
今シーズンは始まったばかりだが、多くのチームの開発陣はすでに大きなレギュレーション変更が実施される2026年に向けて本格的に動き始めている。
ホンダとレッドブルのパートナーシップは今季限りで、ホンダは2026年から新たにアストンマーティンと組み、F1に本格復帰を果たす。レッドブル・ホンダは有終の美を飾れるのか。そしてアストンマーティン・ホンダの実力は?
後編では、現在のホンダのパワーユニット(PU)の生みの親である元ホンダ技術者の浅木泰昭(あさき・やすあき)氏に2026年シーズン以降のF1を中心に聞いた!
※前編はこちらから
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■2026年のF1はPUの勝負になる
――第3戦日本GPを含めたシーズンの序盤戦を終えると、ワークス勢は新レギュレーションが導入される2026年シーズンに開発のパワーをシフトしていくと予想していますか?
浅木 もしワークス勢がタイトルを狙える状況であれば、ギリギリまで開発してタイトルを取りに行くと思います。でも難しいと判断すれば、そうなるでしょうね。
前編でも話しましたが、マクラーレンにとっては今年がダブルチャンピオンを取れる最初で最後のチャンスになるかもしれません。2026年以降は、PUの開発が解禁されますので、極端な話、ワークスに意地悪される可能性があります。
ワークスはマクラーレンのようなカスタマーが有利なところを使えなくするための改良をやろうと思えばできるんです。もし私がマクラーレンの人間だったら、PUの開発が禁止されている最後のシーズンとなる今年に勝負をかけます。
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今シーズンを逃がしたら、タイトルを狙えるチャンスがいつ訪れるのかわからない。メルセデスがお人好しだったらそういう意地悪をしないかもしれませんが、そんな保証はないわけですから。
――過去にウイリアムズ、マクラーレン、レッドブルなどで数々の勝利とタイトル獲得に貢献し、今年の3月からアストンマーティンに移籍した天才デザイナーのエイドリアン・ニューウェイは「2026年からのF1はPUの出来が勝負のポイントになる」と語っています。
浅木 私も同意ですね。レギュレーションが大きく変化するときは、どこかのチームが"当たり"を見つけて飛びぬけ、ほかのチームがそこを追いかけるというゲームが始まります。
PUのレギュレーションが劇的に変わるのですから、どこかのメーカーが飛びぬける可能性は高いと思います。当然、メルセデスは2014年の再現を狙っているだろうし、ホンダだってそうならないとダメですよね。
■レッドブル首脳陣は組織運営を甘く見ている
――メルセデスは新しいPUのレギュレーションが導入された2014年以降、高い性能を誇るPUのアドバンテージを生かし、コンストラクターズ選手権で8連覇を達成しました。
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浅木 もしスタートで出遅れたら、PUの場合はライバルに追いつくまでは2〜3年はかかる可能性があります。PUに比べると、車体のほうが早く追いつくことができます。やっぱり車体開発では、ライバルがやっていることが見えます。ボディワークや空力パーツなど、少なくとも見える部分を真似することができます。
でもPUはライバルがやっていることが見えないので、相手が何をやっているのかを想像して開発をやるしかありません。その想像が当たっていればいいのですが、外れるとさらに試行錯誤を繰り返さなければならない。加えて、PUの信頼性や耐久性などを確認するのにどうしても時間がかかるので、車体に比べると開発スピードは遅くなってしまうのです。
――新レギュレーションのもとでは、各チームやPUメーカーはどれが正解なのかがわからない中で開発を進めていかなければなりません。そんな中で最終的に開発の方向を決めていくのがレッドブルの最高技術責任者だったエイドリアン・ニューウェイや、ホンダの中でPUの開発責任者を務めていた浅木さんの役割だったんですね?
浅木 そうですね。結局、フタを開けてみて、このままの方向で開発を続けるのか。それとも別の方向に修正していくのか。開発のキモを見極めて、どこに向かっていくのかを決めるリーダーが必要なんです。
結局、開発チームの中に「この人が言うんだったらしょうがない」と全員が納得するリーダーがいるかいないかで、組織は大きく変わります。みんな自分で責任を取りたくないんです。
前編でフェラーリの例を出しましたが、技術者が新しいことにチャレンジして、もし失敗したら責任を取らされて飛ばされてしまう......。そういう組織だと思い切った勝負ができません。ニューウェイのような開発を導くリーダーがいると勝負できるんです、
そういうリーダーの存在を過小評価している人もいます。ニューウェイや現在のマクラーレン躍進の立役者と言われているテクニカルディレクターのロブ・マーシャル(レッドブルを2023年に離脱)さんがいなくても大丈夫だと。でも私に言わせれば、レッドブルのトップは組織運営を甘く見ているなと感じます。
■レッドブル・ホンダは有終の美を飾れるのか?
