パナソニックホールディングス(HD)が、2024年度の第3四半期決算発表の席上で、大掛かりなグループ経営改革の実行を明らかにしました。このタイミングで大改革に取り組む最大の理由は、2022年4月に移行した持ち株制の下での戦略の進行に、齟齬(そご)が生じたことにあります。
【画像】パナソニックHDが示した「解決すべき課題」と戦略(計2枚)
楠見雄規社長は「重点投資領域での不振」「各事業会社の成長投資が収益で結果を出せていないこと」「事業会社ごとの間接機能強化で全体の固定費が増大したこと」を、同社が解決すべき課題として説明しています。
足元、第3四半期決算の数字で見ると、連結ベースの売り上げこそ前年同期比1%減の2兆1526億円となったものの、営業利益では同4%増の1323億円。税引前利益でも前年同期同水準の1447億円を計上しており、決して危機的な状況にあるわけではありません。それがなぜ今、抜本改革なのでしょうか。
その疑問をぶつけられた楠見社長は「当社は30年間成長できていない。投資をして一時的に販売が上がっても、すぐに棄損(きそん)することの繰り返し。市場からも厳しい目で見られている。赤字になってからではお金も時間も余裕がなくなるので、利益が出ている今こそ」なのだと、その理由を語りました。
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●「ライバル」ソニーとの差は広がるばかり
確かに、かつて家電メーカー大手としてしのぎを削ったライバルであるソニーが、2001年の「ソニーショック」に端を発した長い冬の時代を乗り越え、今や時価総額は20兆円超に達しているのに対して、パナソニックHDのそれは20年前からほとんど変わらない、約4兆円で推移しています。
その開きたるや、実に約5倍。ソニーがこの20年間で、スクラップ・アンド・ビルドおよび選択と集中を繰り返し、今や家電メーカーからグループの総力を結集して総合エンタメ企業へと生まれ変わったのに対して、パナソニックHDはいまだに明確な進路が見えていないのです。
そのパナソニックHDを今こそ変えるのだと、楠見社長が掲げた大改革の骨子は、先の3つの課題に対して「重点投資領域としてソリューションに注力する」「課題事業の施策実行により競争力を強化する」「リーンな(無駄がない)本社・間接部門を実現して固定費構造を改革する」というもの。
中でも注目は、課題事業の施策実行として、持株会社化の際に家電復建を賭けて創設した事業会社パナソニックを一旦解消して再構築するという点でしょう。
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●3つの分社で最も注目なのは?
現在5つの分社から成っている事業会社パナソニックは、再構築により家電の「スマートライフ」、空調などの「空質空調・食品流通」、照明の「エレクトリックワークス」(それぞれ仮称)の3事業会社に再編するとしています。3社の中で最大の目玉は、テレビ事業を含め白物・黒物国内販売部門のBtoC家電事業をまとめる、スマートライフ社でしょう。
パナソニックHDの祖業でありながら現状で最も課題山積の事業であるわけで、これをいかに再生あるいは整理するのかが、今回の改革において最も重要なポイントでもあるのです。
家電事業の再建について、楠見社長は「ジャパンクオリティをチャイナコストで実現することが必要」と説明しています。さらに、事業会社から「パナソニック」という名前が消えることや、テレビ事業の売却・完全撤退も辞さないという発言もあり、今回の改革に賭ける並々ならぬ決意が感じられるところです。
ではこの大改革は、果たして成果を出せるのでしょうか。それを考える上で気になるのが、同社の組織改革の歴史です。パナソニックは、その歴史自体が組織改革の歴史ではないかといえるほど、事あるごとに組織改革を実行してきました。
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●1933年に「事業部制」を採用
その始まりは、創業者で「経営の神様」として知られる松下幸之助氏の時代にまでさかのぼります。幸之助氏は、1933年に組織の拡大に伴い独自の発想でいち早く事業部制を思い付き、これにより培われた部門ごとの「自主独立経営」の精神はパナソニックのDNAとして長く受け継がれています。
その後、大阪万博が開かれた1970年を機に、わが国の景気が急速に後退し、第1次オイルショックが追い打ちをかけた後の1975年に幸之助氏は「総括事業本部制」という事業部制を発展させた組織改革を断行しました。これは48の事業部を3つの総括事業本部に再編し、3人の副社長に管理させる、というものです。
