金メダリスト清水宏保と超一流トレーナー中垣征一郎が語る、異競技の視点から紐解くトレーニング

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2025年04月03日 11:30  ベースボールキング

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スポーツには様々な原則とスキルがある。当事者だからこそ持ち得る深い理解、感覚がある。3月に実現した対談は日本のスポーツ界の中でも、誰よりそんな「奥遠」「真髄」を理解する者同士の語らいだった。



清水宏保さんは1994年のリレハンメルから4大会連続で冬季五輪に出場し、1998年の長野大会では金メダルも獲得したスピードスケーターだ。162センチの身長は日本人の中でも小柄な部類だが、そのサイズで世界を制した氷上の達人だった。現在は札幌市内で福祉施設、トレーニングジムを運営する事業家だ。



中垣征一郎さんはスポーツパフォーマンス向上を専門とするトレーナーとして、日米合計4球団で20年以上に及ぶキャリアを積んできた。



畑違いにも思える二人だが、2009年に一時の邂逅をしたことがある。2010年のバンクーバー大会の国内選考に向けて苦境に陥っていた清水さんが助けを求めた相手が中垣さんだった。清水さんは直後の選考会で五輪出場を逃し、2010年に引退をするのだが、そこで二人は意気投合。折に触れて連絡を取り合う関係となった。



今回は清水さんと、2025年からは新たな活動をスタートさせた中垣さんが、アスリートとトレーナーの関係や、トップレベル同士だからこそ理解するお互いの凄さを語り合っている。







◆ 焦りから自身の動きを見失った中での出会い



――お二人の関係がどうスタートしたのか、振り返っていただいていいですか?



中垣 私が駆け出しの時代にお世話になった先輩が、清水さんのメディカルのトレーナーを長く担当されていました。清水さんがオリンピックの国内予選を控えていらしたときに、その先輩から「こんなタイミングだけど、少しトレーニングを見てもらえないか」と連絡をもらいました。2009年12月にあった予選の3カ月、4カ月前でしょうか?



清水 そうですね。夏場のトレーニング時期で、秋口に入ったくらいです。



中垣 札幌にある北海道日本ハムファイターズの室内練習場に来てもらって、最初にトレーニングをしました。野球のシーズンが終わったあと、苫小牧のリンクにお邪魔させていただいたこともありました。



――中垣さんは清水さんと出会ってどんなことに気づきましたか?



中垣 調子が上がらず、焦っていたように感じました。焦りから、昔と同じ動きの速さを獲得できず、もがいている印象でした。「速く動きたい」という気持ちが先行して、しっかり氷を捉えるところができていなかった。本来はそこがすごく上手で、だから世界で勝ち続けてきた方だと思うのですが、当時は少し力が逃げている印象を受けたんです。



ただ「こんな動きをやってみてください」とトレーニングをしたときに、ピンと来たら、すぐそちらに行けるんです。「分かる」と「できる」ことの間には、すごいプロセスがあって、時間がかかる場合も多いのですが、清水さんはピンと来たらすぐそちらに行ける。これはダルビッシュ(有)もそうでした。



清水 中垣さんに連絡して、日本ハムの寮に行きましたね。まずシャフトを背負ってサイドステップをやりました。最初は中垣さんが言うほどできなかったのですが、話してやっていくうちに、少しずつ感覚が良くなってきました。身体の使い方で悩んでいたのはおっしゃる通りです。速く動かさなければいけない、氷を捉えなければいけないというところから、自分の中でかなりズレていました。そこをアジャストしてもらいましたね。







――中垣さんはスケート選手の指導が初めてだったそうですが、野球や他競技と共通する部分もあったのですか?



中垣 「スケートだから」「野球だから」という区別は感じませんでした。人間の身体の構造から、重力下でできるだけ効率よく力を発揮するための原則みたいなものがあります。清水さんに会う前から「この選手の動きはすごくいい」というサンプルとして、清水さんの写真を勝手に使わせてもらったんです。「ああ、本人に会えた」と思いました(笑)



清水 そうなんですか!?



