デジタル技術の進化によって近年、至るところで目にするようになったデジタルサイネージ。ミニストップは、LMIグループ(以下LMI、東京都港区)が展開するリワード提供型リテールメディア「トクスルビジョン」(旧AdCoinz)を導入した。リテールメディアに注目が集まるばかりだ。
多くの会社がデータを切り売りして収益をあげているのに、データを提供する消費者はリワードを何も得ていない──。この課題から着想し、リワードによって還元する仕組みを実現したのがトクスルビジョンだ。LMIの共同創業者である望田竜太副社長にインタビューした。
●リテールメディアは4年で6倍強に成長 三方よしのビジネスとは?
Googleを中心とする「検索広告」、Facebookやインスタグラムに代表される「ソーシャル広告」に続き、Amazonを中心とした「第3のデジタル広告の波」といわれるのが「リテールメディア」だ。ECではAmazonが自社の消費者のデータを活用したEC広告など、膨大なトラフィックデータを有する小売業者が、自社で得られる「ファーストパーティデータ」を用いた広告ビジネスを展開している。
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デジタルマーケティング事業などを展開するCARTA HOLDINGS(東京都港区)が発表した「リテールメディア広告市場推計・予測2021年−2027年」によると、新型コロナ禍が終わった2023年のEC事業者の市場規模は3405億円。それが2027年には7942億円と、約2.3倍に伸びるとしている。一方、店舗事業者の市場規模は同220億円から同1390億円と、6.3倍にも成長すると推測。両方合わせて1兆円規模の市場になると予測している。
●広告主、リテール、消費者 三方よしのビジネスモデル
LMIが開発したトクスルビジョンは、消費者へのリワード提供型広告を展開する新しいリテールメディアだ。消費者、広告主、リテールの3者を効果的に結び付けることが特徴で、リテールを訪れる消費者に、QRコードのスキャン、アプリのダウンロードなどのアクションを通じて、その場で使用できるクーポンといったリワードを提供している。
一方の広告主は、そのような購買意欲の高いリードの獲得と広告効果の評価に関するデータを収集。リテールは広告収益を得るほか、リワードを活用した追加の購入を期待できる仕組みだ。望田副社長は「広告主、リテール、消費者の三方よしのビジネスモデル」と胸を張る。同社はこの仕組みの特許も取得した。
LMIの収益構造は2段階制だ。「1段階目は、広告主は客が店内ディスプレイを視認することを前提とした最低出稿料を支払います。2段階目は、例えば、1ダウンロードあたり200円をLMIに支払うというものです」
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リワードは、例えば200円のうち50円分を充てる。もちろん、契約内容で金額は変わるものの「リワードは広告費の一部に含まれていますから、広告主としての追加負担がないので、広告を出すハードルが下がります。1カ月100万円以下から始められます」
さらに「リテールの立場からすると、店舗に置いてない商品の広告を出してもらうことになりますが、自店で利用可能な割引商品を出してもらえるのなら、顧客満足度を高められます。割引を負担するのは広告主なので、自らの損益計算書の数字を傷めずに済むのです」とメリットを強調した。
●パイプラインは5万店
2025年2月に導入したカフェ・ベローチェでは、レジ横に広告配信用のデジタルサイネージを設置。某大手企業の音楽アプリのダウンロードを促す広告など、ベローチェを訪れるサラリーマン層にマッチ度が高い複数の広告を配信している。 広告主である某大手企業は、自社のターゲットに近いユーザーが多いカフェへの出稿により、効果的なリード獲得が可能。一方のリテール側は、レジ横のスペースを活用することで広告収入を得られるとともに、広告に連動したキャンペーンによる追加購入の促進が期待できる。
トクスルビジョンを導入した店舗数は、2024年12月現在、3041店舗。総トラフィック数は月間3127万人に達する。「今のパイプラインでは、ホテル、カフェなど5万店舗ぐらいあります。LMI独自の投資なので、きちんと効果が出る店、なんらかのリアクションが起きそうな店舗に絞っています」
