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慶應義塾大学に所属する國武悠人さんが発表した論文「米国判例の変化と日本への示唆:STEM 分野のアファーマティブ・アクションと DEI」は、米国最高裁判決を契機に人種・性別を考慮する入学選考が廃止される中、日本の大学のSTEM分野を中心に実施されている「女子枠」の問題点を示した研究だ。
●大学入試での“人種考慮”は必要か? 23年の米国裁判所の判断
2023年6月、米国最高裁判所は公平な入学選考を求める学生たち対ハーバード事件(SFFA v. Harvard判決)において、大学入学者選抜における人種を考慮するアファーマティブ・アクション(AA)プログラムは違憲(憲法修正第14条の平等保護条項)であるとの判断を下した。AAは、日本語では「積極的格差是正措置」を指し、性別や人種などの格差是正を目指す取り組みをいう。
この判決では、03年の「Grutter v. Bollinger判決」(大学入試における人種考慮の是非を争った裁判)の判決を事実上覆した。
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判決の中核となった、米最高裁判所のジョン・ロバーツ長官の多数意見では、ハーバード大学が「黒人の学生は通常、白人には提供できない何かをもたらすことができる」と主張した点について「これは有害なステレオタイプ(固定観念)に基づくものだ」と厳しく指摘。人種だけでなく出身地域などの多様性も含めた大学側の主張は、平等保護条項に照らして認められないとの判断を示した。
クラレンス・トーマス判事はさらに踏み込んだ意見を示し、AAがSTEM分野の少数派学生に与える影響について学術研究を数多く引用して論じている。特に重要なのは、AAは一部の学生を本来通っていたであろう大学よりも競争率の高い大学に入学させるにすぎず、大学教育を受けられるマイノリティー全体の数を増やす効果はないという指摘だ。
また、準備不足のまま厳しい環境に置かれることが学業成績の低下につながりうること、少数派属性に基づく大幅な優遇措置を受けた学生はSTEM分野から脱落する可能性が高いという研究も紹介している。
●大学の女性考慮プログラムや企業のDEIプログラムまで影響
判決の法的効力は大学入学者選抜における人種考慮に限定されているにもかかわらず、その影響は広範囲に及んでいる。特筆すべきは、判決直後から性別を基準とするSTEM分野のプログラムにまで異議申し立てが広がった点だ。
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平等保護プロジェクト(Equal Protection Project)は、米マサチューセッツ工科大学(MIT)の有色人種女性対象プログラム「Creative Regal Women of Knowledge program」や、米ロチェスター工科大学の女性対象奨学金「Women in STEM scholarship award」を性別差別として米国教育省公民権局に苦情申し立てを行った。MITはすでに対象プログラムの人種・性別要件を撤廃している。
企業に対しても影響は広がった。共和党主導の13州の司法長官は、米国での収入上位の企業をリスト化した「Fortune 100」に入る企業に対し、DEI(Diversity, Equity, and Inclusion)プログラムの一環として実施する人種や性別に基づく採用・人事慣行が連邦や州の差別禁止法に違反する可能性があると警告する書簡を送付した。
法律専門家からは、人種や性別に基づく数値割当を実施することは重大な法的リスクを伴うとの助言も出されている。
(関連記事:「牛角の女性半額キャンペーン」とはなんだったのか ジェンダー割引という“男性差別”を慶大研究者が考察)
●日本の大学における理系女子枠入試
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これらの状況は、日本の大学におけるSTEM分野のAA、特に女子枠に重要な示唆を与えるものである。日本では「世界的なダイバーシティー推進の潮流」を根拠としてSTEM分野の女子枠入試などを導入してきたが、米国での状況変化を考えると、その国際的論拠が揺らいでいると言わざるを得ない。
さらに注目すべきは、日本で実施されている女子枠のような明確な割当制は、米国においては今回の判決以前から、少なくとも03年のGrutter v. Bollinger判決の時点ですでに許容されないとされていた点である。また、欧州においても06年のEC指令などにより、大学入学者選抜での割当制は原則として違法という見解が主流となっている。
日本の文部科学省「大学入学者選抜実施要項」では、「理工系分野における女子」などの多様な背景を持った者の選抜は認められている。一方「選抜の趣旨や方法について社会に対し合理的な説明を行うこと」との条件が付されている。
SFFA v. Harvard判決は、単に多様性を確保するために少数派に機会を与えることから、社会の要請といった理由だけでは差別の正当化理由にならないとしている。EU含めて「女子枠は国際的に違法な差別である」との評価が確立している中で、日本の大学がSTEM分野の女子枠を実施することについて、より説得力のある論拠と社会への丁寧な説明、再考が求められることになるだろう。
大学のグローバル化や国際標準化が進展する中、性別のみに着目した割当制である女子枠を継続するのではなく、人種・性別・経済的背景・両親の学歴といった複数の要素を総合的に考慮する評価方法への移行も選択肢として考えられる。米国では「逆境指数」(adversity score)と呼ばれる複合的な評価指標も検討されている。
SFFA v. Harvard判決と、それに続く米国社会の変化は、日本の大学におけるSTEM分野のAAとDEIの在り方に再考を促す重要な転機となっている。国際的な教育・研究環境の中で日本の大学が採用する入学者選抜制度の正当性を確保するためには、今後より包括的かつ国際水準の議論が日本のアカデミアにおいても活発に行われることが期待される。
●女子枠は女性に対しても悪影響か?
男性の観点だけでなく、女子枠は女性に対しても課題があることを指摘したのは、東京大学教授の横山広美さんが第一著者で発表した論文だ。この論文では、女子枠には大学や社会がSTEM分野での女性の活躍を真剣に望んでいることを示す肯定的な効果がある一方、いくつかの課題も指摘されている。
まず、女子枠という制度自体が「女子学生は数学や物理学の能力が劣っている」という偏見を制度化し、女子学生の能力を過小評価することにつながる懸念がある。また、推薦入学枠で入学した学生が通常の講義についていけるのかという不安や、女子だから入学できたという偏見を受ける可能性も示されている。
これは、該当の学生だけでなく、一般入試で合格した女子学生にも影響を及ぼす可能性がある。入学試験の種別は本人が公表しない限り他者には分からないものの、女子学生全体に対する偏見を助長する危険性をはらんでいる。
Source and Image Credits: 國武 悠人, 米国判例の変化と日本への示唆 :, 工学教育, 2025, 73 巻, 2 号, p. 2_2-2_6, 公開日 2025/03/20, Online ISSN 1881-0764, Print ISSN 1341-2167, https://doi.org/10.4307/jsee.73.2_2
※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2
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