日本を訪れたインバウンドの数は、2023年の約2507万人から2024年は約3687万人へと急増している。一向に解決しないオーバーツーリズムや、人手不足にあえぐホテル・飲食店など、日本の観光産業は、まさに問題山積の状況だ。
【画像】平日の日中でも混雑する横浜中華街。オーバーツーリズムや人手不足など日本の観光業界が抱える問題を、どう解決すべきか(筆者撮影)
日本の観光業が抱える問題点と処方箋を1冊にまとめた書籍『観光“未”立国〜ニッポンの現状〜』(扶桑社新書)が、このほど発売された。著者で立教大学経営学部客員教授や、観光庁・文化庁、富山県など多くの地域の有識者・アドバイザーなどを務める永谷亜矢子さんに、著書の内容に即して話を聞いた。
●欧米豪を狙うのが正しいとは限らない?
――著書の中で、さまざまな問題提起をされていますが、特に興味深かったものの1つが、「インバウンドに向けたターゲット設定は正しいのか」という問いです。最近の日本の観光業界では、長期滞在してお金をたくさん使ってくれる欧米豪からの客を呼べと、お題目のように言われていますね。
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もちろん、これから伸び代のある欧米豪を狙うのは悪いことではないのですが、ちょっと違う見方をしてみるべきではないかというデータがあるのです。観光庁の統計による国籍・地域別の訪日回数を見ると、韓国、台湾などは日本に来るのが4〜9回目がボリュームゾーンになっていて、香港に至っては10回以上という人たちが全体の4割を占めるなど東アジアの国・地域はリピーターが多い。対して、欧米豪は初訪問の人たちが6〜7割を占めています。
しかも、インバウンド市場は、韓国、中国、台湾など東アジアの人たちが全体の7割を占めているわけです。このような状況に鑑みると、特に地方のインバウンド観光で、東アジア市場を置いて欧米豪を重視しすぎるのは、マーケティングとして合っているのかという疑問が湧きます。
――なるほど。しかし、欧米豪は長期滞在してお金を落としてくれるから、その市場を広げようという考え方も合理的なように思われます。
実は、その前提も疑ってみるべきなんです。「欧米豪の人たちは何泊もするから、観光消費額の総額が大きい」という考え方は間違っていないのですが、1泊当たりの消費額にならしてみると、次のようになっています。
●国籍別・一泊当たり消費額
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・韓国:2万7638円
・台湾:2万8518円
・香港:3万2027円
・中国:3万0601円
・米国:2万3559円
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(出典:【インバウンド消費動向調査】2024年7-9月期の調査結果 1次速報 観光庁)
「欧米豪はお金使うよ」といわれてきましたが、上の数字を見る限り、そうでもなかったということになりますね。
しかも、欧米豪の人たちは、次も日本に来てくれるか分からないし、また、訪日1回目の人はどうしても都市部の観光中心となり、地方へはなかなか行ってくれない。つまり、オーバーツーリズムの解消にもつながりません。そうであれば、何回も来てくれている東アジアの人たちの中でも高単価の人たちにリピートしてもらうのを促す方が、マーケティングとして理にかなっているのです。
●デジタルデータの不備
――その視点は目からウロコですね。ちなみに、今の話に関連しますが、インバウンドが地方に周遊しにくいのには、どういった問題があると思いますか。
二次交通の不備や、ガイド、ランドオペレーター(旅行会社や観光客の依頼を受けてホテルやレストラン、交通等の手配・予約などを受け持つ)の不足など、いろいろな問題がありますが、一番はデジタル上に観光データが整備されていないために「行きたい場所」を探せず、現地にたどり着けないことです。
現在、インバウンドはFIT(個人旅行)が8割以上を占め、彼らは「旅マエ(旅行する前)」や「旅ナカ(旅行中)」にSNSやGoogleマップなどのデジタルツールを駆使して情報を収集しています。駅や観光案内所に紙のパンフレットが置かれていても、現地に来てからでは遅いわけです。来る前にその土地の魅力をデジタルで訴求できるようにしておかないと。
――具体的には、どのあたりのデジタルデータを整備すべきですか。
今さらではありますが、観光協会のWebサイトをスマホ対応にして正確な情報を掲載し、最新化するだけでも十分に効果があります。これからはAI検索が主流になると思われますが、AIとて、情報がそもそも存在していなかったり、情報が誤っていれば正しくアウトプットしてくれませんから。こうした基本中の基本のことが、まだまだできていないのです。
それとSNSの運用も重要です。インバウンドを対象とした「旅マエにもっとも役立つ情報源」を調査した観光庁のデータによれば、SNSが口コミサイトや旅行会社のHPなどを上回って1位になっています。デジタルでの窓口は、今やSNSです。それなのにSNSを活用していない自治体がとても多いのが現状なのです。
さらに「旅ナカ」で使われるツールはGoogleマップですから、お店や観光施設の情報を正確にしたり、質の良い口コミがたくさん付くようにする努力も必要です。
――自治体による情報発信は、ツールだけでなく情報発信の在り方にも改善すべき点がありそうですよね。
その通りです。滋賀県を例に出して恐縮ですが、滋賀をPRするならば、「滋賀・びわ湖に来てください!」と言うよりも、京都と絡めて「京都のすぐ隣です! だけど京都とは違う文化があります」と訴求した方が、PRとして効果的なのは明らかでしょう。自分の自治体単独でPRする必要は全くないのです。
また、京都は観光コンテンツが盛りだくさんですが、「足りていないものは何か?」という視点で見ると、温泉が少ないわけです。
もちろん、嵐山などにはありますが混雑してるし、天橋立など京都府北部まで行けばいい温泉がありますが、電車だと特急で2時間もかかります。
一方、滋賀県には雄琴(おごと)温泉という素晴らしい掛け流しの温泉がありますが、電車で京都駅から5駅、わずか20分で行けてしまうのです。
――なるほど。それならば「京都観光で疲れた人は、滋賀の雄琴温泉へ」と誘客し、これをフックとして周遊してもらえば効果的ですね。
そう。必要なのは、より広域でお金を落としてもらうという視点を持つこと、さらに外から見た自分たちの土地の価値、つまり何で勝負するのかをきちんと見定めることだと思います。
●富裕層向け戦略、正しいか?
