
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
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珍しく「ラーメンWalker東京2025」なんて雑誌を買ってみた。
理由は、書店の店頭で何気なく手に取ってぱらぱらとめくっていたら、尋常じゃない量の「クーポン」ページが目についたから。なかには太っ腹なことに「ラーメン1杯無料」なんて店まであり、全部使うと24,500円ぶんお得になるらしい。この本が1冊990円だから、もはや購入することにより、自動的に23,510円がもらえると言っても過言ではない。
って、載っているすべてのラーメン屋に足を運べるわけもなし、そう単純な話ではないんだけど、僕はラーメンは好きなれどマニア度はゼロに近い。最新のラーメン事情を眺めつつ、へ〜、こんなラーメンもあるんだ〜、なんて楽しみながら読んで、興味を持った店にでも行ってみたら、新しい世界が広がるんじゃないか、なんてことを思ってのことだった。
本にひととおり目を通し、いちばん「なにこれ!?」と感じた、ぶっ飛んだラーメンを出している店が、幸運なことに家のめちゃくちゃ近所にあった。
その店「麺屋大弐」は、我が家の最寄り、石神井公園駅から西武池袋線で2駅の保谷駅近くに、昨年、高知県から移転オープンしたらしい。その際にメニューを絞り、「もりそば」と「汁なし中華そば」を2大看板としたそうなんだけど、そのもりそばのほうが名前のとおり、写真を見るかぎり日本そばにしか見えないのだ。どんな味なんだろう? これは行ってみないわけにはいかないだろう。
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というわけで、いつもは訪れた先々の街で気になった店にふらりと飛びこむような記事を書いている僕にしては大変ミーハーなことだが、この日はビシッと目的地を決めて家を出た。
西武池袋線保谷駅から歩くこと3分ほど。大通り沿いに見つけた店は、一見はそば屋か和食料理店のようだ。のれんにも店名ではなく「三つ柏」の家紋があるのみ。ぱっと見でラーメンの要素を感じる人は少ない、かなり通好みの佇まいと言えよう。
戸を開けると、外観のイメージ通りの落ち着いた店内。入り口すぐに券売機。もりと汁なしが2大看板との前情報だったが、「中華そば」「つけめん」「豆乳坦々麺」もあるから、メニューが少しずつ増えているのかもしれない。が、ここは初志貫徹で「もりそば」を(税込900円)の食券を購入。
カウンター5席のみの、かなりこぢんまりとした店だ。雨降りの日で、しかも開店と同時にやってきたので、先客はなし。席に着いて食券を提出し、ふと頭上を見上げると、お、券売機にはなかったアルコールメニューがかなり充実していて、キャッシュオンで頼めるらしい。せっかくだから飲みたい。通常中華屋に来たら、まずはビールかサワー系が定番だけど、日本そば風のもりそばに合わせるならば日本酒がありのような気がする。「八海山 純米吟醸」(600円)をお願いします。
となると、蕎麦前、ではなくてなんだ、"中華そば前"というか、つまりちょっとしたつまみが欲しい。そこで券売機に戻って検討し、単品の「チャーシュー増」(300円)を追加。
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少し待った後、僕の目の前に展開されていた光景がこれだ。
この瞬間、僕はすでに落ちた。この店の、そしてご主人のとりこになった。僕が酒のつまみにすることを瞬時に理解し、メインの提供前に、チャーシューをつまみやすいよう小皿に盛って、わざわざお盆にのせて出してくれる。その値段以上の嬉しさ。しかもチャーシューは目の前でバーナーで炙られたばかりで、たまらなくかぐわしい香りを立ち上らせている。
酒をおちょこに注いでちびり。うわ、日本酒好きの方にしたら常識すぎるのかもしれないけれど、上品なのに旨味もキレもしっかりとあって、超うまいな、八海山!
すかさずチャーシューをかじると、とろとろの甘い脂と、しゃきっとした食べごたえのある肉のバランスが良くて、ものすごく美味しい。その旨味を溶かすようにまた八海山。幸せすぎる。この上質で大きさも申し分ないチャーシューが4枚で300円。ラーメンのトッピングで頼むとすんなり受け入れてしまいそうな気もするけど、一品料理と考えるとあまりにも破格だ。
そんな幸せをゆっくりと噛み締めながら飲んでいると、ついに本命のもりそばが到着。
おお、これは、見た目だけならばどこからどう見ても日本そば。どんなサプライズを感じさせてくれるのか楽しみでたまらない。
まずは、ちょっといいそば屋では必ずやるあれ。麺だけを、なにもつけずにちょっと食べるやつをやってみる。すると、そばのようなざらっとしたテクスチャはなくて、質感はつるつる、すするとぷりぷり、噛み締めるとシャキッとした食感の、ものすごくうまい麺だ。
北海道産がメインの小麦粉に香川県産の全粒粉をブレンドしたそう。つまり、当然ながらそばとはまったく違う中華麺の作りになっているから、味もそのとおり、豊かな小麦の香り中心。この感覚がなんとも不思議だ。
続いてつゆを味見してみると、第一印象はそばつゆながら、そばつゆにはないパンチがあって、これまた不思議。北海道南地方の昆布、高知県四万十町産の原木椎茸、メジカ、かつおなどからだしをとったこだわりの逸品らしく、麺のクオリティに負けず劣らずうまい。
ここに冷水でよく締められた絶品麺を絡ませ、勢いよくすする快感......想像以上だ。あぁ、ラーメンWalker、買って良かった......。
薬味はねぎ、わさび、自家製ラー油。少しずつ麺にのせ、味を変えながら楽しみつつ、八海山のつまみにするのがまじでたまらない。特にわさびが目の前ですりおろされたばかりの本わさびで、華やかな香りが淡麗な麺とつゆに合いすぎる。
途中でふと思いつき、まだ食べきっていなかったチャーシューにわさびをちょんとのせて食べると......当然ながら極上。
この内容だと量的に物足りないかな? とも思っていたが、意外としっかり麺の量があり、40代の自分にはちょうどいいボリュームだった。ただ、もし物足りなければ、なんとたったの300円でもりそばを1枚追加することもできるからご安心あれ。
僕がどんなに言葉をつくしても正確な美味しさを伝えることなど到底無理な、唯一無二の和風中華もりそば。その異次元なうまさを味わいつつしっぽりと飲める店が、幸運にも家の近所にあることを知られて、本当に嬉しい体験だった。
お会計時、ご主人に「どうしてこのスタイルが生まれたんですか?」と聞いてみると、笑顔で「そばもラーメンも大好きなんですよ!」とのご返答。納得せざるをえない。
そういえば今回、肝心のクーポン(麺屋大弐のサービスは「麺中盛り or 飯ライス1杯無料」)を使い忘れてしまった。でもまぁ、引き続き通って具沢山の汁なし中華そばやその他のメニューも食べてみたいし、次こそは忘れないようにしようっと。
取材・文・撮影/パリッコ