――レッドブルは技術者の離脱が相次いでいることに加え、ドライバー人事のゴタゴタも続き、クリスチャン・ホーナー代表のリーダーとしての資質を問う声は出ています。
浅木 今回のドライバーの人選を含めて、人を見る目がないなあというのが率直な感想です。今まで誰のおかげでレッドブルが勝てていたのかがわかっていない。レッドブルというチームは、厳しさはありましたが、ギスギスしていないですし、みんな和気あいあいと仕事に取り組んでいました。
ところがレッドブルで権力闘争が起こり、それが開発現場にも影響を及ぼすようになってしまったんだと思います。そういう状況に嫌気がさしてニューウェイさんを始めとする、何人もの優秀な技術者がチームを去り、ドライバー選択も迷走するような状況になってしまった。ホーナー代表は自分がいればチームは大丈夫だと考えていたのかもしれませんが、自分の能力、仲間の能力を見誤っていると思います。
――ホンダとレッドブルのパートナーシップが今年で最後になります。そういうチーム状況では、有終の美を飾るのは難しいかもしれないですね。
浅木 私もレッドブル・ホンダに勝ってもらいたいですし、有終の美を飾ってほしいと思っています。でもニューウェイさんがいなくなり車体性能が低下し、ロブ・マーシャルさんなどの優秀な技術者も出ていって、すでに開発力が落ちてしまっているというのが私の仮説です。ホンダも、レギュレーションが凍結されていますから、そんな状況のレッドブルに対してできることは限られています。
レッドブルの競争力が落ちている中で、昨シーズンはフェルスタッペン選手の力量でなんとかドライバーズチャンピオンだけは獲得できました。でもマクラーレンとノリス選手は昨年いろいろな失敗を重ねて、そこから学んで成長しています。落ち着いてきたマクラーレンに勝つのは難しいと思います。
■アストンマーティン・ホンダは今後伸びていく
――ホンダとしても復帰初年度となる2026年シーズンのPU開発に注力するという形になるのですか?
浅木 普通に考えたらそうなります。部品の品質のばらつきなどで信頼性の問題を抱えていたら、今シーズンもやらなければならないのですが、そういうことはないはずです。レースサポートに関してはこれまで通りに続けていくはずですが、開発のパワーは100%、2026年シーズンに向けることになると思います。
レッドブルは自社が設立したパワーユニット製造会社、レッドブルパワートレインズ(RBPT)でPUの開発を行なっていますが、そんなにうまくいっていない可能性はある。これからRBPTに開発のパワーを取られるんじゃないかと予想しています。
――ホンダが2026年シーズンから新たにパートナーシップを組むアストンマーティンの現状をどう見ていますか?
浅木 この3月からニューウェイさんがマネージングテクニカルパートナーとしての職務を開始していますが、すぐにどうなるわけではないと思います。でもニューウェイさんはマシン開発のキモを知り尽くしているので、シーズン後半に向けて徐々に落ち着いてくると思います。仮に、今年の成績が悪かったとしても、2026年シーズンもダメということにならないと思います。
アストンマーティンはニューウェイさんが入り、そこにホンダも合流し、これから伸びていくと思います。逆に人材が流出し、自社製のPUで参戦するレッドブルは下降していくのではないか、というのが私の読みです。
F1はどのドライバーが速いのかを競い合うスポーツですが、マシンを作る技術者たちの心の動きや、人間模様を見るのもF1の面白さだと私は思っています。レギュレーションが激変する2026年シーズンは技術者のいろんな人間模様を見られると思いますので、楽しみにしています。
●浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年生まれ、広島県出身。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得する。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。著書に『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)がある。日本GP開催中の4月5日(土)、 NHK「新プロジェクトX 〜挑戦者たち〜」で2021年シーズンの浅木氏らホンダF1エンジニアの活躍を取り上げた『走れ 挑戦の魂 〜F1 30年ぶりの世界一〜』が放送予定。
インタビュー・文/川原田 剛 写真/桜井淳雄 Red Bull Contents Pool