フィオレンティーナ時代のムトゥ氏 [写真]=Getty Images 現役時代にセリエAで活躍した元ルーマニア代表FWアドリアン・ムトゥ氏が、現役時代の過ちを振り返った。27日にイギリス紙『テレグラフ』が伝えた。
現在47歳のムトゥ氏は、母国でデビュー後、インテルやヴェローナを経て、2002−03シーズンに加入したパルマでリーグ戦31試合18ゴール12アシストの大活躍を披露。2003年夏に大型補強の一環でチェルシーに加入し、新天地でも上々のパフォーマンスを見せていた。
しかし、2004年10月のドーピング検査でコカインの陽性反応。7カ月の出場停止処分を言い渡され、2005年1月にチェルシーを退団した。
その後、ユヴェントスを経て、2006年夏に加入したフィオレンティーナで再ブレイクを果たす。同クラブでは在籍4シーズンで公式戦通算143試合に出場し、69ゴール29アシストを記録した。
そんなムトゥ氏は『テレグラフ』紙のインタビューに対し、「チェルシー時代のコカイン摂取は、私のキャリアの中で最悪の決断だった」と語った。「(ロンドンでは)孤独で悲しかったが、うつ病でも何でもなく、自分の行動を正当化するものではなかった」と過去の過ちを悔やんだ。
「助けを求めるべきだったのに、求めなかった。しかし、人生では何事からも学ぶものであり、その教訓は私をより、成熟し、自覚のある良い人間にしてくれた。それを誇りに思うよ。私は過ちを犯し、道を踏み外し、その代償を払った」
「油断していたんだ。私生活が激動の時期にチェルシーにやってきて、あまりに多くの言い訳と嘘にとらわれている自分に気づいた。あまりにも若く、あまりにも孤独だった」
もし状況が違っていたら、バロンドールを受賞する可能性があったかもしれない。ムトゥ氏はそう振り返る。「そのことは何度も考えたことがある。1シーズン以上、私は世界最高の選手の一人だったと信じている。だから、バロンドールも簡単に獲得することはできていただろう。だが、悪い決断がそれを阻んだ。そのことで自分を責めないようにはしている」
一方でムトゥ氏は、「チェルシーでの話からもう20数年も経っている。あの時も、そして何年もの間、特にあなたの国(※イギリス)の報道では、私について多くの嘘が書かれてきた。もうこの話はうんざりだ。私は前に進んだし、彼らもそうあるべきだ。それ以来、私は何度も表彰され、多くのことを成し遂げ、人生を完全に立て直した。私は本を書いたし、今は私の人生についてのドキュメンタリーなどを撮影している。私は当時過ちを犯したが、より強く、より賢く立ち直った」と、いつまでも過去の過ちが擦られることへの不快感も隠さなかった。
引退後に指導者の道を歩むムトゥ氏は「現在、多くの一流監督がプレミアリーグのクラブを率いているし、外国人監督がリーグをより面白く、より良いものにしてきた。間違いなく、私のキャリアにとって大きなステップになるだろう」と、将来的なイングランドでの監督就任には前向きだ。そして、自身の経験から、若い選手たちを一人の人間として育てることへの意欲も示している。
「私のアカデミーでは、良いサッカー選手を育てたいが、同時に良い人間も育てたい。人間的な側面を抜きにして、サッカーの才能だけを伸ばしても意味がない。私は選手として、理解されることなく何度も批判された。そして、自分と同じような苦しみを他の人には味わってほしくないということを学んだ」
「サッカー選手として、私は多くのことを見ることができなかった。また、当時は準備ができていなかった。年月が経つにつれて、その時期に犯した過ちに気づいた。後悔していないと言ったら嘘になるけど、どう対処していいかわからなかったことだった。今は、違う視点からすべてを見ることができる」
【動画】フィオレンティーナ時代のムトゥ得点集