元タレント中居正広氏の性暴力に端を発するフジテレビの問題を巡り、当時の同局専務だった系列局関西テレビ(カンテレ)の大多亮社長(66)は4日、大阪市内で取材に応じ、同日付で社長を辞任したと明らかにした。先月31日に発表された第三者委員会の報告書で人権意識の欠如などを厳しく指摘されたことを受け、「職を続けることは不適切と考えた」とした。被害女性に対して「心情に寄り添うことができず、苦しめてしまった」と謝罪した。
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紺のスーツに青いネクタイ。大阪市の関西テレビ本社なんでもアリーナに現れた大多氏は、深々と頭を下げた。自ら辞任を申し出てこの日の臨時取締役会で承認されたと伝えた後「何よりも謝りたいのはAさん(被害女性)に対してです。Aさんの心情に寄り添うことができず、彼女を苦しめてしまったことは本当におわびしたい」と謝罪した。
大多氏は、第三者委員会が中居氏による「性暴力」を認定した23年6月の事案が起こった当時のフジ専務。当初から報告を受け、対応に当たった当事者の1人だった。当時のフジ港浩一社長と大多氏、編成制作局長という同質性の高い“編成・制作ライン”の3人で「プライベートな男女間のトラブル」と即断し、人権意識の低さが対応の誤りを招き、幹部は「思考停止」だったとも指摘された。
「思考停止」について「とにかく彼女に何かあってはいけない。すべてはそこに集中しなければいけなかった」と述べ「クローズしたラインでやった。いま思えば、彼女に聞きにいってもよかった」と悔やんだ。
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大多氏は1月の新春社長会見で、中居氏について「怒り? そう取ってもらって結構です」と心情を吐露していたが、現在の中居氏への思いについて「いまとなってはコメントもないです」と吐き捨てるように話した。企業ぐるみで隠蔽(いんぺい)する意図があったかを問われると「全くない。ゼロです。それは申し上げたい」と語気を強めた。
また調査報告書では、番組出演者の男性との会食に、大多氏が多数の女性アナウンサーら女性社員を同席させていた事実を認定。大多氏らの「下ネタ等の性的な話題」が不快だったと訴える声もあり「(主催した会食で)不快に思った方がいるならば、私の認識が甘かった」と述べた。
「トレンディードラマ」でフジの黄金時代を築き上げた立役者の1人である一方で、フジテレビがハラスメントに“寛容な”企業風土を作ったとの指摘に「1人だけで作れるものではない」としたが、「アップデートができていない。時代の変化に成功体験がついていってなかった」と反省した。【松浦隆司、阪口孝志】
○…大多氏は日枝氏の影響力について言及した。「80年代から90年代のフジテレビは番組が次から次へと生まれ、私もその中で自由に作らせてもらった。とてもいい雰囲気で黄金期と呼ばれるような時代」と振り返り、「それを作ったのは日枝氏だと思っています。影響力はあった」と話した。
○…辞意を明かした大多社長は後任については当面の間、代表取締役会長の福井澄郎氏が兼任すると発表した。また同社の取締役を務める日枝久氏は6月の株主総会まで留任すると明らかにした。
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○…大多氏は辞任したが、経営面にはダメージが残った。同局の妻屋健常務取締役は「24年度1月〜3月は最終的に3億円程度のマイナスになります」と説明。また同局によると4月単月では現時点で約9億円減収の見通しという。タイム・スポット広告は前年比70%程度の売り上げで、CM出稿を見合わせているスポンサーは63社だという。また、フジテレビの第三者委員会の報告を受け、同局に寄せられた苦情は約170件で、大多氏の辞任を求める意見が多数だった。
○…会見はこの日、午前に急きょ設定され、スタジオとしても使用される関西テレビ本社なんでもアリーナで行われた。大多氏の去就が注目されたため、同局によると新聞、テレビ、フリージャーナリストを含む21社43人の報道陣が集結した。報道陣からは報告書の受け止めや辞任の経緯、Aさんへの思いなどが質問された。
◆大多亮(おおた・とおる)1958年(昭33)11月3日、東京都生まれ。早大教育学部卒後、81年にフジテレビに入社。報道局、広報部を経て、86年に編成局第1制作部へ異動し月9ドラマの制作に携わる。「101回目のプロポーズ」「東京ラブストーリー」など多数のヒット作を生み出した。編成制作局ドラマ制作担当局長や執行役員デジタルコンテンツ局長などを歴任した後、12年に常務取締役に就任。22年に専務取締役に昇格し、24年6月に関西テレビ取締役社長に就任。
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