
ネイサン・チェン インタビュー
「ジャンプの申し子」と言われ、2022年北京五輪で金メダルを獲得したあと事実上引退したアメリカのネイサン・チェン(25歳)。今もなお、彼の世界記録335.30点(2019年GPファイナル)を破るものはいない。そんなチェンが、2025年世界選手権にレジェンドスケーターとして現れ、後輩たちの演技を見守った。彼の近況や、今のフィギュアスケート界への思いを聞いた。
【現在は医学部出願に向け勉強中】
ーーお元気にしていましたか? イェール大学での生活はいかがでしょう?
ネイサン・チェン(以下同) 元気に過ごしています。イェール大は去年卒業しました。今はボルチモアで、学士号取得後のプログラムというものに取り組んでいます。最初はデータサイエンスを専攻し、現在は医学部に移行しています。医学部の出願に向けた、1年間のブートキャンプ(研修)のようなものです。
ーーこれから医学部に出願されるのですね。
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はい。今、その準備をしているところです。自己PRを書いたり、自分の経験を伝えるための書類を作っていて、今年7月くらいの提出になりそうです。僕が所属しているプログラムには、「リンケージ」や「グライド」と呼ばれる選択コースがあります。リンケージを選ぶと、12月くらいから申し込むことができるので、クラスメイトのなかにはすでに医学部に合格している人もいます。ただ、リンケージだと提携している学校が限られているんです。そしてグライドという選択肢の場合は、基本的にはまず1年間、何か自分のテーマの研究に専念して、出願するというものです。グライドであれば、通常の出願サイクルなので、すべての学校に出願することができます。そんなわけで、僕自身はグライドに参加することで選択肢を広げて、出願を考えています。
【感じていたイリア・マリニンの伸びしろ】
ーー2021−2022シーズンの振り返りになりますが、あのシーズンの全米選手権でイリヤ・マリニン選手は2位と大活躍をされ、チェンさんとともに表彰台に乗りました。当時、マリニン選手とはどんな交流がありましたか?
僕たちは、試合が終わるとメディア対応をして、すぐにホテルに帰ってしまうので、その試合当日にはイリアと話す機会はありませんでした。ただ、チームUSAの仲間としての意識はありましたし、イリヤは五輪や世界選手権の代表と対等に戦える選手だということは、十分に証明していたと思います。
ーー2022年北京五輪後は、マリニン選手との交流はありましたか?
彼とは一緒にトレーニングをした期間がありました。イリヤはここ数年、(チェンのコーチである)ラファエル・アルトゥニアンのもとで練習をしています。僕が現役だった頃は、イリヤはコーチである父親と一緒に来て練習をしていました。まだクワッド(4回転)アクセルをやっていなかった頃で、トリプルアクセルをやっているだけでした。
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ーーマリニン選手が4回転アクセルを降りると思いましたか?
彼のテクニックには、トリプルアクセルの時から、クワッドアクセルの技術が内包されていたことは間違いありません。だから彼がそれを着地しはじめるまで、そう遠くないだろうと思っていました。正直なところ、イリヤがただ思いきって跳ぶだけで、4回転半になると思いました。すでにいい空中姿勢に入ることができていたし、回転をつけるテクニックもすばらしかった。そして彼はかなりすばやく軸に入ることができていましたから。
【彼に僕が何か言えるとしたら...】
ーー全米王者、そして世界王者(2024年、2025年世界選手権連覇)になったマリニン選手に、何かアドバイスはありますか?
僕たちはみんなそれぞれの道、それぞれの旅路を持っていると思います。だから、僕がこんな経験をしたという話をすることはできますが、それが彼に当てはまるかどうかはわかりません。イリヤは、明らかに世界選手権ですばらしいプログラムを披露できています。そしてここ2、3年、すばらしい成長を遂げている。だから僕が言えるとしたら、彼がやっていることが何であれ、それをやり続けること。明らかにいいチームを持っているのだから、周りの人たちを信頼し続けることです。
ーーチェンさんは、世界最高得点を更新しただけでなく、プログラムの表現も含めてひとつの金字塔を打ち立てた存在。そういった意味で、マリニン選手が世界タイトルだけでなく、自分のアイデンティティを探すとしたら何があると思いますか?