中垣 でも、僕が考えていた「いい動き」から、もしかしたら少しズレているのでは?と思いました。「ここさえ上手く行けば、今の悩みから少し抜け出せるのでは」という仮説を持って、お話ししたことを覚えています。



清水 本当に悩みは解消できました。僕の中でピッチャーの軸足の体重の乗せ方と、スケートの右足のキックは共通していると思います。中垣さんのいう膝のポジション、股関節のポジション、上体のポジションとそこに乗せていく、倒れるタイミングです。



中垣 その通りだと思います。



清水 だから違和感なく話がすごくスッと入ってきました。



――「ズレ」はどういう部分にあったのですか?



中垣 バネは重さがかかって、初めてバネとして機能するわけです。清水さんのライバルだったジェレミー・ウォザースプーン(カナダ)は190cmありましたが、そういう選手に比べると清水さんのピッチは当然速いわけです。確かに速さは武器だけど「力を逃がさずにできるだけ速く」が大前提です。



清水さんはものすごく強力なバネを持っていました。ただ「速く動きたい」というところから、重さが逃げるような動きになっていました。







◆ 爆発力を生み出す腸腰筋は脅威の◯◯レベル



――清水さんから見て、他のコーチやトレーナーと中垣さんにはどんな違いがありましたか?



清水 違いはあり過ぎます(苦笑)。今、中垣さんが言われたバネの部分は自分の中で「スピード」と「切り返し」ということで、筋力を使って先行させていました。そこに全く荷重を乗せず、反発力を生まない動きとしてやっていました。中垣さんはそれを気づかせてくれました。



トレーニングの後、日本ハムの寮の大浴場に入りながら、いろんな話をさせてもらったことを覚えています。中垣さんご自身がどういう人生を歩まれているのか、話をうかがいました。マッサージから始めて、アメリカに留学をして、そうやって土台を長くかけて作って、トレーニング指導をされている方だと知りました。しかもマッサージが非常に上手かったんですよ。めちゃめちゃ張っているところに指が入ってきて、それもすごいなと思いました。







――清水さんのマッサージをしたときの印象はどうでしたか?



中垣 それはもう、同じ人は誰もいないですよ。確か昼休みを使って「疲れていたら、少しほぐしましょうか?」みたいな流れでやったと思います。実は、こちらがちょっと(清水さんの身体を)触ってみたくて言いました(笑)



清水 そんなことがあったんですね(笑)



――スケートの選手ですから、ふくらはぎや太ももは当然太いはずですが、他にどこがスゴかったですか?



中垣 表向きに見えるところとしては「大腿筋膜張筋」が発達していて、骨盤に収まらないようなイメージです。あと当時は「腸腰筋」が注目を浴びていて、腸腰筋の大きい選手はパワーの発揮に優れている場合が多いと言われていました。腸腰筋を鍛えすぎて、腰痛になる選手とかが多かった時代でもあるのですが……。



先輩から聞いていたのが「清水さんは腸腰筋を意図的に動かせる」という話でした。「ちょっとやってみてよ」とお願いしたら、腸腰筋の中でも大腰筋の方だと思うんですけど、本当に動いたんです。



――なかなか一般のスポーツファンには凄さが伝わらない話かもしれません(苦笑)



中垣 清水さんは、特別に腸腰筋を鍛える狙いでトレーニングしていなかったと思います。しかし様々なトレーニングの中で、自然にそこが効く動き方をしていた。「世界のトップはすごいな」と感じながら、平静を装ってマッサージをさせてもらったのを覚えています。







――若い頃から筋肉をただ増やすのではなく、思い通りに動かす意識はお持ちだったのですか?



清水 ありました。僕の身長は162センチしかないので、身体を隅々まで使い切る感覚を持っていました。指先はスピードスケートでは使わないですけど、そこさえも競技で使い切るつもりでやっていました。だからインナーマッスルや腸腰筋も鍛えるようにしていました。腹筋も普通にやるのでなく、中を意識していました。



僕の腸腰筋をMRIで撮って画像診断したら、整形外科の先生は太さに驚きますね。「チャーシューレベル」で太いんです(笑)。とある番組がアサファ・パウエル選手(2000年代後半の100メートル走世界記録保持者)の画像を出して「太い腸腰筋が武器」と紹介していましたが、それを見て「僕の方がもっと太い」と思いましたよ(笑)。そこが引き付ける力、太もものコントロールにつながっていた部分も、今思うとあります。しかしそれが後々に身体のバランスを崩していく原因にもつながっていました。



――最盛期は「強力なエンジンと車体」が噛み合っていたけど、引退が近づいていた時期はズレていたということでしょうか?



