驚異的な伸び率だ。アーセナルとフランス代表で一世を風靡したティアリ・アンリからも「ストライカーらしいストライカーに成長した」とお褒めの言葉を頂戴している。あのアンリに、だ。
|
|
【無尽蔵のスタミナには舌を巻く】
「なんとなく、わかってはいますけど......」
前田は好調の要因をはぐらかしているが、決定機で落ち着きが感じられる。昨シーズンまでは肩に力が入りすぎてボールをミートできなかったり、コントロールが長くなりすぎたりして、せっかくのチャンスを逸するケースも少なくなかった。
しかし、今シーズンはリラックスしており、ボールをミートできている。コントロールもブレなくなった。古橋亨梧がレンヌに移籍し、プレーエリアがサイドから中央に変わったことも、前田にとっては追い風だ。
サウジアラビア戦ではポストに嫌われたものの、右足の一撃はストライカーらしい迫力が感じられた。
さて、日本代表のセンターフォワードは上田綺世(フェイエノールト)が一番手、前田は現状ナンバー2か。周囲との連係を踏まえ、サイドや中盤の主力と多くの時間を共有した上田が有利なのだろう。だが、前田には驚愕のデータがある。
|
|
【第3節/アタランタ戦】41回(第2位)
【第4節/ライプチヒ】42回(第2位)
【第5節/クラブ・ブルージュ戦】37回(第2位)
【第6節/ザグレブ戦】42回(第2位)
【第7節/ヤングボーイズ戦】45回(第1位)
【プレーオフ第1戦/バイエルン戦】53回(第1位)
今シーズンのチャンピオンズリーグにおける、前田のスプリント回数だ。リーグフェーズ全8節のうち5回がトップ2内。バイエルンとのノックアウトフェーズ・プレーオフ第1戦で堂々の1位。無尽蔵のスタミナには、舌を巻くしかない。
このスプリント力を、日本代表でもっと生かして見てみたい。右から伊東純也、前田、三笘薫の「爆速3トップ」は、ワールドカップ本大会までに一度は試したい並びである。
今シーズンの覚醒によって、前田は移籍市場の「推奨銘柄」になりつつある。チャンピオンズリーグでバイエルンを苦しめたことにより、ブンデスリーガのクラブが食指を伸ばしているとの情報が飛び交い始めた。
プレミアリーグの各クラブも黙ってはいないだろう。古くは岡崎慎司、直近では遠藤航、三笘などの活躍により、日本人の価値が見直されている。ケガに苦しんでいるとはいえ、冨安健洋も高く評価される選手のひとりだ。
【フィットしそうなクラブは?】
前田のハイプレスは、全クラブが欲しているに違いない。ただ、近代フットボールのウイングは、決定力と打開力が求められている。リバプールのモハメド・サラー、アーセナルのブカヨ・サカが好例だ。マンチェスター・ユナイテッドのアマド・ディアロやマンチェスター・シティのジェレミー・ドクなども、いずれワールドクラスに変貌しうる逸材だ。
残念ながら前田には、彼らと伍す力はまだ備わっていない。だが、スプリント能力なら圧倒的に上まわっている。
たとえば、ニューカッスルならフィットするのではないだろうか。今シーズンのリーグカップ優勝でエディ・ハウ監督の続投は決定的だ。ハイライン・ハイプレスを用い、テクニシャンよりもハードワーカーを重用する指揮官なら、前田の持ち味を前線中央で引き出せるような気がしてならない。
アレクサンデル・イサクの去就が微妙とはいえ(アーセナル移籍の噂あり)、前田の強烈なプレスで生じるギャップ、スペースに、強面のジョエリントンとブルーノ・ギマランイスが襲いかかる。左サイドからアンソニー・ゴードンがカットインし、強烈なシュートを放つ。
一度ボールをクリアされても、前田は足を止めずに相手DFを涼しい顔で追い込むだろう。ニューカッスルの本拠セント・ジェームズ・パークに「ダイゼン! ダイゼン!」のコールが張り響く......想像するだけで身震いするではないか。
昨年夏、セルティックからブライトンに移籍したマット・オライリーは、絶妙のボールタッチで首脳陣の信頼を得ている。前田も続きたいところだ。セルティックとの契約は2027年6月まで残っている。ロジャーズ監督は「ダイゼンには残ってほしい」と訴える一方で、「好条件のオファーが届いた場合は......」引き留めが難しいことも示唆していた。
前田は10月で28歳になる。セルティックにすれば「売りどき」だ。ロジャーズ監督の言葉を借りるまでもなく、好条件のオファーは移籍のトリガーになる。レンヌに去った古橋は1000万ポンド(約19億5000円)だった。前田は1100万ポンド(約21億4000万円)前後と推測されている。
リッチなプレミアリーグにすれば、バーゲン価格だ。