――今回の著書でもう1つ興味深かったのが、「富裕層向けの事業が実態に即してないのではないか」という問題提起です。
そもそも現地に安いツアーや観光コンテンツが足りていないのに、マーケティングがゼロの状態から、いきなり振り切って高額なコンテンツを作ろうとするといった傾向に危うさを感じます。
富裕層のニーズを肌感覚で理解するには、その人たちと同じ、あるいは近しい体験を経験しておくべきだと思うのですが、現実はそのような経験や視点を持っていない人たちがよく分からないまま手をつけ、「富裕層向け」とされる高額な商品を作っています。
また、宿・ホテルに着目すると、1泊2人1部屋で7万〜15万円前後のミドルクラスの部屋にまだまだ空きがあるのに、一足飛びに20万円以上の高級ホテルだけを売ろうとするのはどうなのでしょうか。
最高クラスの部屋なんてそんなに数があるわけじゃないし、サービスに対応できる人材も少ない。さらに言えば地元資本じゃないケースが多い。それよりも先にミドルクラスの部屋の空き室率を下げる努力をして、地域全体にお金が落ちるようにしたほうがいいのです。
「富裕層観光」を掲げて超高級ホテルだけの誘致・集客をしても、地域側の分裂の原因となるし、日本全体では高単価インバウンド層はまだまだこれからなので、全体最適という視点で考えるのも重要です。
なお、高付加価値とは価値の高い体験であり、高額なサービスではありません。
もし、実行するにしても勝ち筋を見極めたうえで、ツアーにせよホテルにせよ「まずは倍額から」「ミドルクラスから狙っていこう」「継続できる方法でやりましょう」といった具合に、地域にフィットしたやり方で進めていくべきです。
●観光の担い手不足、どう解消する?
――最後にうかがいたいのは、現在、観光業界で大きな課題となっている「担い手不足」についてです。これを解消する手だてはありますか。
観光事業を持続的なものにするには、地元に対する「愛」と地域の観光を持続させる「必然性」を持つ人たち、つまり地元の人たちが担うべきです。
そして、少し発想を転換して、「異業種参入」を図るべきではないかと思います。例えば、地域で農業や漁業に携わっている一次産業の人たちを思い浮かべてみてください。
現在、自転車を使って観光地を巡る旅「サイクルツーリズム」が人気ですが、コースの途中にお店が全然ないために、コンビニで弁当を買って途中で食べるというケースが多かったりします。
しかし、途中にお店はなくても農家はあるわけです。その庭先にテーブルと椅子があって、収穫したての野菜を気持ちのいい場所で食べられたらどうでしょうか。
漁業体験にしたって、ただ船に乗って漁を見学するだけでなく、捕れたての魚を港で一緒にさばいて刺身や丼ものにして食べることができれば体験の付加価値がぐっと上がりますし、その分、単価を上げることができます。
お客さんはもちろん喜ぶし、漁師さんだって目の前でおいしそうに食べるお客さんを前にしたら「自分の仕事が人を幸せにしている」という手応えを感じ、やる気が出るでしょう。近年、推進が叫ばれている「一次産業の六次産業化」であり、まさにWin-Winの関係ということができます。
このように、わざわざ外から人を連れてきたり、新たに育成せずとも、すでに地域にいる人たちのマンパワーを活用することで、持続可能な観光が実現できるはずです。
●筆者プロフィール:森川 天喜(もりかわ あき)
旅行・鉄道作家、ジャーナリスト。
現在、神奈川県観光協会理事、鎌倉ペンクラブ会員。旅行、鉄道、ホテル、都市開発など幅広いジャンルの取材記事を雑誌、オンライン問わず寄稿。メディア出演、連載多数。近著に『湘南モノレール50年の軌跡』(2023年5月 神奈川新聞社刊)、『かながわ鉄道廃線紀行』(2024年10月 神奈川新聞社刊)など。
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