清水 そうですね。鍛えることによるリスクもあります。僕が腰の狭窄症、分離症、すべり症になっていったときに、腸腰筋やその周りの筋肉でブロックして支えているから「張り感」になっていました。でも、自分では気づけていなかったです。それが動きを崩すことにもつながっていたところを、中垣さんに気付かせてもらいました。







◆ トップを走ってきた二人が見据える未来



――清水さんも現在は「指導する側」で、トレーニングジムの運営をされています。



清水 僕のところは「セミパーソナル」の形です。一人のトレーナーが3人、4人にメニューを提供しながら、指導していくやり方です。アスリートがやるような機材はないですし、必要としていません。初めは機材も揃えたかったし、「ゴリゴリに、とことんやるか」とも思ったのですが、「必要ないよな」と気づきました。



自分も現役当時はスクワットで280キロくらい(のウエイトを)持っていましたけど、今は60キロしか持ちませんから。ただアスリートですら、誰かに指導してもらえなかったら、運動はなかなか続けられません。誰かにメニューをもらって、誰かに見られて、でも100%の付きっきりでなく、ポイントポイントでトレーナーが入っていくーー。まさに中垣さんのような距離感ですね。



――中垣さんも、改めて今後の活動についてお話しいただけますか?



中垣 僕自身の目標は野球の指導者でなく、「スポーツパフォーマンスを少しでも深く知る」「それを選手や指導者に伝えられるようになる」ことでした。そういうものをできるだけ多くの人たちとシェアできる機会を増やしていけたらいいなと思っています。



清水 できると思いますし、みんなそれを求めています。今までは球団の中にいらして、コンタクトの仕方が分からなかったです。日本ハムからオリックスに行かれたときも北海道にいる僕からしたら「遠くに行かれたな」と思いましたよ。とはいえ、オリックスをちゃんと成長させて、優勝させているのがすごいです。







――そもそも2009年に中垣さんが札幌でなく大阪にいたら、清水さんのトレーニングは見られないだろうし、それもめぐり合わせでした。



中垣 とにかく本当にたくさんのご縁をいただいて、いろんな方に助けていただいて、運にも恵まれました。例えばダルビッシュと大谷(翔平)両方の育成に携われるなんて、これは運以外の何物でもないですよ。



清水 大谷選手の名前を出していいかどうか、遠慮していたんですけど……。日本ハムへ入ったばかりの頃に僕が「大谷選手はどんな感じですか?」と聞いたら、中垣さんが「3年ぐらいかけて育てる」という話をしたんです。1〜2カ月でなく、それだけの年数をかけるという話が印象に残っています。来年もオリンピック(ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪)がありますけど、みんなどうしても短期になってしまいがちですから。



中垣 大谷は日々の試合に対しては全力で行く、絶対負けないメンタリティーを持ちながら、同時に「先の自分」を持ちながらやる、すごいやつでした。



清水 中垣さんもトレーナーの中では「神」です。スーパーマリオの「スター」みたいな感じで、出会うとバッと元気をもらう人もいます。僕はフィットネスジムをやっているから、トレーナーが20何名いて、みんな中垣さんの話を聞きたがるはずです。日本ハムの中でもダルビッシュ選手とか大谷選手とか、いろいろな選手たちを育てた方ですから。ウチのトレーナーを指導していただけないかという願いも、実際あります。



中垣 機会があれば、ぜひお願いします。ただ誰も「育てて」はいないですよ。みんな自分の持っているものをどう発揮してくれるかだと思っていて、その邪魔をしない……というやり方です。



清水 本当に大事なのはそこの距離感ですね。トップカテゴリーに行くアスリートは、みんな自立しています。「俺が見ているんだ」というスタンスはおそらく通用しません。ただしポイントポイントで指導してもらえる、修正してくれる指導者は必要です。中垣さんはいい距離感を保ってくれているから、アスリートも心地いいんですよ、「私が指導した」とは言わなくても、選手は何が大切な指導で、誰が優秀な指導者か分かっています。



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取材=大島和人
撮影=須田康暉
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