
世界王者 イリア・マリニン インタビュー前編(全2回)
フリースケーティングでは7本すべてのジャンプで4回転を跳ぶ「7クワッド」に挑戦し、世界選手権連覇を達成したイリア・マリニン(アメリカ/20歳)。出場した全大会で優勝し、無敵のシーズンを送った彼が、母国開催となった世界選手権について振り返った。
【緊張してマッスルメモリーだけで跳んだ】
ーー優勝おめでとうございます。圧巻の演技での世界選手権2連覇となりました。
イリア・マリニン(以下同) 母国のファンの前で優勝できたことは、本当に大きな刺激でした。今シーズンは、ボストンの世界選手権がもっとも重要だと考え、この瞬間のためにすべての計画を立ててきたので、それがうまくいったことがうれしいです。
ーーまずはショートプログラムの『Running』のことを聞かせてください。アメリカのラッパーNFの曲で、超満員となった会場のTDガーデンはものすごい盛り上がりでした。
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ショートは、観客が乗りやすい曲を準備していたので、盛り上がることは予想していました。でも、ステップシークエンスの途中から手拍子が鳴りやまなくて、そこまでの歓声は今までなかったものなので、すごく興奮しました。演技中盤からは、とてもいい気分で夢のようでした。
ーー母国開催での世界選手権は、どんな思いで挑みましたか?
じつは、ショートはいつもより緊張したんです。ショートはまずミスが出ないプログラムなので、普段は緊張しないのですが。今までと違う感覚で、どうしてあんなに緊張したのかわかりませんでした。ただ音楽が流れ始めてからは、もう無我夢中で、曲の流れに乗っていくような感じで動きました。緊張であまりものごとが考えられていなくて、ジャンプはほとんどマッスルメモリー(筋肉の記憶)だけで跳んでいました。それでも成功したことで、今回は自分のマッスルメモリーに自信を持つきっかけになったと思います。
ーー緊張したとはいえ、ショートは自己ベスト更新のすばらしい演技でした。
演技後、得点が出る前から、これまでで最高の出来だと実感していました。(1月の)全米選手権のあと、今までとは違ったトレーニング方法を試してきたのですが、それが演技に出たと思います。ジャンプやコレオシークエンスのような派手な練習ではなく、本当に小さな調整をする練習です。自分にとっては今まであまり意味がないと思っていたような、細かいエッジの正確性を見直してきたのです。
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ーーステップシークエンスでの手拍子は本当にすごかったですね。
手拍子に背中を押されながら、「やっぱりこの曲は、僕にピッタリだな」と感じました。NFは大好きなアーティストで、彼の歌詞や、彼がインタビューなどで語っている哲学を聞いて、それが僕の力になっているんです。苦しみから解放されるようなパワーを感じる歌詞です。今回も、歌詞を口ずさみながら演じました。そうすることで、演じているキャラクターになりきることができるんです。
【リスキーな"7本の4回転"にこだわる理由】
ーー次にフリーですが、ショートは緊張したと話していましたが、フリーはいかがでしたか?
フリーはまったく緊張しませんでした。そしてフリーを演じてみたことで、ショートでなぜ緊張したのか、ちょっとわかった気がしました。ショートは、ミスなくパーフェクトにジャンプを降りなければなりません。ちょっと義務的なイメージがあります。でもフリーは、自分にとっては、ただ自分の能力を信じて挑むだけでいい。途中でミスがあっても、まだ諦めないという気持ちで次に進めるので、緊張しなかったのだと思います。
ーー世界選手権2連覇となりましたが、1回目の優勝からどのようにモチベーションを上げてきたのでしょう?
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つねに自分をプッシュし、自分のスケートの限界に挑戦するという思いです。ジャンプの技術も、スケーティングスキルも、創造性豊かな演技力も、すべての進化を実感したいと思っています。自分の限界を超えるところに目標を設定することで、自分を追い込み、練習を続けてきました。
ーー今シーズンは出場したすべての大会で優勝しました。ご自身では、どこが一番成長したと感じていますか?
今シーズンから得た一番のものは、メンタル面の成長です。シーズンを通して力を発揮し続けたことで、自分の戦い方への不安がなくなりました。そして、この世界選手権の会場に到着した時、昨季のモントリオールでの世界選手権とはまったく違う感覚がありました。「優勝したいな」ではなく、「優勝できる」という気持ちです。取り組んできたトレーニングも違いますし、技術も上がっていますが、何より自分を疑うことがなくなりました。ただ自分らしく、自分の仕事をすればいい、という感覚がありました。
ーー今の採点方法からすると「7本の4回転」は、リスクが高すぎて、結果的に得点が伸びない状況にあります(今回の世界選手権でも回転不足などがあった)。それでも大舞台で挑戦したことの意義は何でしょうか?
これは、あくまでも自分自身への挑戦です。勝つための戦略を考えたのではなく、自分自身が何者なのかを証明するために、挑んでいることなんです。そして、この「7本の4回転」こそが、僕という人間のアイデンティティになるものであり、それと同時に今のフィギュアスケートにおける「無敵のジャンプ構成」だと考えています。ですからオフシーズンもこの「7本の4回転」を練習し続けて、マスターしていきたいと思います。
ーー世界選手権を連覇した喜びと、「7本の4回転」はまだ決めきれなかったこと、どちらの気持ちが大きいですか?
難しいですね。「7本の4回転」は、本当に僕にとって理想的な構成で、これを完璧にして、気持ちよく滑りきりたいのです。それは新たな歴史を刻むことになります。ただ今回、母国開催の世界選手権で、全力を尽くして2つ目のタイトルを獲れたことは本当に幸せです。だからうれしさと悔しさは半々ですね。
【フィギュアスケートを再び大人気する使命】
ーー世界選手権を連覇したことで、何かひとつ達成した、というような満足感はありますか?
まだ実感はないですね。年月が経つにつれて感じるものかも知れません。ただ僕の目標は、自分が優勝することではなくて、このフィギュアスケートというスポーツを再び大人気の競技にすること。単に「このシーズンの王者でした」ということではなく、歴史上のレジェンドスケーターたちのように、見たものにインスピレーションを与えるような存在になりたいです。
ーースケート人気を高めていくために、どのような使命を帯びていると思いますか?
僕が2度の世界王者になったということは、僕自身にもスケートをもっと普及させる責任があると感じています。アメリカでは、数十年前、すべてのアイスショー、すべての大会でスタジアムが満員になっていました。そしてあらゆるテレビ局のニュースに、スケートはいつも登場していました。あれから、スケートの技術はさらに進化し、エネルギッシュな戦いが行なわれている。多くの人にこのすばらしいスポーツを見逃さないでいてほしいと思っています。
後編につづく>>
<プロフィール>
イリア・マリニン/2004年、アメリカ・バージニア州生まれ。2022−2023シーズンからシニアへ移行し、USインターナショナルクラシックで史上初の4回転アクセルを成功。2023−2024シーズンにGPファイナルと世界選手権で初優勝。2024−2025シーズンはGPファイナルや世界選手権など出場した全試合で優勝している。