景気減速の危機下で、幸之助氏が直接3幹部に指示を出す「番頭経営」を形作った組織改革です。幸之助氏の強いリーダーシップで組織を活性化させ、狙い通り効果を発揮しました。こういった幸之助氏の経営手法は「トヨタ生産方式」とともに「日本的経営」の代表的成功例とされました。
これらの成功体験が、戦後の経済成長が途絶えたバブル経済崩壊後にパナソニックの経営を翻弄することになります。
金融危機後の不況下にあった2001年、時の中村邦夫社長は事業部制における管理業務等のダブりが非効率であるとして廃止。しかし2013年には、リーマンショックの後遺症と円高不況による過去最大の赤字決算を受け、津賀一宏社長が「原点回帰」の旗頭として事業部制を復活させます。
2017年に事業部制はより強固なカンパニー制に移行しますが、大きな成果を見せることがないまま2021年に廃止。2022年4月に持株会社制に移行して現在に至っているのです。
●「神様」の呪縛から脱却できるか
このように、わが国の経済が低成長期に移行した2000年以降の四半世紀における同社の組織改革の変遷を見ると、創業者由来の事業部制に翻弄されながら、結果的に経営が足踏み状態を続けてきました。その観点からは、「神様(=松下幸之助)の呪縛」ともいえそうな「経営の迷走」から脱却できるか否かが、パナソニックの長期停滞から成長軌道への変革へのカギを握っているのではないかと思えるのです。
しかし今回の改革案を見てみると、まだいくつかの点で「呪縛」を解く力強さとスピード感に欠けていると感じさせられます。
「ソリューションに注力する」とした「重点投資領域」ですが、まず何よりソリューションビジネスへの注力という考え方自体が、これまでの延長線に過ぎず新鮮味に乏しいといわざるを得ません。また「エネルギーソリューション、SCMソリューションを中心としてAI活用により」という方法論も具体性に欠け、とりあえず流行りのAIにも言及しましたという程度に聞こえてしまう物足りなさが漂っているのです。
「固定費構造を改革する」という点に関しても、事業部制やカンパニー制を展開するたびに何度となく問題点として挙げられてきたものであり、一度はそれがゆえに事業部制を廃止した過去があったわけです。それでも再び事業部制に回帰した裏には、メリットの方が大きいと考えたからではなかったのでしょうか。
この点を問題視する今さら感の強さには、あらためて「呪縛」の存在を感じさせられるところです。今一度ゼロベースで、望ましい組織体制の在り方を考える必要性もあるのではないかと考えます。
コストの問題に関しては、製造工程において「ジャパンクオリティをチャイナコストで実現することが必要である」と明言しているわけですが、固定費構造の改革だけでチャイナコストが実現できるとは到底思えません。製造コスト削減において、いかなる策を考えているのでしょうか。
DX・AI活用といった言葉は使いながらも、この点において具体策が見えておらず、現状では絵に描いた餅の域を脱していない、といわざるを得ないでしょう。
●結局「先送り」していないか
最もひっかかるのは、テレビ事業をはじめとした「課題事業」への言及です。特にテレビ事業に関しては、持ち株会社化を柱とした3年前の中期経営計画スタートの段階で、非コア事業に区分けして再生に取り組みながらも、いまだに道が開けていません。
この状況下で、「売却も辞さず」としながらもなお、その処遇については新たに設立されるスマートライフ社の2025年度中の判断にゆだねるというさらなる先送りのスピード感のなさは、いかんともしがたいです。ここにもまた、創業者時代からの祖業である家電事業の処遇をもてあます「呪縛」が見え隠れしています。
改革案では2028年度に営業利益ベースで3000億円以上増益の達成を目指すとしていますが、これは現状の2倍弱。一筋縄ではいかない高い目標です。しかし、証券市場では「パナソニックの名称に固執しない」「テレビ事業も売却の覚悟」が好感されたのでしょうか、株価は上昇に転じています。
好感する市場に落胆を与えずに改革を進めていくためには、楠見社長自らのリーダーシップの下、まずは2025年度中に「課題事業」の見極めをどれだけ早く、どれだけ明快に具体化できるかにかかっているでしょう。今度こそ「呪縛」との決別を形にできるか否か、注目して見守りたいと思います。
(大関暁夫)
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