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この仕組みと親和性が高いのは、店舗を訪れる顧客と広告の業種との相性だという。リワードを受け取るには、フォーム入力やアプリのダウンロードなどが必要となるため、顧客が「このサービスなら登録してもいい」と感じることが重要だからだ。
QRコードをダウンロードしてもらうためのUI設計は、緻密だ。『行動経済学が最強の学問である』(SBクリエイティブ刊)の著者である行動経済学のコンサルタント、相良奈美香氏の協力を仰いで開発しているという。
「まずQRコードを大きくしないといけません。サイネージを見るのはせいぜい2秒です。その短時間で、最初に伝えなければいけないことを入れます。店舗のイメージカラーになじんでしまわないように気を付けつつ、赤、青、緑、ピンク色あたりを採用しています」
●カメラが客の動きを把握
LMIはもともと1987年に群馬県で孫請けの看板工事会社として創業。その後、事業を拡大させ内装工事、ディスプレイなどの事業を拡大してきた。その間、不安定な下請けの立場ではなく、発注元と直接やりとりをする関係を構築し、経営基盤を強化してきた。
2014年にはデジタルサービスを開始して、現在は店舗空間づくりや装飾を手掛ける「インストアマーケティングソリューション事業」、データをもとに店舗空間や接客の改善を支援する「CXコンサルティング」、そして店舗空間に新たな収入源を生み出す「リテールメディア事業」の3つを展開している。
その結果、ユニクロ、マクドナルド、ロレアル、三井不動産、セブン‐イレブン・ジャパン、楽天など約1200社の取引先を持つ。「年間1万件に上る案件がありまして、今では道を歩いていると『あの看板は私たちがやった』『このサイネージも手掛けた』という感じです」
デジタルサービスにおいて、2015年くらいからAIカメラを使ったビジネスに参入した。ただ技術も確立しておらず、思ったように収益を上げられずにいた。しかし2020年の新型コロナウイルスの感染拡大によって、AIカメラの市場が一気に動いたのだ。「店舗などの入口で体温を計ったのを記憶されていると思いますが、それに対応していたのがAIカメラです。設置店が爆発的に増えていきました」
AIカメラは、その名の通り、カメラ内にAIを搭載していて、店内で客の動きを把握できる。2018年ごろからAIカメラが急激に進化した。利用客の目線をチェックするだけで、実際に視認したかどうかが分かるという。それほどの高い精度を誇るそうだ。「LINEともつながっていることで、一度、ダウンロードすれば、プッシュ通知できるのも強みです」
●データを駆使した小売業は評価されるべき
実際AIカメラを通して、店舗前の人の交通量、店舗に入ってきた数、客の購入履歴など、たくさんの情報を得られる。「GAFAはデータビジネスによって高い評価を得ています。私たちも多くのデータを持っていますから、GAFAのようにデータを活用するビジネスをしていくという考え方に切り替えられれば、小売業の売り上げはさらに伸びる余地はあると思いました」と、参入しようと考えた理由を語る。
サードパーティークッキーの廃止も追い風になった。「基本的に多くの企業が、広告データを取得するためにサードパーティークッキーを利用してきました。ですが今は、法規制によりデータを取れない方向性になっています。現在、使われ出しているリターゲティング広告はクッキー利用と比べると精度が落ちるので、広告主は代替できる新しい広告を探すだろうと思っていました」。その答えの1つがリテールメディアだったのだ。
●客に声かけをしてもらえるようにできるか?
トクスルビジョンはコンバージョン型の広告であり、その先には大きな市場が広がっている。しかも特許を取得しているため、同じビジネスをするにはLMIと組むしかない。もし、特許を回避する形で似たような仕組みを構築しても、ディスプレイ、配線などの室内工事は外注するしかない状況だ。ところがLMIは祖業が看板であることから、設置工事はお手の物であり、大きな強みとなる。
望田副社長によれば「導入店舗で働くスタッフが、客に声をかけるとコンバージョンする確率が上がる」そうだ。ただ、LMIもさすがにクライアントのスタッフに「客に声をかけて、コンバージョン率を上げる努力をしなさい」と指示することはできない。その意味で、LMIの営業担当者と取引先の社員教育担当者が、どれだけ密にコミュニケーションをとれるかが一つのカギとなりそうだ。スタッフに客への声掛けをしてもらうようにできるかが、肝になるかもしれない。
(武田信晃、アイティメディア今野大一)
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