※写真はイメージです(以下同) 夢洲会場は、埋め立て途上の湿地であるため建築の基礎工事が難航している。「大屋根リング」下の盛り土がどんどん削れ土台がむき出しとなり、各国パビリオンの工事遅延や計画見直しが相次ぎ問題となっている。
「日本の建築業界に対して、経済性や機能性を軽視しデザインや流行を優先する傾向がある」
そう指摘するのは、建築エコノミストで一級建築士の森山高至氏。森山氏に大阪・関西万博の夢洲会場の問題について語ってもらった。
(本記事は、『ファスト化する日本建築』より一部を抜粋し、再編集しています)
◆軟弱地盤の夢洲会場
海中を埋め立て途上ということで地盤と呼べるような土地ではなく、マヨネーズ状とかお汁粉状とも呼ばれるような湿地かつ溜め池のような状態であった。
通常、埋め立て地を次の利用方法を検討し建物を建てられるようになるまでは、水抜きと盛り土の繰り返しによって、十数年以上はかかるものなのである。
想定している地面の高さまで土を盛っても、盛った土の自重で沈みはじめ、初年度は10数メートルの高さが沈んでしまう。
土を盛る、沈む、水を抜く、また土を盛る、また沈む、また水を抜く、といった作業を延々と繰り返し、初年度で十数メートルだった沈下量は徐々に減っていき、2年目数メートル、3年目1メートル数十センチ、以降は数十センチの地盤沈下を繰り返しながら、ある程度の土地の固さになるまで十数年はかかることを想定しているものなのである。
つまり、未だ充分な土地の強度に至っていないものを、半ば強引に土地改良を施し万博会場として活用しようとしたわけである。
それは、地盤の問題である。万博というイベントが、いわば単純なお祭りやフェスティバル、コンサートやダンスといった陸上の競技イベントならば、まだなんとかなったかもしれないが、万博はパビリオンを建てる。参加各国が建築をするのである。
実は、筆者も2年前にある万博参加国家からパビリオン設計と工事会社の選定の依頼を受けた。そのときに各国のパビリオン出展のための要項を入手し、その内容を確認してみたが、驚愕した。土地の状態が予想以上に悪く、さらに基礎工事に関しての取り決めが非常に不利なのである。
◆各国パビリオンの工事が進まない理由
パビリオンに限らず建築をするうえでもっとも障害となるのが土地の問題だ。
土地が充分に硬く平らであれば、建築の基礎は本当に簡易になる。最終的に建築物や中に入る人や物の重量はまず床が支え、最終的に地面が支えるものだからである。
地面が斜めや段差になっているだけで、建物の重量をバランスさせるには基礎や杭に負担が生じる。ましてや、海上の埋め立て地のように固い地盤まで海の底からさらに、ヘドロや粘土などの柔らかい堆積層を経て、やっと到達するような土地では、杭の長さが建物の高さ以上になってしまうこともある。
それが夢洲の場合、50メートルもの深さになるという。これでは、パビリオン建築のようなせいぜい2階建て、3階建ての建築では割りに合わない。地下に向かって打つ杭は、20階建て以上の長さになるからだ。
しかも、建設時に打った杭は万博終了後に抜かなくてはならないという決まりである。
そもそも、杭の引き抜きは再開発の現場などで、古いビルなどの地下埋設物がどうしても邪魔になる際にやむなく実行するぐらいに、非常に難しく工事費もかかる工事なのである。そうなると、ほとんどのパビリオンは杭を打たないで建設を講じるしかない。
◆突如会場に現れた木造リング
万博誘致の時点では土地の全てが埋め立てられた状態ではなく、未だ埋め立て途中を想定し、当初は会場のほとんどが水中に浮かぶ島々のような構成をとる多島海を会場デザインのテーマとしていた。
多島海を成り立たせているのは、「ボロノイ分割」という、数学的な面積分解であると同時に自然界に発生する有機的なパターンをも示していたものだった。
