
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「組合の次の目標」について。
* * *
春闘の回答が芳しい。連合傘下の労働組合は平均6.09%の賃上げを要求した。6%を超えたのは32年ぶりだ。それに対し、当稿執筆時点(第2回集計)では回答の平均が5.40%だ。満額回答も相次ぎ、企業によっては組合の要求を超えた回答もあった。
これは目標が低かったのではないかと思うものの、何より注目は中小企業の状況だ。連合傘下では組合員300人未満の企業でも平均4.92%の賃上げ回答があり、昨年から大きく率を上げた。賃金改善の内訳は、賞与よりもベースアップが大きい。
2024年にも大幅な賃上げは実現したが、物価上昇に追いつかなかった。実質賃金はマイナスが続き、現在も家計が楽になったとの感覚をもつひとはいない。
|
|
しかし、2025年の賃上げが5%前後になれば、年の後半にはいよいよ実質賃金が恒常的にプラスになると予想する向きは多い。
個人的な話。私は大企業で働いたあとに、零細企業に入社した。頭ではわかっていたが、初めて「給与って伸びないこともあるのか」と実感した。
交渉しないまま何年間も同じ給与で働くひとがいる。不景気の時代は交渉しても「じゃあ辞めてくれていいよ」と冷たい。日本では社員を解雇できないといわれるものの、中小零細企業では「お前なんてクビだ」といわれても、裁判をする気力もなく、労働基準監督署に駆け込む余裕もないケースが圧倒的に多い。
いっぽう大企業は大企業で、定期昇給があるためベースアップに無頓着なひとが多かった。しかし、いよいよ人手不足が恒常化し、賃金を大きく引き上げるタイミングにきた。高圧経済(金融・財政政策により経済に圧力をかけること)の成果が出てきたということか。
ところでコロナ禍がはじまったころ、「満員電車で社員を通勤させるな」と経営者や労働組合に提案する文章を書いた。現在、経営陣がリモート勤務からオフィスに回帰させようとしているが、労働環境の条件交渉も労働組合の役割のひとつだろう。
|
|
この話で注目したいのは"静かな退職(Quiet Quitting)"だ。
数年前から聞かれる米国発祥の言葉で、「実際に退職するわけではなく、企業に属しつつも退職したかのように必要最低限の仕事をこなす」スタイルを指す。高度資本主義の雄である米国で、この2020年代に、働かないという「反動」が出てきたのは感慨深い。
マックス・ウェーバーは、16世紀の宗教改革以前は「働きたくない」という気持ちをもつことが神の意向として尊重されていたとする。労働は罰だった。
しかし、のちにプロテスタントの禁欲的に仕事に打ち込む精神が、資本主義の基礎を作ったと指摘した。「稼いで拡大していく」正当性が宗教的に認められたのだ。
それが現代になって、各国でワークライフバランス=働き方改革という名の「働かせない改革」が起きた。"静かな退職"の登場は当然の帰結だろう。いや、ある意味では各企業が引き起こしたとさえいえる。
|
|
賃金は上がる、人手不足は続く、となった場合。組合にとっては、長時間労働を厭わずに研鑽を目指すひとにはその環境を、逆に"静かな退職"者には会社行事に参加しなくていいなど働きやすい環境を求めるのが、次なる真の労働改革だろう。「やる気」ベースの賃金交渉にとどまらず、個々人に合った環境整備を。
写真/時事通信社