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現時点では、何かを求めて全面的に変更する必要はないと思います。純粋に彼が成し遂げてきたことを見れば、全米王者であり、世界選手権を連覇し、GPファイナルも連覇している。その肩書きと同時に、スケートのすべての側面での成熟もしていると思います。
ーーとくにこの2、3年で何が成長したと思いますか?
フィギュアスケートは、単にジャンプを降りればいい競技ではないことは、皆さんもイリヤも理解していると思います。競技では、さまざまな側面が重要になることを、彼はよくわかっています。演技だけでなく、息を呑むようなジャンプを跳ぶことも必要です。たとえば、大きなジャンプを跳ぶと加点がつく。どうやって得点が構成されていくのかを考え、研究すれば、高得点を取ることができるんです。伝説的なスコアのためには、その研究は避けられないと思います。
ーーマリニン選手はGPファイナル以降、「ジャンプ7本すべて4回転」に挑戦していますが、こんな挑戦を見る日が来ると思っていましたか?
正直なところ、今の採点方法の傾向からすると、そんなことをするとは思いませんでした。そして、こんなに早く来るとは思いませんでした。ただ近い将来、もっと多くの人がやるようになっていくでしょう。記録や伝説というのはそういうものです。
【"これが私"を示したアリサ・リュウの演技に感動】
ーー世界女王となったアリサ・リュウ選手が、「ネイサンはまだあと2年はできるから、復帰するようにお願いする」と言っていました。また選手に復帰する可能性はありますか?
僕は今、医学部の出願に向けたプログラムが本当に忙しいのです。夏には「メディカル・カレッジ・アドミッション・テスト」があるので猛勉強していて、生き残るために必死です。
ーー復帰の予定はないとのことですが、スケートは続けていますか?
ボルチモアの住んでいるところから45分くらいのところにリンクがあって、金曜日は授業が早く終わるから、そこで滑っています。週に1回ですね。
ーーリュウ選手は、ともに北京五輪で戦った仲間ですね。彼女の復帰についてはいかがでしょう?
彼女がやり遂げたことは、本当に感動的です。僕はアリサのファンだし、彼女が成し遂げてきたすべてのこと、そして復帰した、そのなかで自分をコントロールしてきたことを、本当にパワフルだと思うし、すごく刺激を受けました。「これが私であり、私の人生であり、私自身のためにこの場に戻ってきた」という気持ちが伝わってきました。
ーー復帰したシーズンに世界女王に駆け上がりました。
アリサのことを知れば知るほど、彼女は堅実で健全で、とても自信に満ちた人なのだと痛感させられました。彼女は自分が何者であるかを知っているし、自分が何をしたいのかもわかっています。若い頃のアリサは、自分が求めているものは何なのかをわかっていても、「これが私」という自信や、勇気、確信がなかったのかもしれません。でも年齢を重ね、五輪に出て、団体のメダルも獲った今、彼女にはもうあえて自分を証明するためにタイトルは必要ない。そのおかげで、アリサはアリサらしく、自由に、優勝のプレッシャーなど感じずに演技していました。それを感じました。
ーーありがとうございました。またアイスショーで来日される日を楽しみにしています。
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<プロフィール>
ネイサン・チェン/1999年、アメリカ・ユタ州ソルトレークシティ生まれ。世界選手権とGPファイナル3連覇、北京五輪金メダルなど数々の偉業を達成してきたフィギュアスケーター。2022年からイェール大学に復学し学業に専念。2024年に卒業し、現在は医学部合格を目指す。