同時に会場構成に中心を設けないという考えも画期的なものであったろう。
東京オリンピック2020におけるメイン会場としてデザイン発表された有機的デザインの新国立競技場と同様に、万博誘致成功のひとつの鍵であったはずのアイデアが、紆余曲折や妥協の繰り返しなのか、デザインの内容が変質されてまったく違う物になっていた。
◆会場を取り巻く木造リング案の功罪
それは、会場を取り巻く木造リング案に変わってしまったのである。国際的な文化の違いや参加する企業のテーマ、様々なデザインや形状、構造方式や素材や色彩が異なる万博パビリオンはさながら建築の仮装パーティのようなものである。
視覚的にバラバラな要素を、それぞれの良さを活かしながら、いかにひとつの統一的な秩序やつながりに表現するのかが、いわば会場プロデュースの醍醐味である。
そういった意味では、全周2キロという大きなリングの視覚的効果は絶大で、特に空撮による視認性は高く、一見してそこが会場と分からせるものとなっている。
しかしながら、今回の関西万博におけるパビリオン工事は、工事の遅れだけでなく、計画の見直しや、予算の不足によって、やむなく個別パビリオンから共同建物への移行決めた国々もいる。
◆パビリオン建築のファスト化
また、パビリオン建設に悩む国々に、独自パビリオンを諦めるように勧めてしまった結果、長屋型のテナント展示スペースや、タイプXと呼ばれる簡易な倉庫形式の箱型パビリオンなど、ドラッグストア型のファスト建築が、会場内には思いの外増えてしまっているのである。
その一方、軟弱地盤であることの情報を早めに摑んで、基礎の地盤対策を早期に行えた日本側の企業パビリオンなどでは、自重の軽い建物で現代的にデザインされた斬新なパビリオンを建設したが、そのほとんどはリングの外にある。
そのため、リング内には凝ったデザインのタイプAパビリオンと、四角の倉庫型建築が接しながら、狭い通路を隔てて同居するという配置となってしまっているのである。
◆「大屋根リング」パビリオン建築のファスト化を隠す
それらがまだ、地上からの視点だけであったなら、建物の壁面の装飾やサイン、ラッピングによりまだ個別の表現も活きたと思われるが、リングから会場全体を見下ろすことができるために、低い箱型の黒やグレーの四角い平たい屋根が数棟も連続してしまっており、斬新なパビリオン建築の競演という意味では残念な結果となっている。
そうしたデザイン性の有無による建築の質の違いを、丸という強い形と木の柱や梁で出来たジャングルジムのようなリングの空間で覆い隠してしまっている。
結果として、そうした個別のパビリオン建築のファスト化を見えにくくしてしまっているという意味では、万博の本質である各国パビリオンの存在感を覆い隠す効果を発揮しているのは皮肉なこととしか言いようがない。
本来ならば、参加各国の文化や現代社会におけるテーマ性を造形や空間表現として、来場者に対し示すパビリオン建築の方がメインであるべきで、それを囲む会場の城壁としての木造リングのほうばかりが注目されるようでは本末転倒なのである。
<文/森山高至>
【森山高至(もりやま・たかし)】
建築エコノミスト/一級建築士
1965年岡山県生まれ。88年早稲田大学理工学部建築学科を卒業後、齋藤裕建築研究所に勤務。独立後は戸建住宅から大型施設まで数多くの設計監理業務に従事するかたわら、建築と経済の両分野に精通した「建築エコノミスト」として地方自治体主導の街づくりや公共施設のコンサルティングにも従事。いわゆる「新国立競技場問題」「築地市場移転問題」では早くからその問題点を指摘し、難解な建築の話題を一般にも分かりやすく解説できる識者としてテレビやラジオのコメンテーターとしても活躍する。
主な著書に『非常識な建築業界/「どや建築」という病』(光文社新書)、『ストーリーで面白いほど頭に入る鉄骨造』(エクスナレッジ)など。